見出し画像

ヒーローアニメにはまったら、全裸で人命救助をすることになった話

 私はプロフィールに「TIGER&BUNNYとドーナツが好き」と書いている。TIGER&BUNNY、通称タイバニはサンライズ制作のオリジナルアニメーションだ。初回の放送は2011年。私が初めて観たのは昨年の再放送だった。テレビをつけたら、いい年した金髪の青年が道ではいつくばって泣いているシーンで「えっ、なにこれ…どういう話なの…?」と若干引いたのがタイバニとの出会いだ。
 そのあと、その青年がヒゲの相棒に平手打ちされてびよーんと高飛びするなど、次回が気になって仕方ない展開が続き、最終回直前の「チャーハン練習してるんですからね!」「お前まつげ長げえな」発言でノックアウトされた(意味不明だと思いますが流してください)。それからすっかりはまってしまい、熱が冷めやらぬまま今にいたる。

 タイバニは、ヒーローアニメである。企業の「ヒーロー事業部」に所属する8人のヒーローたちが、犯罪者を捕まえたり、災害時に救助活動をしたりして、企業の広告塔として活躍する。雇われなので、活躍できないとクビになることもある。事実、主人公のワイルドタイガー(本名:鏑木・T・虎徹)は最新の劇場版『TIGER&BUNNY The Rising』でクビになり、転職までのつなぎとしてタクシー運転手をしていた。カーナビを操作できず若い女性客をイラつかせ、「おっさん、もういいよ」と呆れられていたのがリアルだ。タイバニはサラリーマンを元気にするアニメというコンセプトで始まったそうだが、加齢で能力がなくなっていくなど、わりと容赦なく現実を突きつけてくるところがよい。ちなみに虎徹さんはアラフォーのシングルファザーである。ヒーローアニメの主人公としては渋すぎる設定だ。

 また、タイバニの特徴として、実在の企業(SoftBankとかAmazonとかタニタとか)のロゴがプレイスメントとしてヒーローたちの衣装に入っていることがあげられる。それによって、たくさんのコラボグッズやイベントが発生し、一度はまるとなかなかタイバニ沼からは抜け出せない。大江戸温泉物語も、スポンサー企業のひとつだ。大江戸温泉物語は、いまタイバニのタイアップイベントを開催していて(5月18日まで)、スタンプラリーやヒーローをイメージしたドリンク・フードが提供されている。「行ってきました!」という楽しげなツイートを見るたび、羨ましいと思いつつも、さすがにぼっちで温泉は行けないと諦めていた。

 そんな矢先、TwitterでSさんという人と知り合った。Sさんは、何度かリプライをくれた人で、新宿ピカデリーで「最叫ナイト」がおこなわれた際にチケットを譲ってくれたのだ。
(最叫ナイトとは…タイバニファンを集めたThe Risingの上映会。スクリーンで映画を観ながら、感想を叫んだり、エンディングテーマを皆で歌ったりする太田光に批判されそうなイベント)
 Twitterは相手の素性がわからない。会うまでは「変な人だったらどうしよう」という不安があった。でも、Sさんはとてもまともで、優しく、気遣いのある人だった。アニメにはまったのはタイバニが初めて、というところも気が合った。そこで、大江戸温泉に一緒に行かないかと誘ってみたところ、色よい返事がもらえ、2人で大江戸温泉に行くことになった。1回会っただけの人と温泉に行く。なかなかシュールな展開だ。オタク活動は不思議がいっぱいである。

 そんなこんなで2人で天然温泉につかり、露天風呂を満喫し、ぬる湯で「Sさんは何話が好きですか?」「やっぱり3話ですかね、でも2話も…」などとのんきに会話していたとき。Sさんが黙ったと思ったら、いきなりざばっと立ち上がり、そして走った。つられて走っていった先には、お湯に顔をつけて沈んでいるおばあちゃんがいた。やばい。引き上げようとするも、なかなか持ち上がらない。意識のない人間は重いのだ。おまけに湯で手がすべる。
 もっと力持ちの人を…と思ったが、ここは女湯だった。どんなに重くても男手は借りられない。結局、5,6人がかりでなんとか引っ張りあげ、床に寝かせようとしたところ、おばあちゃんがごぼっと水を吐いた。ああ、人は溺れるといっぱい水を飲むのだなと、当たり前のことを思った。ともあれ、水を吐き出せばだいぶ安心だ。ここで、私は「拙者は仲間を見捨てて逃げたりしないでござる!」と心のなかでつぶやき、全裸で係の人を呼びに走った。タオルはいつの間にかなくなっていた。

 係の人が来てくれ、おばあちゃんは意識を取り戻し、受け答えもちゃんとできることがわかったあたりで、私たちは現場を離れた。
 「いやー、びっくりしましたねえ」「私たちものぼせないうちに出ましょうか」などと会話してお風呂からあがり、その後は食事や縁日を楽しんだ。

 普通に会話しつつも、私はひそかにSさんのおこないに心を打たれていた。Sさんすごい。私が発見者だったら、あんなふうにとっさに走れただろうか。離れたところからおばあちゃんの危機に気づき、ためらいなく助けに行く。これはまさにヒーローの行動だ。まわりには遠巻きに見ている人たちもいた。こういう事故には関わりたくない、という人も当然いるだろう。The Risingでワイルドタイガーはこう言う。「おれは誰かに認められたくてヒーローやってるんじゃねえ。目の前に困っている人がいたら、手を差し伸べる。それだけだ」と。タイバニを見続けるうちに、虎徹さんの正義が私たちの心に住みついたのかもしれない。タイバニ好きにわるい人はいないよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?