プリキュアは扱いきれないテーマを扱い続けた結果誰も幸せにならない結果になった話

今回の記事はキュアウィングの衣装がない、というツイートを見て急遽思い立った記事である。
キュアウィング…って誰?となるがひろがるスカイ!プリキュアに出てくる男性プリキュアである。
まぁ、何というかこのキャラの名前よりもプリキュアに男性が出てくる、という方で悪い意味で話題になったキャラであり私としては絶対上手く行かないと思っていたのだが案の定である。
失敗しているのかどうか分からないが、現状の公式の扱いも含めて間違いなく現在進行系で公式が失敗という方向に突き進めたいのは明らかに理解できる。
これはどうしてか?結局プリキュアは30分CMでしかないからである。
偶に勘違いしている人がいるがプリキュアは良いストーリーを作ることを目的に作っているのではなく玩具を売るためにアニメを宣伝として利用しているだけにすぎないからである。
これは一時期アイパラ(アイカツとプリパラを一つにまとめた独自用語、アイドルタイムプリパラではないしアイカツプリパラと書くと長くなるから以下アイパラと独自の略称で呼ばせて頂く)が好きで丁寧に見ていたからこそ分かるのだが、こういう販促系アニメはある意味で深夜アニメのルールが通用しない、というのを理解していない人が多数いる。
まぁいちばん人気なキッズアニメがポケモンであり、アレはAGぐらいまで(最も販促アニメとして機能していたのは金銀、ゲームに先駆けてジョウトポケモンが出ていたり映画から逆輸入されたり、ゲーム側もレッドとサトシを関連付けさせたり等ゲーム側も意識してアニメに寄せていたことが分かる)はキッズアニメとしてのルールを守っていたもののそこからは完全に崩壊してアニポケというゲームのアニメではないが宣伝しているアニメでもない中途半端な立ち位置になってしまった。
大抵の場合、アニメは宣伝する商品の為に作られており、そのために全日枠(所謂ゴールデン)を割り当てられているのである。
偶に深夜アニメは如何わしい作品が多いから深夜アニメに回されたという人もいるが実際の所、全日枠は見る人が多いからその分金もかかり、その金の回収として一年単位だったりでグッズを売るというある種のノルマを課せられているからそのルールを熟せないアニメは深夜に写ったというわけだ。
深夜アニメはノルマは緩いし特に厳密なルールも無い、ぶっちゃけて言えば放送権は安いから特段理由がなければ深夜で放送したほうが楽なのである。
そしてプリキュアも例に漏れずこのノルマを課せられており、全日枠ではないもののニチアサ枠で放送させていただいているのでスポンサー様のご意向を伺った内容となっている。
なので大抵一年を通して内容は同じような内容になるし(基本的にどこから見ても話についていけるようになっておりクリスマス辺りでグッズが売られるのでパワーアップする)ぶっちゃけて言えば親からの評判は悪い。
特にこのあたりの枠は完全に一年交代をやっている為、クリスマスでグッズを買ったらそれっきりでアニメは終わりになるという悪い意味で子供のことを一切考えていない商業主義なのである。
だからプリキュアは完全に幼児向けであり、ちょっと頭が良くなるぐらいからプリキュアは見なくなるわけである。
その結果アイカツが作られたのだが、まぁその話は置いておいてもプリキュアは基本的にこのルールは崩せない(例外でコロナで放送がもつれた時、その上この時子供からは好評だったというのが答えである)から脚本の自由度も低い。
その上プリキュアはノルマとしてほぼ毎回悪役も出てきており毎シリーズ見て違いを見ている大友は兎も角して、子供からしたらどれを見ても大抵大差ないのである。
だからプリキュアは必ず層を入れ替えるという前提で作られており、上の一年縛りの商業主義もこのルールを徹底するための一つの縛りなのである。
ただ現代においてはこの点が問題になってきており明らかに減る層>増える層になっており、どこもかしこも迷走してきている。
長く続いている作品は大人向けにシフトをしており、単発作品等は本当の子供向け(下手したらプリキュアより低年齢層を狙っているかもしれない)で、悪い意味で真ん中が存在しない。
昔は多種多様なアニメが存在しておりキッズアニメ…に関わらずアニメを担当する監督も自分の作りたいものを作っていたから結果的に大人向けになった作品も存在している。(顕著なのがポケモン、初期は明らかにポケモンの世界観を逸脱して首藤監督の自分の世界をねじ込んでいた)
女児向けアニメ一つ取ってもレーベルは別れておりプリキュアは完全な女児向けだったのだが、他が壊滅してプリキュアも沈む船だからか大人を取り込む話を作成し始めてきている。
その結果面白い話を作れるなら良いものの、結果はご覧の通り。
正直現代プリキュアで本当に面白いプリキュアを作ることは不可能である、それは何故か?プリキュアらしさとスポンサーの関係が存在しているからである。


