#247 キャロルさんの奇跡講座レッスン
奇跡講座の最も初期からの学習者であり教師のひとりであるキャロル・ハウさんによる、ワークブックのレッスン講座の音声を、彼女のイキイキとした語り口にインスパイアされて翻訳を試みています💖お手元にワークブックを準備してお聞き(お読み)ください♪
※ ワークブック訳は「奇跡講座 ワークブック編」(中央アート出版社)を参照しています。
キャロルさんの奇跡講座レッスン247
元の講義はこちら→ https://youtu.be/-RzZmat9ctk?si=BOphMdpYBu94BWxY
皆さんハロー😃
あなたの今日という日が素晴らしいものであることを願っているのよ!
レッスン247
赦しがなければ、私は見えないままである。
赦しがなければ、私は目も見えないし口もきけないし、耳も聞こえません(笑)
赦しとはもちろん、咎めを手放すことですね。
罪とは、「私は、あなたは、このような犯罪を犯してしまったから、もう元には戻せない、私たちは永久に罪を負うべきだ」という考えです。
レッスンはこのように始まります。
1.罪は攻撃の象徴である。
有罪だという判決を下したとするなら、それは明らかに攻撃です。
相手が、または自身が有罪であると判断する正当な理由があると判断したなら、私は苦しむことになります。なぜなら赦しだけがキリストのビジョン、つまり愛と光を見ることを可能にするからです。赦しとは手放す、明け渡すことだということを思い出しましょう。それは他の誰かが何をしたとかとは関係ありません。
キリストの視覚とは私自身の内側にある〈正しい心〉です。
兄弟とは、人生に現れるあらゆる人々のことですよ。
私は兄弟であるあなたを、違った目で見なければなりません。もし違った目で見ることができれば、あなたの罪のなさ、あなたの無垢性と、私の無罪性、無垢性とが同じものだとわかったなら、あなたは赦され、私もあなたと同じところに立つことが出来るのです。
外側のふるまいがどう見えようとも、あなたは善きもののままであることがわかります。そして、私もそうなのです。
ここから、祈りの文が始まります。
すべてがひとつ。すべてが愛であり、無垢で、罪はなく、光に満ち溢れています。それがすべての真実の姿です。
普段は自分のことや、他のすべてのことを讃えたりなんかしません。私は他のすべてから自分を守ろうとしてきました。
今日は私の心を変えるための素晴らしい日です。私のストラテジーではうまくいかなかったことを知る日なのです。
素敵な、静かな、スウィートな練習にしてください。
そしてまた明日、会いましょう!
グッバイ♪
サポートありがたく頂戴します。学びたい本や海外のACIM講座などのために使わせて頂きます!thank you♡