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何故2023年の阪神は「アレ」したのか 〜野手起用の観点から〜

2023年11月5日、阪神タイガースは前回2005年に優勝した時の監督である岡田監督が再登板し、18年ぶりのシーズンでの「アレ」、そして38年ぶりの日本シリーズ制覇を果たしました。

私はセリーグ他球団ファンのファンですが、シーズン中から阪神タイガースの岡田監督の采配は他球団ファンながら「なるほど!」と思わされるものが多かったのです。

そこで、シーズン中で私が印象に残った岡田監督の采配、戦略を5つ紹介したいと思います。私は野球好きですが有識者ではなく、阪神ファンでもないため解釈などに誤りがある可能性が高いです。そこは多めに見てくださると助かります。

①四球の査定向上

これは各種メディアなどで多く取り上げられている内容ですが一応。

2023年、阪神タイガースは494個の四球を獲得しました。これは2位のヤクルトと比較して47個も多いのです。2022年の四球数は、リーグ3位の358個だったことから、これと比較すると大幅に増加したことが分かります。

近年、セイバーメトリクスの普及などにより、四球の価値は増加してきています。四球はランナーの進塁価値は高くないものの、ランナー無しの場面においては単打と同等の価値があることから価値があるとされています。

そのため例えば、チャンスで三冠王を獲得した2022年のヤクルト村上選手のような長打のリスクが極めて高い選手であれば、四球で歩かせることは時には失点リスク管理にも繋がります。
しかし、先頭打者や、長打が少なく単打が多い選手、走塁能力が高い選手に四球を出すのは、自ら失点のリスクを高めてしまうものであるといえます。

阪神タイガースの今年のメンバーは盗塁数がリーグ1位、2位の近本選手と中野選手や、俊足のイメージはなくても盗塁以外の走塁での得点貢献を示すUBRがリーグ5位の大山選手が固定されており、出塁されると作戦が多く取れる選手が多いです。
また本拠地が比較的本塁打の出やすい甲子園球場であることもあり、チーム長打率は.352と中日ドラゴンズに次いでリーグワースト2位の数字になっています。

つまり阪神打線は、相手からすると勝負を避け四球を与えるメリットが比較的低い打線であるといえます。それにも関わらずこの四球数は大いに価値があると考えます。
出塁率の高い選手を獲得することは、コストや年数がかかりますが、既存の選手の意識改革であれば、どの球団にも現実的に実現可能で、参考になりそうです。

②打順固定

これも私が言わずもがなという感じですが…。

2023年の阪神タイガースは近年では数少ないスタメンを固定したチームです。
最も多いスタメンは1番近本選手、2番中野選手、3番森下選手、4番大山選手、5番佐藤選手、6番ノイジー選手、7番坂本選手、8番木浪選手で、このオーダーは24試合(CSでも3試合すべて)採用されています。

この他のオーダーも森下選手や佐藤選手とノイジー選手を入れ替えた打順や、キャッチャーが梅野選手である打順が多く、
特に中野選手は142試合で2番、大山選手は全試合で4番に座るなど、打線の軸はほとんど変えずに戦ってきました。

近年では選手の調子や疲労状態を考慮して、スタメンや4番打者を固定せずに戦うチームが多く、結果を残しておることが多く(今年のロッテや広島、オリックスなど)、スタメンを固定し、優勝を早期に決定しながらも消化試合の半数ほどをベストオーダーで戦ったことは前時代的な様にも思われます。

けれども、岡田監督のスタメン固定は「能力が高い選手に多くの打席を与える」「選手の役割を固定する」といった意味で、むしろ多くのメリットを与えていると感じました。

まず、1つ目の「能力が高い選手に多くの打席を与える」という考え方は、基礎的なことではありますが非常に重要です。

例えばセリーグでは2連覇したヤクルトスワローズが、山田選手や塩見選手が離脱で打席数を稼げず、それが戦力を大きく低下させ、2023年シーズンの低迷に大きな影響をもたらしています。 

