【国際結婚の日常感覚】石原慎太郎東京都知事「三国人」発言批判の書から

右派の歴史改竄を批判しながら、現代史において同じ轍を踏む ”人権派” が増殖した20年

《初出:『週刊読書人』2000年9月1日号(2351号)、境分万純名義、〔日本人のレイシズムへの鈍感さ:標的にされた「不法」ニューカマー〕》

 以下に挙げる3冊はいずれも、2000年4月、当時の石原慎太郎東京都知事が、東京都練馬区にある陸上自衛隊駐屯地での記念式典で行なった、いわゆる「三国人」発言および、その後の関連発言に対する批判の書である。

『「三国人」発言と在日外国人 石原都知事発言が意味するもの』
内海愛子・岡本雅享・木元茂夫・佐藤信行・中島真一郎
明石書店 1000円+税
ISBN 978-4-7503-1309-2

『石原都知事「三国人」発言の何が問題なのか』
内海愛子・高橋哲哉・徐京植編
影書房 1800円+税
ISBN 978-4-87714-272-X

『ぼくたちが石原都知事を買えない四つの理由。』
姜尚中・宮崎学編
朝日新聞社 1200円+税
ISBN 978-4-02-257531-X

先程、師団長の言葉にありましたが、この九月三日に陸海空の三軍を使ってのこの東京を防衛する、災害を防止する、災害を救急する大演習をやって頂きます。今年の東京をみますと、不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返している。もはや東京の犯罪の形は過去と違ってきた。こういう状況で、すごく大きな災害が起きた時には大きな大きな騒擾事件すらですね想定される、そういう現状であります。こういうことに対処するためには我々警察の力をもっても限りがある。だからこそ、そういう時に皆さんに出動願って、災害の救急だけではなしに、やはり治安の維持も一つ皆さんの大きな目的として遂行して頂きたいということを期待しております。
(石原慎太郎東京都知事、2000年4月9日、陸上自衛隊の記念式典にて、注1

注1 発言引用はいずれも、『世界』2000年10月号 特集 石原都知事批判に拠っている。 

 順を追ってかんたんに紹介すると、『「三国人」発言と在日外国人 石原都知事発言が意味するもの』(①)は、最小限必要な論点を、5人の市民運動家や研究者が検討したブックレットだ。


『石原都知事「三国人」発言の何が問題なのか』(②)は同趣旨のもと、より広い分野から論考を集め、一連の発言や市民団体の抗議文などの資料も付す。なお、①と②の論考は若干重複する。
『ぼくたちが石原都知事を買えない四つの理由。』(③)は姜尚中・宮崎学の対談である。

 あらかじめ断っておくが、私はこの問題の当事者のひとりだ。かつてオーバーステイだったニューカマー(1980年代から急増した、アジアや中南米など非欧米圏出身の外国人)の配偶者をもつことと、発言直後に辛淑玉氏が主宰した抗議の記者会見の賛同人に加わった、という二重の意味からである。

 発言を知って、私が最初に思ったことは次の3つだ。
 まず、表現はどうあれ、すべての在日外国人に向けられたものと解すべきだが、とりわけ標的にされているのは「不法」状態のニューカマーだということ。第2に「不法」ニューカマーによる犯罪の増加・凶悪化というウソに追随するメディアが続出するだろうということ。合わせて第3に、都知事の言動は、明らかに、批准済みの人種差別撤廃条約違反=不法行為であり、人種・民族差別の助長・扇動罪で裁かれるべきだということだ。

 発言から数日以内に都庁に寄せられた都民の声のうち、75%が都知事支持と伝えられた。これを編著者の大多数が発言以上に問題視しているのは当然である。ただ、なかには衝撃を受けたという者もいて、その感覚のほうに私はむしろ驚いた。

(東京には)不法入国した顔色がそれぞれ違った身元のはっきりしない人たちがいっぱいいる。その人たちが必ず騒擾事件を起こすと私は思う
(石原慎太郎東京都知事、2000年4月10日、東京都青ヶ島村にて)