長く続くアニメはお約束が強いられていることが多い、プリキュアはお約束から少しずつ開放されて入るものの本当の意味でタブーとなる話には絶対には触れられないのである。
プリキュアはある意味で終わらせてはいけない物語であり、下手に触れてスポンサーから総スカンを食らって終わるという事が一番避けなければ展開である。
プリキュアのお約束から開放される、という発言は別にしなくてもいいもののこれの裏返す所は結局子供がいないからどうにかして大人に見てほしいというのが本音である。
似たようなポケモンは原作がプリキュアと似た方針だからか、絶対に触れてはいけないアンタッチャブルテーマが存在する(これは一度書いたものの一旦保留としている)。BWの人とポケモンの関係だが、結局こんなテーマについて答えを出せるわけがなく(答えを出したらそれはポケモンが終わるときである)、初代アニメを作った首藤監督ですらお蔵入りにしたエピソードである。
プリキュアだとある意味でポケモンと同じく絶対的な原作者は既に存在しておらず、秘伝の書で作成したラーメンのように作り方を熟知したスタッフが、こうすればプリキュアになるという体感で作っているのである。
プリキュアのタブーテーマは存在するものの、まぁ別に改めて明文化する程でもなく(例えばリンチしない親の悪口を言わないとか、道徳的なことである)そこまで厳密ではないし制作者もそこまで考えて作っていたわけではないだろう。
だが、そんなスタッフも最近は否が応でも改革を迫られており、それが昨今のジェンダーフリーである。

このジェンダーフリー、プリキュアとは相性が激悪といっても過言ではない。
何にしろ、下手に触れるとその作品だけでなく今後のプリキュアシリーズの存続に関わる可能性があるのだから。
例えばドラえもんにてスネ夫の三人用とかいじめだろwとか何でドラえもんは捕まらないんだよというテーマが度々あるがこれについて真面目に触れると今後はスネ夫の三人ネタは使えなくなるしドラえもんは時空法(実は一度だけ原作で触れたことが有り時間旅行規制法というテーマなのだが、当然のごとく単行本未収録になっている)に配慮した物語作成をしなければならなくなるから絶対に触れない、あくまでお約束であり漫画だから許されているのである。
ポケモンも同じでモンスターボールはポケモン虐待じゃないか?なんてテーマを扱ったら今後はこの議題が存在する前提で話を作らなければならなくなる。
プリキュアにおける上のルールとはつまり、どうしてプリキュアは女性じゃないといけないか?更に言えばプリキュアは女性の旧来的なジェンダーの役割に囚われていないか?である。
そしてこれに下手に触れたら最後、今後はこの話が存在するという前提で今後の物語を作らなければならなくなり、例え話が終わろうが監督が変わろうが一生ついてまわるのである。
プリキュアは女児向けであり女児はきらきらした可愛いものを好むから、これはプリキュアの明文化されておらず最も大切なルールである。
このテーマが壊れたら最後それはプリキュアでなくなり、プリキュアに似た何かになる。
ぶっちゃけて言えばまどかマギカですらプリキュアになると言ってもいい、それぐらいプリキュアらしさなんて誰も定義出来ないのである。

私はプリキュアは女児向けアニメで永遠に作れと言っている、下手に外の問題に触れると否応なくプリキュアの世界観が壊れるから。
そして最近は大人向けという名の八方美人が進みプリキュアの世界観は壊れてきている、良い悪いかは置いておいても間違いなく悪い。

作品において独立したノリが許されるのは重ね初期の混沌とした時代であり、作品のテーマに触れて良いのも初期の頃に多いと言っても過言ではない。
ポケモンのポケモンは人の奴隷じゃないか、も初期は触れていたが、中期後期になるにつれて曖昧不定でふわっとしたものになっている。
例えばポケモンを食べるというエピソードも初期のコイキングぐらいであり、それ以降は図鑑などでは触れたりされるものの一切不明となっている。これはポケモンがあくまで、子供向けであり人とポケモンの関係に主軸を置いているからでありこれをメインとして扱わなくてもいいからである。
プリキュアも同じで、最早プリキュアは終わらせることが出来ない物語になっていてプリキュア同士の正義に着目しているから許されているのである。
プリキュアに関わらずだが変身シーンで殴ればいいじゃんwなんて事を一つの作品で取り扱ったら最後今後は常に変身シーンで殴るというテーマを考えて物語を作らなければならなくなる、だからお約束に触れるといっておきながら本当の意味でお約束に触れる話は作ることが出来ない。
仮に触れてしまったらその監督が辞めようが一生ついてまわるからだ。

