3.「アイド・ライク・ザット」ができるまで

これから僕が話をするバックで、小人がタップダンスでもしているかのような音が聞こえてきたとしても、僕の人生はそれほどエキゾチックではないことだけは断言しておくよ。
決してそれは小人のタップダンスではなくて、セコイヤの大木かと見間違うほどに成長し、僕のささやかな納屋兼スタジオを覆っているニワトコの木が風に吹かれ、天窓にあたって、架空のタップダンスが始まる、というだけの話なんだ。
もしあの屋根職人にハシゴを盗まれてなかったら、屋根にあがって、枝を切り落とせるのに・・。もうしばらくあのままにしておくしかないようだな。

それはともかくとして、「アイド・ライク・ザット」。アンディ、なぜ「アイド・ライク・ザット」を書いたのですか?それはだね、僕は恋をしてたんだよ。恋。わかるだろ?恋だよ、恋、恋、恋。突然、13歳に戻ったかのように、心は浮き浮き。宙返りだってアクロバットだってなんでもこい、の気分。気分だけじゃなくて、実際、足元も軽やかになってたかな!運が良くても、人生で数えるほどしか味わうことのできないあの素敵な気分。僕は本気で恋してしまったんだ。でも、それまでのつらい時期を考えれば、恋くらいしても許されるんじゃないかと思えるけどね。かつてのレコード会社との間におこった、今では誰もが知っているストライキの話。

僕らは法的に仕事が出来ない状況に置かれていた。
そんな風に、不要にされ、ポイと捨てられるのは、あまり気分のいいものじゃない。
さらにある朝、目が覚めてみると、僕は僕の意思にまったく反して離婚していた。
少なくとも当初は。今は離婚する前より幸せ!なぁんてね。困ったもんだ。
とにかくこれも僕にはきつかった。二重に捨てられ、役立たずにされたんだ。だからそれからしばらくして、恋に落ちてしまったのは、宿命というか。ああ、なんて素敵な気分!僕は曲が書きたいと思った。目覚めてしまった心の中の13歳の自分を曲にしたい、と。「アイド・ライク・ザット」は実にイノセントな曲なんだ。付き合い始めた頃、彼女と僕は…ほら、例の小人のタップダンスが聞こえるよ…付き合い始めた頃、一緒にいろんなことをやったのだけど、その中に、なぜかサイクリングというのがあったんだ。そこで、なにかサイクリングっぽい、♪♪♪車輪が回転していくようなリズムの曲をこうと思った。僕にはお気に入りのコードというのがいくつかあって、気付くとそのコードが曲に忍び込んでいる、ということがよくあって、この場合も例外ではなかった。これはAのキーの曲で、メインのヴァースのコード進行はA、D、E。
このEコードというのが、しばらく前に発見したEの反転コードなんだ。一番低音がAb弦、そしてB、E、B弦。普通のEコードよりも、すっと温かく、調和がとれていると思うんだ。♪♪♪この温かいEのコードというのが僕は大好きで、ずいぶんとたくさんの曲に使っていて、この曲も例外じゃなかった。さっきも言ったけど。そこで僕はサイクリングを始めたわけだ。♪♪♪例の温かみのあるE♪♪♪そして単純に考えてみた。僕は、彼女との関係のどんなところが好きなんだろう?ってね。そこで

♪ いいだろうな、2人で小路へとサイクリングできたなら
♪ いいだろうな、2人で雨の中へと出ていくことができたなら
♪ レインコートなんかいらない濡れても構わない

そんな風に、一緒にやったら楽しいだろうな、ということを並べてみたんだ。サイクリングにいこう、暖炉の前で横たわろう、ベッドに飛び込もう。
恋の達人ならやるようなことさ。僕の場合、そうなったらいいな、というイノセントな願いごとのリスト、なわけだけど。
デモの段階で、このサイクリング・リズムにはどんなドラムが合うのか、見当もつかなかった。へたにドラムを入れては、でしゃばりすぎてしまうような気がして、ミスター・ドラマーに何をやってもらえばいいのか、思いつかなかった。そこで、とりあえずは足でも叩いておいて、あとで適当なドラムを考えればいいやと思い、デモでは自分の腿を叩くことにしたんだ。