「顔色が…違った」配偶者と12年(初出当時)を過ごしてきた経験からすれば、こと人種・民族差別に対する鈍感さにかけて、日本に並ぶ国は世界広しといえどまずない。そして、その恐るべき鈍感さに拍車をかけているのがメディアだ。

 このメディアの問題には、③もかなり紙数を割くが、岡本雅享の論考(①)が整理されている。発言とともに近年の報道を吟味し、人種差別撤廃条約や、これも批准済みの国際人権規約に沿って具体的に検証する。

 じっさい今回の関連報道も、悪い意味で予想どおりだった。
 とりわけ情けなかったのは4月12日の記者会見である(②に収録)。「三国人」の定義をめぐる詭弁に延々と振り回されるだけで「不法」ニューカマー犯罪の増加・凶悪化の内実はまるで質していない。

「不法」ニューカマー犯罪の増加・凶悪化のウソについては、長年ニューカマーの支援運動を続けてきた中島真一郎(①)と渡辺英俊(②)が「警察白書」などを用いて暴く。 
 そこで強調されるのは、犯罪に計上されるものの大部分は、出入国管理及び難民認定法(入管法)と外国人登録法(外登法、注2)という行政法違反にすぎないということだ。
 だが、たとえば、外国人登録証の常時携帯義務違反で逮捕されることがあり得ない日本人は、記者からしてミスリードを見抜けない。

注2 外国人登録法と同法に基づく外国人登録証は2012年に廃止され、代わって改定入管法が規定する在留カードの導入がなされた。この在留カード管理は、その出発点からして、在日外国人一般にとっては外登証よりも問題を含んだものであることは、たとえば次の記事で指摘している。
『週刊金曜日』2012年7月13日号(903号)、境分万純名義、特集 コールドジャパン 「差別」極めた新入管法


 外登法のこの制度は、慎蒼健が述べるように(②)別件逮捕や犯人でっち上げの常套手段でもある。電力会社社員の強盗殺人罪に問われ、無罪判決が出たにもかかわらず拘禁されたままのネパール人男性の例は典型的だ。ところが、あろうことか、外国人の管理・取締が甘いという『週刊ポスト』(2000年4月28日号)のような主張が大手を振る。

 それをいうなら、今年(2000年)の春先、過去10年で最も深刻な管理強化がなされたばかりだ。改悪された入管法・外登法の施行である。
 2法案を先議した昨年(1999年)の参議院法務委員会から参考人招致を受けた私は、両者は対で機能するよう意図され、その主たる目的は、日本人の配偶者である「不法」ニューカマーの追放だと指摘したが(注3)、各紙は一切報じなかった。
 その黙殺ぶり自体ニューカマーの状況を反映しているわけだが、3書を通じ、こうした視点からまともに取り上げようとしているのが駒込武(②)にほぼ限られることは残念である。

注3 1980年代末から1999年までの、入管行政の実態を踏まえてのことだ。それをリアルタイムで、かつ当事者として経験していないと、法案の意図がどこにあったかを把握しにくいが、リンク先の会議録や、次の記事で詳述している。
『世界』2000年4月号、関口千恵名義、世界の潮  入管法・外登法改定の意図はどこに


 関東大震災の虐殺事件(②の徐京植)や「三国人」という表現がどんな使われ方をしてきたか(①②の内海愛子など)を押さえることはむろん必要だ。
 しかし私が気になったのは、1980年代以降現在に至る在日外国人の全体状況への目配りが、一部の論者を除いて、総体的にかなり弱いことである。

 都知事がだれよりも目の仇にするニューカマーは、ほかでもない日本政府・企業・個人のご都合主義から、法的にも社会的にも最も弱い立場に置かれる。
 そのご都合主義が、少子化・高齢化による移民受け入れというかたちで頂点を極めつつあるこんにち、問題提起する側自身の認識の弱さは、政府の「分割統治」へ荷担することにもなりかねない。


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