また、パリーグでは近年指名打者を「打撃専のベテランや助っ人に与える」だけではなく、「主力の守備負担を軽減させて多くの試合に出場させる」ことを目的に使うことも多くなっており、今期ソフトバンクは近藤選手と柳田選手、楽天は浅村選手と島内選手といったチームの中心選手を指名打者として起用しています。こうした考えも、主力選手に多く打席を与えることの重要性を示した施策であると言えます。

阪神では、総合評価の指標であるWARのセリーグランキングにおいて、近本選手が1位、大山選手が3位、佐藤選手が6位、中野選手が9位となっています。こうした選手をスタメンに固定することは、当然チームの戦力を高め、勝利につなげていると言えるでしょう。

それに加えて、岡田監督のスタメン固定は、「選手の役割」も固定しているといえます。

打順の決め方は各チームの戦力や作戦、選手の相性や首脳陣の思想など様々な要因によって決定される。プロ野球ファンの間では物議になりやすい要素でもある。
様々な考え方があるが、セイバーメトリクスに基づくと、こうした打順が理想的であると考えられています。

(https://full-count.jp/2015/08/07/post15318/より引用)

打順の重要度としては、1番・2番・4番が重要であり、次いで3番と5番を重要視している。
特に1番、2番打者は初回にアウトカウントが少ない状態で打順が回ることから出塁率を重視しており、4番打者はそれらの打者を返す役割を求められているため長打力が重視されている。

今年の阪神タイガースのオーダーはこの考え方に非常によく当てはまったメンバーが配置されています。
1番の近本選手と2番の中野選手は出塁することを意識しており、昨年度と比べて出塁率が近本選手は.352から.379に、中野選手は.301から.349に向上しています。前述した様に彼らは足も使える選手であるため、出塁することに非常に価値のある選手です。

そして、4番・5番には主砲の大山選手、佐藤選手と、長打力寄りの打者を配置している。出塁、進塁能力の高い上位2人を、この2人の長打で返すというパターンが確立されています。また、大山選手は最高出塁率のタイトルを獲得しており、佐藤選手もキャリアハイの出塁率を残しており、この2人もチャンスを作り出す存在です。

これに加えて、今季は8番の木浪選手の働きが非常に大きいです。セイバーメトリクスの考え方では6ー8番は指標が高い順に選手を配置することを理想としているが、これは今年の阪神には必ずしも適切ではないのかもしれません。

例えば、昨年の阪神は6番に出塁寄りの糸原選手を多く起用していたが、7・8番に長打期待の低い捕手、二遊間の選手を続けておくことが多かったです。この打順では長打一本で点を取ることを期待するのは難しく、バントをしても得点期待値が下がってしまい、得点パターンが限られてしまっていあした。

しかし、今年の阪神タイガースは8番の木浪選手に出塁する役割を持たせました。
今年の阪神は1番に近本選手がいることから、8番打者の出塁は意外と得点確率が高いため、
ノーアウトやワンアウトで出塁すれば、9番投手にバントをさせてチャンスで得点圏.374の近本選手に回すことが出来るし、
ツーアウトから出塁すれば、9番投手が凡退しても次の回が1番から回すことが出来るのです。 

そして、実際に木浪選手もその役割を理解し、出塁を意識している打席が多く見られた。陰ながらチームの得点能力を高めた存在であるといえます。

また、指名打者ありの試合でも、木浪選手を8番で起用する試合が多く、日本シリーズでも7番にDHの選手、8番木浪選手、9番坂本選手というオーダーを組みました。

これも「木浪選手出塁→9番の選手がバントなどでランナーを進める→近本選手」という流れを崩さないようにするためであると言えます。
岡田監督は2010年にオリックスの監督時代に9番大引選手→1番坂口の流れを重視しており、交流戦では多くの試合で「8番投手」を採用してこの打順を保持させていました。
今回は9番打者を挟んだ攻撃パターンである点が異なりますが、打順ごとの役割を固定している例であると考えられます。

こうした作戦面も意識した下位打線の役割の固定化は、単に下位打線を「得点能力が低い打者を並べる」といったものから、「上位打線に繋げる」という役割を生み出すことにつながると思います。私はこの考え方は、他球団の打順にも応用できるのではないかと考えます。