♪いいだろうな、2人で小路へとサイクリングできたなら

いいぞ、いいぞ。こうやっておいて、あとで何か考えればいい。そのデモをプロデューサーのヘイテン・ベンドールに聴かせ、「ここなんだけど、どんなドラムを使ったらいいか、考え付かないんだ」とは言った。するとヘイデンは「ここでは何を使ってるんだい?すごくいいけど」と尋ねるので。
「これは僕が腿を叩いているだけだ」と答えたら、ヘイデンは「そのままでいいじゃないか。腿を叩く。これでいこう。すごくいいんだから」と言うんだ。そう言われて初めて彼の言う通りだ。これで十分だ。(ドラムの)ドン、カシャ~ン、バシは必要ない。必要なのは、腿の肉だけだ、とわかったんだ。故障する心配もないからいいよね!
さて、歌詞だけど、最初に思い浮かんだのは、まるでどこかの夢ような、白昼夢のようなものだった。いいだろうな・・か。はて、愛は何をいいと思うんだろうか?そうだ、もし2人でサイクリングができたら、雨の中を走れたら。♪♪♪いいだろうな、2人で小路へとサイクリングできたなら。よし、これだ。次に、歴史上の有名な恋人達の名前が登場するけど、誤解しないで。僕がその一人だなんてつもりは全然ないから。とあるジャーナリストに「歴史上の有名な恋人達と自分を並べているつもりかい、アンディ?」と言われたけど、頼むよ。冗談じゃないよ。最初のフレーズはたしか…もう一度、ギターを弾くとして…たしかこうだった。

♪僕は君のアルバートになってあげる
君が僕のヴィクトリアになってくれるなら ha ha

実は最初に「ha ha」の部分があって、「どうやってこのha haをいかそうか?」と考えたんだ。それでしばらく試しているうちに、Victoriaha-ha(ヴィクトリアハハ)というのを思いついた。これだ!ヴィクトリアとくれば、ヴィクトリア女王とアルバート殿下だ。というわけで、ヴィクトリアという名前が魔法のように浮かび上がったのは、ハハ、のおかげだったというわけ。女王様も実はハハ、と笑うのが好きだったんじゃないかと思う。小言ばかりで気難しいと言われているけど、それは誤解じゃないかな。だって、彼女の生んだ子供の数を数えてごらんよ。間違いなく、アハハとやってたはずさ。まさか、常にイギリスのことだけを考えて、床に伏してたわけではあるまいし。え~っと、どこまで話したっけかな。そうだ。これはいいぞと思い、他にも歴史上のカップルを探すことにした。次に登場するのはヘクトール(Hector)とトロイのヘレネ。これはたしか「僕は君を脅しつけたり(hector)しないよ、君が僕の…になってくれるなら」という1行が出来て、同じhectorでヘクトールとヘレネだ、と思いついた。これだ!最後にもう1組誰かいないかな、と思い・・歌詞カードはどこだったっけな。