プリキュアはあくまでバンダイ様の意向に沿った"女児向け"アニメであり、お約束はこれに準じたルールが多い。
そしてこれがプリキュアがプリキュアでありながら、現代のジェンダーフリーと相性が悪いという最悪の事態を引き起こしている。
現代において最もジェンダーフリーのアニメは鬼滅であり男も女も例外なく56され、例外なく戦っている。そして鬼殺隊のルールもある意味でプリキュアと似ていてプリキュアを現代的に落とし込んだのが鬼滅ともいえる。だからアレだけ子供にもウケたのかもしれない。
ジャンプ系統だから、お約束というスポンサーに縛られること無く難しい言葉を使えるので世界観の設定は厳密に定めている。
だから現代でウケたのかもしれないが、プリキュアはアレになる事はできない。
だから結局どこまでいってもプリキュアには大人の都合がついて回る。プリキュアが男主人公でいけない理由は無いものの、それは大人の都合でありプリキュアが女性向けなのも同じである。
そしてスポンサーの苦情になる事も避けなくてはならず、プリキュアの恋愛は解禁されたものの仮に本当の意味で恋愛に触れると苦情が入り、プリキュアのテーマが崩れるから結局触れたは触れても、消化不良のようになってしまう。
そもそもの話としてプリキュアと恋愛のテーマは両立が不可能である、厳密に言えば不可能ではないもののこれを主軸にするとプリキュアのテーマが破綻する。ここに付随して他の人にプリキュアを言ってはいけないというルールもついて回る体。そしてプリキュア同士の友情から男女の恋愛になり、プリキュアのテーマは完全に崩れる。
だから面倒くさいから一律で禁止していたのである、デパプリという作品で拓ゆい(品田拓海と和実ゆいのCP、主人公の恋愛という面で一時期話題になった)が書かれたが全く一切(ではないものの付き合ったという話にはならない)伸展性がないのもこれを主軸にしたら最後崩壊するからである。
そして崩壊するだけなら兎も角まだ恋愛は早いという親からクレームが入り、プリキュア打ち切りになったら最後である。
だから、プリキュアが本当の意味で面白い話になることは出来ない、実際このCPも恋愛面を勧めた上でプリキュアと両立するという話を作成したら名作になる可能性はあるものの、引き換えのデメリットがあまりにも大きすぎるのである。
そしてそんな難しい話を女児向けで展開した所で着いてこれるわけがないのである。
そしてジェンダーフリーの片割れ、女性は女性らしくだが、これも主人公は可愛くして、変身後の衣装も可愛い方が売れるから、という事情が絡んでいる。
そしてプリキュアは男らしくも女らしくもないだがこれははっきりいって嘘でしか無い、本当にそうならば鬼滅だとかDBとかの雰囲気に寄せるべきだし、次代のニーズに合わせるならば鬼滅だろう。
だけど明らかに女の子らしい雰囲気である、結局大人の事情が絡むから根本的に扱ってはいけないテーマなのである。
のにも関わらず最近は触れている、だからちぐはぐになっていて異様な雰囲気が漂っている。
最近のプリキュアは常に殺伐としているのもコレだ、結局公式がターゲットを明確に女児にしているのにやたらと手広く広げて色々な層を惹きつけた結果プリキュアは悪い意味で話題になり、大半が炎上という最悪の形である。
これはポケモン新無印もそうかもしれない、やたらと手広く広げて(初見の人も見れます、話があいた人も見れます、初期しか見てない人も見れます、原作好きな人も見れます、そして当然スポンサー様にも配慮します)色々な層をターゲットにした結果常に荒れてギスギスしているという最悪な展開になった。
昔のプリキュアが荒れていなかったのも明確にターゲットを女児にしていたからであり、ある意味で割り切ってプリキュアを作っていたという感じだった。

