見出し画像

ひ孫のチカラ

私の祖父母で唯一健在な母方の祖母(以下おばあちゃん)。
持病持ちで心臓疾患もあるのですが、病院や施設に入る事なく身の回りのことは自分でやりながら、娘(叔母)と一緒に生活しています。

おばあちゃんは私たちを育てた父方の祖母(以下ばーちゃん)と、対極なタイプでした。
とにかく私たち孫にあまい。
家が近かったので月に何回か遊びに来ては、お菓子やケーキや本やマンガを買ってきてくれる。そしていつも優しい。
小さい頃はそれが純粋に嬉しかったし、家にいるばーちゃんと違って怒鳴らないから大好きでした。

でも成長するに従って、徐々に違和感を感じるように。。。
それを1番強く感じたのは、中学生の時原因不明の腹痛で検査入院している時でした。
毎度お見舞いに来ては私の事を「かわいそうに…」というおばあちゃん。
何が「かわいそう」なのか

入院していて かわいそう
原因がわからなくて かわいそう
そして
母親がそばにいなくて かわいそう

おばあちゃんは若くして母を産んだので、母が亡くなった時はまだ50代でした。
50代で33歳の娘を失った苦しみ・悲しみが計り知れない事を、親になった今なら寄り添って思うことができます。
でもその時私は思春期真っ盛りで、自分のことしか考えられないコドモでした。そして

「あぁ…おばあちゃんの時は、母が亡くなった所で止まってしまっているんだ…私はおばあちゃんにとって永遠に『かわいそうな孫』なんだ」
と、悟ってしまったのです。

退院後一緒に住んでいたばーちゃんと、ギクシャクした関係のまま離れることになったと同時に、おばあちゃんとの心の距離も離れてしまった時期でした。

その後も定期的に会うことはあっても「かわいそうな孫と思われている」という気持ちがしこりのように残り続け、会うと何となく「孫」を演じているような違和感を感じ、就職を機にどんどん会う回数が減っていきました。

そんな私とおばあちゃんの関係に、少し変化が訪れます。
それは息子の誕生でした。

長男を出産したのは夫の海外赴任先だったので、直ぐに会いに行くことができなかったのですが、長男1歳になる直前の一時帰国中にようやく会わせることができた時。
1歳になったひ孫を抱き抱え、目尻を下げながら満面の笑みで

「かわいいねぇ。かわいいねぇ。まさかひ孫に会わせてもらえるなんてねぇ…」
と嬉しそうに長男を見つめるおばあちゃん。

その姿を見て「あぁ、おばあちゃんが純粋に『ひ孫』を可愛がってくれている」
と感じることができた瞬間でした。

その後すぐ新型コロナが蔓延してなかなか会えない期間が長く続いたのですが、写真共有アプリを叔母にインストールしてもらい、定期的に写真や動画を送って息子の成長を報告していると叔母から笑いながら
「おばあちゃん、私に『スマホ貸せ』って言って、写真とか動画見ながら毎日(息子に)話しかけてるよ」
と連絡が。

あぁ、よかった。おばあちゃんにとって「かわいそう」ではない、ただ一心に愛情を注げる存在がまたできたんだ。そして母が亡くなるまでは、きっと私たちの事もこうやって一心に可愛がってくれていたんだ…
そう感じた時から、おばあちゃんへのわだかまりが少しずつ解けていった気がします。

「子はかすがい」と言いますが、息子たちは世代を越えて私とおばあちゃんそれぞれが抱えていた思いを癒し、また繋ぎ合わせてくれました。

近々一時帰国をする際、また息子たちを連れておばあちゃんに会いに行く予定です。
「(息子たちに)会うたびに寿命を貰ってる」と言ってくれるので、息子たちにはおばあちゃんの身体の負担にならない程度に、若いエネルギーをたくさん放出してきてもらおうと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?