いいだろうなもしベッドでふわふわと漂うことができたら
いいだろうなもし君の心と頭を漕ぐことができたら

この部分は「漂う」というアイディアがもとになって生まれたんだ。ベッドでふわふわと漂う以外に、漂えるものは他に何がある?船なら漕ぐ。そうだ、君を片腕にのっけて、心と頭を漕ぐ、だ。片腕!とくりゃ、ネルソン提督だ!そうだ!ネルソン!船!片腕だ!…とまあ、こんな具合に呪われてたね。
レコーディングは、最初、ヘイデンとチッピング・ノーザン・スタジオで開始したんだが、グルーヴ感が今ひとつだった。とりあえず、例の腿叩き、それにあわせてバスドラを入れる、とかいろいろ試してみたんだが、どうもうまくいかない。そこで、しばらく曲を放っておくことにした。そして、コリンの自宅の居間を使って、最終部分の録音をおこなったんだ。そう、かのアビーロードからコリンの居間まで、一足飛び!内装といい、大きさといい、寸分変わらなかったよ、まじで。
コリンの家では、ヴォーカル、アコースティック・ギター、ベース、エレクトリック・ギターの細かな部分とかまで録音した。なぜ、彼の家の廊下を使ったかって?最高なんだよ、その共鳴具合が。ヴィクトリア朝タイルを張りつめた床なので、音がものすごく軽やかなんだ。僕は玄関の前で膝を折り曲げて座りこみ、ギターを弾きながら♪♪♪ひたすら考えてた。おねがいだから、今、誰も玄関を開けて入ってこないでくれ!今、誰かに入ってこられると…せっかくすごくいいテイクなのに、今入ってこられると・・第一に、せっかくのこのテイクはボツになってしまう。そして第二に、こんな体勢のときに扉が開いたら、僕はバランスを崩してコケてしまう。後生だから、誰も玄関から入ってこないでくれぇ!うまくいっているんだ!♪♪♪コードがどんどんあがっていく部分があるよね?なんとか、ここを強調したかったんだが、普通の楽器を使っても、あまりおもしろくないな、と思った。そこで、コリンに歌ってもらうのはどうか?と思いつき、トイレから空のトイレットペーパー・ホールダーをくすねてきた。そしてコードを個々の音に分解して♪♪♪コリンに歌わせたんだ、空のトイレットペーパー・ホールダーをマイク代わりに。ああああ♪♪♪今はトイレットペーパー・ホールダーがないんで、とても真似はできないんだけど、そのときは本当にうまくいったんだ。でもね、そんな風にコードを歌におきかえ、少しフランジャーをかけたところ、まるで古いナショナル社のスティールギターか何かのような泥臭い音に聞こえるから不思議なんだよ。
実際はコリンがトイレットペーパー・ホールダーを口に当てて、歌っているだけなのに。しかも、元手はゼロ。使えるものは何でも使え、これ、僕の持論。
最後のあたりの、フラメンコ風の部分♪♪♪もとても楽しかったよ。僕とコリンと二人して、あの素敵な音のする廊下で、手拍子をとりながら祈ってた。パン屋も魚屋も物乞いも、今だけは来てくれるな。すごくうまくいってるんだ、玄関のベルを誰も鳴らすな!曲の最後のあたりでは、ピート・タウンゼントの物真似も披露できたので、嬉しかったよ。楽しかった♪♪♪彼はピンボールの魔術師。
それにしても、今日の僕は話があっちこっちに飛びまくっているね。といいつつ、曲のちょうど中間あたりに戻ろう。

♪僕は笑いすぎて顔が割れてしまうまっぷたつに

という箇所があるよね。あの部分をどうしたらいいか、まったくわからなかった。メインの部分とは、違う色を施す必要があることだけはわかってたけど、どうすればいいのか決められない。そこで思ったんだ。歌詞は♪僕は笑いすぎて顔が割れてしまう まっぷたつに♪なので、なにかバキッとした、割れるような、短めのパーカッシヴ音を入れるのがいいんじゃないか、とね。イメージは遊園地にある射的。ほら、エアガンで撃つやつさ、陶製パイプとかそういった景品を。で、的は金属の板に張り付けられてあって、うまく命中するとティン!という音がする。それだ、それがいい。試してみよう。というわけで、コリンに紅茶用のトレイとスプーンを持たせて、廊下にスタンバイさせた。そして
♪僕は笑いすぎて顔が割れてしまうバシ!まっぷたつに
これだ!これでいこう。全曲、遊園地のような雰囲気にしよう。そのくらい気に入っちゃったんだ、この音が。そんなわけで、手回しオルガンのような、蒸気で湯気があがってるような、遊園地っぽい音とかをいろいろと施してみた。それで決まりだった。割れるようなパーカッシヴ音を入れたいという思いから、曲中間のキャラクターが生まれ、パーカッシヴ音が引き金になって、遊園地(funfair)へと、僕の頭の中でつながっていったというわけ。でも考えてみれば、人生、そうあるべきだものね。あくまでも楽しく(fun)、あくまでも清く(fair)。

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