プリキュアが悪い意味で話題になったのはHUGっと!プリキュアであり、最早常に炎上していた気がする。
15周年だからか今までのキャラも登場しておりそれに付随して離れていた人も触れており、そして悪い意味でここからプリキュアの炎上人生は始まったのかもしれない。
ここで子供以外を引き込んでしまったし、ターゲットを広げたゆえに今にまで続く問題が起きているとも言える。
キュアアンフィニでネットニュースに乗ったのは恐らくプリキュアの話題において最も大きかったが正直こいつもレギュラーではないというある意味で特殊な事情のプリキュアであり、公式が一番差別的なのである。
結局メインキャラで扱えないからサブキャラクターとして暑かったわけであり、そこには商業主義が絡んでくる。
しかも兎に角やたらと設定が込み入っていて、大人ですら理解するのは困難だろう。
プリキュアは完全に女児向けを辞めたのはこのときからで、正直最早誰向けに作っているのか不明である。子供に多様性を~~なんてのは大人の押しつけであり、世の中そう上手くは行かない。
本当にそうならばスカートを履く男子はいてもおかしくないけれどそうはならない。世間で少女漫画は話題にならない。
どこにいっても女性が男性コンテンツに入るのとノットイコールな関係なのである。
男はぶっちゃけ頭悪い、それは私も男性だから分かるのだが兎に角周りと違う女性らしいものを排除したがる。そこには本人というよりも昭和からの積み重ねがあるからであり、今日明日で改革できるものではない。
兎に角レベルが低い話で盛り上がり、特に性の話は大人になっても好きだろう。それはネットでもそうだがBL漫画等で晒される事も多々ある。
偶に女性が検索避けするのは云々あるがそれは晒されて笑いものにされるからであり、一種の自分を守るためその辺りの時代背景を考慮していない人は多い気がする。
そしてBLと同じように男性が女性らしいことをしているというのは一種の笑いの対象なのである。これは差別などではなく、私自身の経験からそう感じたことを書いているだけだ。
だから本当にジェンダーフリーを目指すのならば大人からしてスカートを履いたりしないと話にならない、それでもそういう根本的な改革はせず世の中全体が場当たり的に作品に多様性という、何を尊重しているのか分からないテーマを掲げて後はほっぽりっぱなしである。
女性が男性の輪に入ることはまぁ、おかしくはない。男性が女性の輪に入ることはおかしい、海外は知らないが日本は昭和から積み重ねがあるからその延長線上で令和になっている。
大人ですら出来ないものを知能が低い子供が出来るわけがない、特に子供は残酷であり大人が考えているほど純粋な訳では無い。
話は脱線したが、プリキュアは既にそういう大人の思想で作られており、プリキュアに男児が入る確率は無いわけではないもののメジャーになる事はないと言っても過言ではない。
そしてこのキュアアンフィニも男らしいというわけではなく、ぶっちゃけて言えば中性的であり結局プリキュアはどこまでいっても女性向けなのである。
要は逃げているのであり、プリキュアがブスなキャラを出さないのと同じように本当の意味で男性キャラがプリキュアになることはない。
極論を言えば悟空だとか両さんがプリキュアになれるかというと不可能であり、根本的に扱えるわけがないテーマなのである。見た目で差別するようで申し訳ないが正直プリキュアはスポンサー様の意向に沿うキャラ商売アニメであり、それでこんな結論を出すことが不可能に近いものを取り扱うのは不可能と言ってもいい。
これも画像だけ見れば女性とも取れるようなキャラであり、結局は残酷な現実を押し付けているのである。
最もこのキャラが生まれた理由は複雑だが、本当にこのキャラで伝えたいことをプリキュアでやりたいならばぶっちゃけていえば対象年齢がズレている。
要は女児が少ないから上の層を取り込むために場当たり的に社会問題を取り込んだのではないか?と私は考えているのだが上の層はそもそもプリキュアを見ないだろう。
正直プリキュアの内容が深い、と言っているのは大人ぐらいでありこの第二成長期を迎えるぐらいの子はプリキュアなんかに興味は持たない。
子供の頃卒業してそれきりである。
そして結果はテーマは恐らく伝わらず(そもそも一年だけのテーマで伝えるのは不可能に近い、本当にやるのならば三年近く延々とやらなくてはいけないだろう。一年では話題になって見ようにもその時点で放送は終わってしまい結局この作品の伝えたいテーマは伝わらない)、面倒くさい層を一気に引き寄せた、プリキュア炎上人生はここから始まったと言っても過言ではない。

多様性でありジェンダーフリー、プリキュアと相性が悪いこの2つはここからプリキュアを呪いのように締め付けていく。
どうやっても不可能(ではないものの、プリキュアで扱うのは不可能と言ってもいい。例えば鬼滅は誰でも鬼殺隊になれるという元ブスだろうが鬼だろうが、それどころか半分獣みたいだろうが心壊れていようが誰でもなれる。プリキュアより対象年齢を上げているから出来ることだ)に近く、どこまでいってもプリキュアは子供向けなんだから子供向けに徹底して割り切って作るべきである。
それこそプリキュアという名前にはもう子供向けのイメージが付きすぎているから一新するぐらいの気持ちでやらないと上記のテーマは扱えない、暑かった所で子供は理解出来ない(し大人ですら理解するのは難しい、それを小さい子供に分かるように教えるのは尚更無理だろう)のだがプリキュアというブランドを捨てるということにも繋がるためそこまでの気概はなく、結果的に場当たり的な対処となり当然その手のテーマを扱うことに慣れていない脚本陣に扱わせるのは酷だろう。
脚本陣は悪い意味でプロであり、子供向けアニメを作るスペシャリストなのである。
そしてプリキュアは秘伝の味のように継ぎ足しされて続いており、新規の人が脚本でどうこうしようにも今度はその人の回だけが浮くという問題が起きる。
その結果がAの回とBの回でキャラが違うという事が起きる。悪い意味でキャラに一貫性がなくなり、今度はキャラクターとしての質が落ちるという別ベクトルの問題が発生する。
これはアイカツで顕著だったのだが、二年目に置いて常に一年目と繋がりを伏せていると思えば急に一年目の話を入れてきたり(それまで全然伏線等はなく、凡そ作中時間で一年近く放置されていた)して、その回の質は良かっただけに逆にどういう事なの?という事が起きた。(序に言ってしまえば完成度が高い話はたいていその人であり、一年目との繋がりを担当していたのもその人の脚本ぐらいである)
なまじ完成度が高い故に起こってしまった悲劇である。

