【読む映画】『ゴヤの名画と優しい泥棒』

名画窃盗犯の要求は「公共放送の無料化」

《初出:『週刊金曜日』2022年2月18日号(1365号)》
 
 1961年、英国のロンドン・ナショナル・ギャラリーからゴヤの名画が盗まれた。ナポレオン戦争での軍功で知られる、ウェリントン公爵の肖像画である。
 警察に送られた脅迫状は、名画購入額と同じ14万ポンドを要求。その使途が傑作だ。低所得者のために、英国放送協会(BBC)の受信料に充てるというのである。

 本作は劇映画だが、実在の事件を元にしている。犯人の名はケンプトン・バントン。還暦目前の元・職業運転手で、切りつめた生活の傍ら、公共放送を無料化せよと「ひとり市民運動」を続けてきた。
 BBC を受信できないようテレビを改造したため受信料を払う義務はないと主張するが通らず、投獄される描写もある。昨年12月の最高裁決定、NHK に対してケンプトンと同じ論理で争った原告が敗訴した例を連想させられる。
 
 NHK が経営の参考にしているといわれる BBC は、本作の事件が遠因にもなって、2000年から75歳以上の年金受給者の受信料を無料化したという。さらには今年1月、英国政府は、受信料義務化を見直す意向を表明している。
 
 かといって、本作はプロパガンダではない。
 ケンプトンは、見るもの聞くもの批評せずにはいられないが、労働者階級の意識として、いちいち説得力がある。だからこそ彼の行動から目が離せないのだ。

監督:ロジャー・ミッシェル
出演:ジム・ブロードベント、ヘレン・ミレン、フィオン・ホワイトヘッド
2020年/英国/95分


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