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気の利いたことなんか言えない

仕事じゃない文章に悩まされている。
テレビのディレクターから来た3つの質問に、メールで答えなければいけないのだ。

1.いろいろなサークルや習い事がある中で、なぜ将棋を習おうと思ったのか?
……他の習い事なんかしようと思ったことがない。将棋だからやり始めただけだ。中学生くらいから、将棋が指せたらいいなと思っていた。理由? かっこいいから。頭がよくなりそうだから。それだけ。
 高校1年のとき、当時の彼氏が家に来て、将棋の駒の動かし方を教えてくれた。でも、桂馬と銀の動かし方がどうしても覚えられなくて、挫折した。きっと彼は部屋で二人きりになる口実が欲しかったのだと思う。私が学校から一緒に帰ることすらあまり乗り気でなかったから。彼はキスもせず、体にふれることもなく、本当に将棋だけ教えて帰っていった。よく考えるとかわいそうなことをした。私が本格的に将棋を覚えるまでには、それから約15年の月日が流れることになる。

 かっこいいから、とかそういうのではない答えを求めているんだろう。だって、撮影時にさんざん答えたんだもん、この質問。そのときは、電王戦がきっかけだって言ってたんだけど、それ以外の答えがほしいんだろうなあ。どうしよう、おじいちゃんに教えてもらったとか、そういう心あたたまるエピソードは何もないよ。ああ、何が正解なんだ。何を求めてるんだ、ディレクターよ。

2.将棋にハマった理由は?なぜ、そこまでハマってしまうのか?
 いつもと違う頭の使い方ができるのが、おもしろいし、気持ちがいいからだ。将棋を始めて、いかに自分がこれまでの人生で頭を使ってこなかったか痛感した。せいぜいぱっと読めるのは、二手先くらいまで(羽生さんクラスだと直線で30〜40手、枝分かれで300〜400手が読めるらしい)。日常生活はそれでもおくれる。でも将棋はそれじゃ勝てない。錆びついた頭をぎぎぎと動かして、場合分けをし、片っ端から検証していく。どうしたら飛車角が成れるか、相手の駒が取れるか、詰まされる前に詰ますことができるか。こうして長いと2時間以上かかる対局の間、ずっと盤上のことだけを考える。他では味わえない、特殊な状態だと思う。水泳やランニングに似ているかもしれない。体のどこかを集中的に動かすというのは、気持ちがいいものだ。それは脳も例外じゃない。もちろん、パズル的な要素もおもしろさのひとつだ。駒の利きがつながって、うまく相手を詰ますことができると、ぷよぷよの連鎖に似た快感がある。

 でもな、もっとなんか、女子っぽい答えを求められている気がする。頭の使い方とかそういうことじゃなくて。うーん、なんだろう、一緒に習っている仲間がいるから! みたいなことかな。そんなこと言えねえ。

3.将棋を初めて半年。日常でどんな変化がありましたか?
 詰将棋や対局の練習を空き時間にするようになった。
 ……なんか違うなあ、もっと劇的な変化を期待してるんだろうな。教室の先輩には、生活が将棋一色みたいな人もいる。タイトル戦を地方まで観戦しに行ったり、天童将棋祭りに参加したり、囲碁・将棋チャンネルに加入して1日じゅう対局観てたり。いやあ、そこまでじゃないんだよなあ。あくまで生活の中心は仕事だし。

 はあ、どうしよ。何もおもしろい答えを返せない。取材してもらってるのに申し訳ない。私がこの件で学んだとすれば、質問に対して即座におもしろい答えを返すってめちゃむずかしいということだよ。女流王座戦の就位式パーティーに参加したとき「どうですか?」って聞かれて「豪華だなと思いました」とくそつまんない答えを返してしまったことを、いまだに後悔しているよ。「あなたにとって、将棋とは?」というざっくりした質問をされたときは「は? 趣味です」と言いそうになって、気の利いた答えを探すのに5分くらい黙ってしまったよ。普段、取材する側の身としては、大変勉強になりました。


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