そして次になったスタートゥインクルプリキュアだがこちらは説教臭いテーマを一切切り捨て、ひかるとララの友情と使い回されたようなテーマで構成されたこちらの話は安定感が高く、炎上していなかったのは覚えている。
多様性というテーマを人間と宇宙人に焦点を合わせてある意味で現実と切り離した結果悪い意味でアニメになったからだと私は考えている。
脚本家のプロだから、ちゃんとそれ相応の子供向けの話を作らせると70点~80点を平均して出すわけである。
但し、やはりノルマとして多様性プリキュアを出さなくてはならなかったのか褐色枠のキュアソレイユが存在している。


ぶっちゃけ公式はこのキャラを売れないという前提で作っている。
のにも関わらず多様性のせいで入れざるを得ない、要は大人の事情が絡んでくるのである。
このキャラが一番人気になることはまずない(そもそも日本人が見るアニメで日本人と遠いキャラをモチーフにしている時点で)と私は考えており、褐色系デコ出しボーイッシュの絶対売れない要素三神器を入れているのである。
デコ出しボーイッシュが人気ないのは各自アイカツ8等を見て頂ければ分かるのだが、要はひなきのように当てつけを作成して他のキャラに人気を集中させるという方法でスタートゥインクルプリキュアは乗り切ることとなった。
この後のヒーリングっとプリキュアも…まぁこの作品は世相と最悪なタイミングで合致したというある意味極限なまでの運の無さも原因なのだが、本当はどうかは兎も角ここで現場は想像以上にゴタゴタしていたのは想像に難くない。
これもある意味でプリキュアらしさという全くの別観点から炎上した話だった。最も内容にも賛否あるのだが、ここでは割愛する。
現代は兎に角どこの角度から炎上するか分からない、これも造り手側はいつものプリキュアを意識していたら想定外の炎上をウケたという感じだろう。
そしてこれは現代プリキュアを最もよく表している、子供向けにガチで見ている人が多すぎて子供向けに作っているのに子供じゃない人が見るという頓珍漢な自体が起きている。
そしてプリキュアらしさ、という誰も定義出来ないものを各々が抱えたまま視聴しているから何かしらの問題が起きていると私は考えている。
そしてこの問題を引き起こしたのは八方美人を繰り返した公式の自業自得だろう、プリキュアらしさなんていう誰も答えられないテーマを2,3本見た人が語っており、私が上で語ったシリーズが終わっても厄介事は続くというルールを最悪な形で表している。
だからプリキュアは徹底的に子供向けを意識して、それ以外を排除のスタンスで作らなければならなかった。多様性とプリキュアは最悪なまでに相性が悪いからである。

良くプリキュアを見ている大人はキモい論争が有り、ぶっちゃけて言えばそれを見ている大人はどうかとか関係ないのである。
この題の肝(キモだけに)は、徹底して作られた子供向け作品に大人が入るのは許されないというある種のむら社会のような目に見えないルールが存在するというのが大切なのである。
例えば似たような女性しか出ないコンテンツの東方は、わざわざ東方は大人向けと主張する人は少ないだろう、これは東方が大人向けなのは当たり前でありわざわざ言う必要がないからである。そしてこのコンテンツに関わらせている親も子供向けでは無いことを承知で関わらせていると言える。
オンリーに小学生多い論争だが、大抵親も東方が好きだったりのパターンだろう。そして東方は大人>子供の目に見えないルールがあるからこそ親は徹底的に管理する。本来東方は子供が関わるコンテンツじゃないからだ。

東方よりも似ているポケモンだが、ポケモンは年数を重ねて多様性を受け入れる土壌を作っていた。
今は大人がポケモンもある種許されるような雰囲気があるがこれは赤緑~GOまで徹底的にほぼ全ての代でポケモンに触れさせる努力をしてきたからであろう。
ポケモンの本編は徹底的に男子向けに作っておりきせかえが出てきたXYも本筋はあくまでいつものポケモン(バッジ集めてチャンピオン)である。
ポケモンは今も昔も男性向けに作っており、そこに女性も入るというある種の男:女6:4の比率を守っていると言える。
上で書いたように男性向けコンテンツに女性が入る事は良いのである、それは世間的に許される雰囲気がある。
鬼滅もそうだが、あくまでジャンプで連載されている漫画だからウケたのであってアレをチャオとかで連載していたら今以上にヒットしなかっただろう。
そしてポケモンは規模が大きすぎてポケモン、と一口で語っても本筋がどれかを決めるのは難しい状況にある。
GOしかやらない人、原作しかやらない人、アニポケ勢、ポケカオタク等々、ぶっちゃけていえばポケモンという国でそれぞれの自治区を作って他の場所には不干渉というある種のルールがあるから成り立っている。
だから全員をウケレイ用とした新無印は炎上したのであるが…。
そして敢えてポケモンらしさを外したりしており、常に新世代が入ることを意識して作られている。
ポケモンは重ね子供~高学年をターゲットにしており、BW位から出戻り勢も意識してきたが絶対に本編子供向けのスタンスは崩さない。
これを大人向けにしたら子供向けコンテンツで発言権を持つ大人が出てきてしまい、コミュニティの秩序が崩壊するからである。

