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苦手克服 新しい人生の始まりw

覚え書き程度に。
でも、昨年の私にとっての最大の出来事。

なにしろ、私は「鳥肉食べません歴」50年を超える。
絶対に箸をつけないので、付き合いの長い友人達は
私は鳥肉を食べないものだ、という前提で話がすすむ。

ナンデ食べられないかというと、幼稚園の脇にかしわやさんがあったのだ。
かしわやさんって鳥肉専門店。
登園時に断末魔の声を聞き、くたっとしたご遺体を横目に幼稚園に向かい
帰りに、それが刻まれたものを買って帰って、夕飯にそれが出る。
たぶん、そんな生活が何ヶ月か続いたところで、パタっと肉に手を
つけなくなった……らしい。

どうやっても食べない3才児に、母は強要しなかった。
本人は、その日に締めたものの方が新鮮だと思ったというのだけれど、
たぶん、母もあの断末魔の声はいい気持ちではなかったんだろう、と
今になって思う。
娘のトラウマになっちゃったのは自分のせいだと思った母は
それ以降一度も私に鳥肉を食べろと言わなかった。
好き嫌いがダメ、という言葉も我が家にはなかった。
他の家族が鳥肉を食べても、私は全部よけて食べてよかった。

結婚して愛する息子が好物の唐揚げを食べられないと知った義母が
毎回、大量の唐揚げを持ってやってきたときは本当に閉口した。
がまぁ、「あら、あなたは何も食べるものがないわね」と先方も
私が食べないことが前提での持ち込みだったので、もめることはなかった。

ところが……
あまり親しくない、あるいは新しい友人知人のところに招かれて
食事をいただく機会がこのところ増えてきたら
「のりこは鳥はNG」が通用しないことが増えてきた。

最初は、友人宅でのご飯。
夫の好物なの、と出てきたチキンピカタ。
3人でのお昼(彼はワークフロムホームだった)。
まさかねぇ、メインディッシュに手をつけないわけにはいかない。
小さく、小さく切って、飲み込んだ。
鳥だと思うと口が動かない。
口の中が麻痺したような状態になってしまうのだ。
噛まずに、肉を舌にのせ、ゴクリ。
喉を小さな塊がのそのそ通って行く感じ。
結局、半分以上、飲み込んだ。
サイドディッシュやサラダと一緒ならそんなに大変でもなかった。
お連れ合いの好物。彼女の自信作。
苦手なのと言わずに食べられた自分に、ちょっと自信がついた。

そして次は、お料理研究家の先生のお宅で。
これまた、メインがチキン。いや、さすがにこれは辞退できないよね。
料理研究家の手料理。
一方で、もしかしたらおいしいかも、という思いもあり、一口。
味を感じるところまでは行かなかったけれど、おしゃべりしながら
少しずつ。そして、完食!
と、これが去年の後半。

そこに、友人達とちょっとエキゾチックな料理を食べにいく機会があった。
私はラムかなと思っていたのだけれど、主催者が
「いや、ラムよりね、鳥がおいしい!」と激推しで、
みんなで鳥を食べることになった……。
野菜をメインにつつきながら、過ごしていたら、最後にドドンと鳥肉がorz
一緒にいった友人が私の鳥嫌いを知っていたので、
野菜に包んで食べるといいかも、
とアドバイスしてくれて、言われた通りにしたら
ちゃんと喉を通った。
というか、噛めた、鳥だとわかっていても。

そして、大年末。
なんと、忘年会が鳥肉料理だった。
何人かで相談して、満場一致で決まったというおいしい鳥肉専門店。
鳥しかチョイスがない。
一人、私が鳥を食べないのを覚えていてくれた友達がいて
だいじょうぶ? と心配してくれたけれど、
せっかく選んで予約までしてもらっていやだとも言えない。
幸いつくねがあったので、つくねを頼む。
この段階では、すでに、塊でなければ食べられるようになっていた。
タレと、肉っぽさのない料理に助けられてこれまた完食。
なんか、コリコリした海藻みたいなものがはいっていて、結構いけた。
すると、同じくつくねをつついていた友人が、
軟骨入ってて、コリコリしておいしいわね! と言った。

骨まで食べちゃった……と思った瞬間吐きそうになったけれど
血の気がひいたけれど、深呼吸しているうちに平常にもどった。

けれど。
思い返してみると、食べているあいだは、この海藻(だと思っていた)の
コリコリ感があると食べやすいなと思っていた自分がいる。
ってことは、わからなければなんとかなるのだ。
だいじょうぶ。食べられる。
そう自分に言い聞かせる。
来年は、鳥肉食べられないのといわなくて済む自分になろう!
と思って新年を迎えた。

ら、年明け早々、試練がやってきたw。
鳥肉料理が得意な友人。
友人達にとっても評判がいいから、是非、のりこにもご馳走したい!
鳥だと予め言われてのぞむ鳥料理は初めてだった。
けれど、ソースをからめて口に入れると、
意外にかめるものだった。
友人曰く、本当は骨付きのモモで作るお料理だったのだけれど
いいもも肉がなくて、胸肉だったそう。
いや、骨付きだったらたぶん持つことも、食べることもできなかったと
思いつつ、いえいえ、おいしかった(胸肉でよかった)!
とおへんじするなど。

義母にこれでもか、これでもかと出されていた時は食べるなんて
思いつきもしなかったけれど、おいしいからあなたにも食べてほしい!
という周りの気持ちに押されてなんとなく食べられるようになった鳥肉。
私の中では、太陽と北風的経験だったなぁと思う。

小さなことだけれど、個人的には大きな大きな第一歩。
できることに、今年も少しずつチャレンジだ。



得意技は家事の手抜きと手抜きのためのへりくつ。重曹や酢を使った掃除やエコな生活術のブログやコラムを書いたり、翻訳をしたりの日々です。近刊は長年愛用している椿油の本「椿油のすごい力」(PHP)、「家事のしすぎが日本を滅ぼす」(光文社新書)