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O mio babbino caro(私のお父さま)⑫
父が亡くなった時、私は29歳だった。
遺言めいたものによって、
また「弾かされた」事が嬉しかった。
ダメ出ししてるだろうなぁと思いながら弾いた。
振り返ってみれば、ここから、
改めて自分の人生が始まった気がする。
「叱られるから弾く」やらされていた
人生。
それがいつの間にか自分のために
弾き続け、仕事に繋がって行った。
願った以上に、娘(私)はあちこちで弾くチャンスに恵まれ、
きっと父は天国でびっくりしているだろうな。
未だに、
弾いている時
教えている時
何かしら困っている時…
問いかけると、
父の声が聞こえる。
口数の少ない父がいつも繰り返し言っていた言葉。
そうだよね!
と、私は心の中で応える。
けどひとつだけ。
問いかけても答えてくれないことがある。
それは私の娘のこと。
つまり孫娘のこと。
問いかけても、視線をずらして恥ずかしそうに微笑む父の顔しか
出てこない。
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完
〜33回忌に寄せて〜
あとがき
なんとなく書き始めた父のこと。
メモ書き程度のつもりがこんなに長くなってしまいました。
他の家族はのことは置いといて、『父と私とピアノ』に絞って書きました。
そして、思いがけず自分自身を振り返ることにもなり、これから人生の後半戦、何をすべきかが見えてきました。
手のかかる家族が居るゆえ、どこまで自分磨きできるかわかりませんが、これを機に自分のこと、また頑張ってみようと思います。
読んでくださってありがとうございました。
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