GO勢ポケカ勢はそれで完結しているが原作はあくまで子供向けにハマっている大人の図式を作成しており、常にこのルールは崩さない。
そして主人公も基本的に男性っぽくしておりキャラが可愛くても明らかに女性主人公に力を入れようとも、本筋は絶対に多様性とは真逆の強いポケモントレーナーになって最強を目指す話である。
これはポケモンの目に見えないルールであり創作の基本なのだが男性主人公の役割を女性がやるのは許されるが女性主人公の役割を男性がするのは許されない雰囲気がある。
最近だとファイアーエムブレムが有名でアレの暗夜は明らかに女性向けシナリオを多数にやらせたから炎上した。その結果カム子は人気だがカム男はとてつもない不人気という地獄のような格差が起きた。
これを踏まえて作られた風花雪月だがアレは男性主人公がメインを徹底しておりあくまでベレスも可愛さ優しさより強さかっこよさを重視しているから受け入れられたのである。アレが暗夜みたいに常になよなよしていたらベレスはここまで受け入れられなかったと思う。
そしてエンゲージも悪い意味で男女格差は起きており(そもそもアレは、何故か男性女性で年齢が違うという問題があるのだが)下手にやわやわしたシナリオだからリュールは可愛いけどリュール男は違和感があるシナリオになってしまった。
ポケモンはこうなる事を理解しているから絶対に本筋は女性向けにせず、男性向け主人公(の役割を女性向け主人公も出来る)という約束で作成している。そして仮になよなよした主人公を作ったらその世代でポケモンのルールが壊れてしまう恐れがあり、公式がやりたがっているどの世代にもポケモンを触れてもらうというルールが崩壊する(上で書いたように男性が女性コンテンツにふれるのはある意味で許されないから)からだろう。
多様性なんてものはこのように目に見えないルール、そしてそれを受け入れるだけのユーザー側の土壌、そして一生向き合う公式(ポケモンは既にオタク向け商売もしており子供向けじゃない商品に力を入れている)の三本柱があって初めて成り立つのである。

プリキュアはどうかというと、上の覚悟はなく寧ろ中途半端に触れたせいで本来のターゲットじゃない層が居場所を主張するという最悪の展開が起き始めている。ひろプリでは主人公に青が充てがわれたものの人気が出ない霧矢あおいタイプであり、恐らく無理だろう。そして主人公を青にしても結局男は見ない、本当にやるなら男性主人公にして話を作って上のテーマのようにしないとダメなのである。
元来本当の女児向けに作っている(そもそもの話としてプリキュアはおもちゃが子供にしか売れないから子供向けしか作れないという悪循環に陥っている、そしてこれはニチアサがある意味で独占状態になっているからより良い物を作るという商売のルールは適用されずに長い間放置されてきた)から更に上のターゲットを狙ったアイカツが作られたわけで、女子全員プリキュアは無理なのである。ユーザー側にそれを受け入れるルールを長い間放置してきたからである。
そして造り手側もある意味でマンネリのような常に70点程度の脚本を出すスペシャリストだから、昨今の無駄に難解なテーマを入れたプリキュアを扱えないのである。
そしてプリキュアは上に加えて本来のターゲットはプリキュアから出ていくという更に悪化の一途を辿っている。
プリキュアの本当のライバルはアニメの外に逃げることでもポケモンでもなく、鬼滅やスパイファミリー(以下SF)のジャンプ系アニメである。
鬼滅はプリキュアが狙っていた女児より高い層の人気をかっさらっていき、悪い意味で子供向けコンテンツ卒業のきっかけを作ってしまった。
そして子供向けアニメは悪い意味で子供だましである。作画は一年やる都合上極限までクオリティを落としているし、話も難解には出来ず親の顔色を伺って作成している。そしてこれを無理やり深夜アニメのクオリティにしようとするとどうなるか?ポケモン新無印のように総集編オンパレードになり現場はおかしくなる。
鬼滅は作画は深夜アニメだから極限まで作り込めるし話もプリキュアじゃ絶対に放送できない内容、そして戦うかっこいい女性をプリキュアよりもはっきりと描いてしまった。
これを見た上でプリキュアを見たらもう悪い意味でプリキュアは見れないのである。極論を言えばプリキュアがお約束だから全部外した内容を入れた現代風ウケるプリキュアが鬼滅なのである。
SFも戦う強い女性はいるし、プリキュアが絶対に触れなかった命のやり取りにも触れている。
女児を卒業した年齢は目が肥えるから、敢えて勝負をしなかったのにプリキュアは最悪のタイミングで勝負をしかけて、勝てるわけがなく負けた。

そしてプリキュアはここからお約束に触れる(という名目上のこと実質は炎上狙いと言っても過言ではない)展開をしていき、どんどんプリキュアを見る大人は増えていった。
その結果、プリキュアは女児向けの土壌なのに様々な人がいるという地獄絵図状態になってきた。
今まではプリキュアは女児向けでそれ以外はターゲットじゃない、を徹底していたからある種のルールがあったのに下手に本編でそのあたりに触れたせいでこの辺りの層の言い訳に使われているという最悪の展開になった。
プリキュアは理想的なジェンダーフリーという人、元々ジェンダーフリーだったから最近のは違うという人、CGをエロ目線で見てる人、そもそも主人公たちを性の対象として見てる人、そして男性もプリキュアを真に受けた層等々、最早これらすべての層を満足させる話を作るのは不可能であり、全てが場当たり的に良い顔をし続けた結果誰かが割を食う事となったのである。
この中でオタクが割りを食うのは別にいい、だが今回はそうではなく男性もプリキュアを真に受けて実在している被害者が存在してしまったのである。
着ぐるみショーを大人が撮影しているだとか、プリキュアの抱きまくらがどうとかではなく本来ターゲットにしている層が不利益を被ったのは今までとは違い、今まで避けてきた部分を大多数がはっきりと直視することになった。

プリキュアとポケモンは違い、プリキュアは世代の半分しか見ておらず、男性は一切(に近いぐらいで)見ないし、ある意味で常にその世代の子供だけを狙っていたので急激な改革をしてもうまくいくはずがない。ポケモンはリメイク商法等でじっくりとならして土壌を作成していたし、プリキュアよりも上の年齢層を狙っていたから出来たことである。妖怪が終わったのは正にプリキュアと同じ年齢を意識して場当たり的に無茶な改革をし、そして見続けたファンすら裏切るという展開を行ったからだろう。
多様性を受け入れる土壌は成り立っていない、そしてプリキュアは女児向けであり女児が犯罪に巻き込まれる事は絶対に避けなくてはならない。
その結果ある種の不文律として女児以外でプリキュアを見ている人は危ない人、というルールが出来た。
これは実際どうこうよりもプリキュアを餌に誘拐などを避けるための一種のルールなのである。この辺りややこしくてプリキュアが実態よりもプリキュアコミュニティのメインが女児だから起きていると言っても過言ではない。
そしてアイカツはこの件で凄まじいレベルで燃えてきた、下手に全盛期を迎えた上に知識を持ったターゲットを狙った結果出会い厨等の別ベクトルの問題が多発していた。
コンテンツ初期はそういうルールがない上に当時はインターネット過渡期なのもあったが、親もインターネットのルールを理解しておらず(バンドリの問題点がそのままアイカツで起きたような感じ)表に出ないだけで何件合ったことやら、といった感じである。
もう一つの問題点としてプリキュアしか女児アニメが無い結果行き場のない層が全員ここに不時着したというのもある。
全てが積み重なり、いつ炎上してもおかしくないコンテンツだったプリキュアは前作のデパプリとそして広がるスカイプリキュアにて本格的に多様性を打ち出した結果常に燃え続けるコンテンツとなってしまった。

そして上のキュアソレイユと同様にプリキュアはキャラ商売も重視しているし女児向けというコンテンツなので女児に受けるキャラをメインで作らなければならないので、結果的に多様性を打ち出してアニメにいるのにグッズは不憫という別ベクトルの問題点を導き出している。
要は早い話公式が多様性というテーマを否定しているのである、キュアウィング何かは正にそれでプリキュアが男ではダメか?というルールに挑戦したキャラではあるものの本当の意味で男キャラをプリキュアにするとコンセプトが崩壊するから前作デパプリではプリキュアじゃない戦士にしたが、これも結局はプリキュアは女性たちの物語という触れてはいけないお約束の元展開されている話だからである。
そしてキュアウィングは明らかに見た目女性で、男である意味がないという(今後そういう展開になるのかもしれないが現状ではぶっちゃけ女でも成立する話である)、明らかに作りたくないし触れたくない存在になっている。

そしてこの作品で本格的に男がプリキュアじゃダメか?を扱ったら今後一生この問題と向き合うことになる。女児向けだから、というお約束の元女性だけなのにそこに無理やりねじ込んだら元に戻るわけがない。そしてこの問題に扱える訳がない脚本家が相まってなぁなぁですまされているという本当の意味で多様性を期待した人ほど失望するという最悪な結果に陥った。
そして販売元も下手にプリキュアで男に人気が出ると今後プリキュア(なのに男女混合)等プリキュアのテーマそのものが崩れるからか敢えて人気を出さないように徹底している。
そして片割れの成人プリキュアも成人である意味はなく(ぶっちゃけ中学生です、と言われても違和感はない)下手にこいつが人気出るとプリキュア(なのに全員成人)という事になるから敢えて人気を出さないように徹底されている。

そしてその結果全く関係ないターゲットが割を食うという事態に直面している、キュアウィングの衣装無いはそれだろう、プリキュアは誰が見ても良いのに女性しかターゲットとして見てないのである。どういう訳だ、となるが本当の意味で期待した人程割りを食うのである。

そしてこの問題は本来のターゲットが割りを食うならまだ良い(良くないが、そもそもバンダイ的には最早風前の灯である戦隊ライダーに行って欲しい訳であるし男性プリキュアは人気がないという結果だけを求めているからこんな事になる)が、上の多様性と相まって常に空中戦で戦いが始まるという別ベクトルで居心地の悪いコンテンツになってしまった。


ポケモンはぶっちゃけて言えば異常なコンテンツである、女性トレーナーが好きな人BLが好きな人ポケモンが好き(性的な意味)な人それぞれがポケモン好きという一つの名の下で自治区を作って暮らしている。
これはポケモンは全年齢向け男女共同というある種の絶対的なルールが存在するから棲み分けをしているのである。(ぶっちゃけポケモン虐待じゃないか?という人もいるが彼等は彼等で棲み分けしており衝突することはかなり少ない)
だがプリキュアは中途半端に女性しかいない、そしてターゲットは女児に固定、そのくせ多様性を打ち出している、その結果地獄のようなコンテンツとなった。

ただ、ポケモン側はポケモンと恋愛関係になる人物を裏設定のように語ったりポケモン同士の捕食に触れたりなど、細かい部分でそういう層の言い訳に使える部分は用意してある。男性向けコンテンツだからキャラが可愛い、というのも上よりは受け入れられる土俵が存在している。ポケモンなのにトレーナーが好き、というのは昔で言えば変な人だが今は公式の努力も合って一つの勢力として認められるようになったのである。公式でエロネタだとかを使っているから公式もやっているという言い訳の余地を作って、八方美人だが一つの自治区の元生活するという形で多様性を生むことに成功した。
ではプリキュアはどうか?多様性に触れているのにそういう部分には触れず、公式側も場当たり的な改革しかしない。例えば黒人プリキュアは商売で売れないというルールの元作成しているからスタプリ意向存在しないしそのスタプリも不人気です、というのを目に見えるようにわざと多量にグッズを作っていた。
そして男性プリキュアもキュアアンフィニで場当たり的に出したもののそれ意向触れずに急に思い出したかのようにひろプリで触れたものの、その間は出さなかった。本来ならば男性プリキュアをずっと出してレギュラーにしなければならなかったのに、売れないし世界観が壊れるという理由で一切触れずに触れたとしても明らかにいやいやなのが目に見えてわかる。
結局これである、そして下手に触れたせいでもうプリキュアは以前のように完全女児向けに作っているという言い訳もできなくなった。
プリキュアの多様性を認めるならプリキュアじゃなくしなくてはならないのにそれをやったら崩壊するからやらないという滅茶苦茶ややこしい事態になっている。
例を上げれば食べ物の好き嫌いするプリキュアがいてもいいのにいない、結局はコレである。根本的な部分で多様性を見ておらずクレームに配慮した内容を意識しているからこんな事になる。


私の意見だがプリキュアはもうたたむのではないかと思っている、子供向けコンテンツが斜陽なのは目に見えてわかるがプリキュアも歴史を閉じようとしているのではないか、と。
正確に言えばプリキュアを深夜アニメのオタク狙いに切り替えるのではないか?と。プリキュアは長く続きすぎたゆえに根本的な部分で破綻しかけている。常に増え続けるレギュラー(用紙の差別化という面で最近は悪い意味で奇抜なキャラが増えた、これもキャラが被る事を期にせず作ればいいのに純粋な子供以外を狙っているから起きる)と誰をターゲットにしているか分からない内容、そして炎上の大半はプリキュアが女児向けだから起きる内容である。
プリティーシリーズもスポンサーがつかなくなって終わったがプリキュアもそうなのかもしれない、その結果がスポンサー様の意向に従った多様性という名の洗脳アニメである。


そしてプリキュアも懐古商法に切り替えるのかもしれない、最近の作品が懐古商法を狙っているのは以前にも書いたがプリキュアもそうなるのである。
攻めてプリキュアは最後まで女児向けとして徹底してほしかったが現代においてそれは無理な願いなのかもしれない。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?