③交流戦の控え選手の使い方

私が岡田監督の采配で感心したのは、交流戦時に原口選手、糸原選手、長坂選手を抹消し、中川選手、前川選手、小野寺選手を登録したことです。
DHなしのセリーグでは、投手を中心に代打の起用が重要になる場面が多いです。私はヤクルトスワローズのファンですが、2021年・22年の連覇には代打で高出塁率をマークした宮本丈選手と、もはや代打の神様といっても過言ではないかつての首位打者の川端慎吾選手の活躍が不可欠であったと感じています。

今年の阪神タイガースも開幕時点で、出塁力に定評のある糸原健斗選手と、長年代打で活躍している原口文仁選手を「代打の切り札」に挙げていました。
糸原選手は打撃こそ低調ながら、粘り強い打撃で多くの四球を多く選び、原口選手も開幕3戦目のDeNA戦ではワンストライクからの代打起用に応え、試合を決めるツーランを放ちましたが、
糸原選手は打率.111、原口選手は打率.118と苦しんでいました。

そこで、重要な代打起用が比較的少ないであろう交流戦時に、両者に二軍調整の場を与えることが出来ました。

一方で、登録された前川選手は指名打者でスタメンで起用され、結果を残したことで、交流戦後も「3番・ライト」でスタメンの機会を得ることが出来ました。
シーズン後半は打撃フォームの改造などで2軍調整が続きましたが、高卒2年目から存在感を示すことができたといえるのではないでしょうか。

そして、同時に登録された小野寺暖選手は、スタメン起用こそ少なかったのですが、残りのシーズンで83打席で打率.347、OPS.829と結果を残しました。こうした選手の見極めを交流戦で行えたことで、選手の起用可能性を広げることが出来たといえるのではないでしょうか。

④効率的な試合運用

プロ野球ではペナントレースを通じて、当然全ての試合で勝利を求めて戦っています。しかし、実際はシーズンを通して選手の運用を考慮しながら戦う必要があります。

例えば、パリーグ今シーズンの千葉ロッテは、展開を問わずその日投げる投手を決めて起用したり、先発不足の際にはブルペンデーを週2日導入するなど、短期的な1試合の失点率よりも、シーズンを通じて効率的な方法を取る采配を行なっていました。
その結果救援防御率はリーグワーストの3.35ながら、確実に取るべき試合を取ることで、打線が強いとは言えないながら2位となることができました。

阪神の試合でもそのように感じた例は多かったのですが、
その一例として、優勝決定戦の翌日の9月15日の試合が挙げられます。
この試合は前日が甲子園で優勝を決定しており、そこから翌日広島へ移動をして試合を行うという日程でした。
順位が決まった中で阪神はこの試合で先発で、これまでリリーフ起用されていた及川選手を先発で2イニング投げさせ、その後高卒ルーキーの門別投手が3イニングを投げるという継投を行いました。
いわゆる「消化試合」ではこういった継投はよくありますが、この試合では打線が機能し9回終了時点で1点差となっていました。
本来ならこのような展開でも勝ちに行くことが一般的だと思われます。
しかし、1死1・3塁のチャンスを迎えた場面で、大山選手が2盗を仕掛け、アウトになってしまいます。しかし、この采配にも意図があり、試合後の岡田監督はこう説明しています。


「あの場面でどこ投げるかな思たら、(捕手が)セカンド投げたなあ。これは大収穫やな」とニヤリ。「そらちょっと試してみたいこともあるしな。(CSで)当たるチームはな。一、三塁で初めて走ったからな」。前進気味の守備隊形でどう動くか。まだ1カ月以上先のCSファイナルステージでぶつかる可能性のある広島の作戦を試した。

「(この日2打点の)小野寺にはちょっと悪かったけどな。延長になったら投手を使わなあかんかったからな。(9回で)勝ちか負けか勝負せないかんかった」。中継ぎ陣の見極めの意味もあったブルペンデーのこの日、ベンチに残った勝ちパターンの投手は使いたくない事情もあった。

この言葉のようにただ試合を捨てるのではなく、CSで対戦可能性のある広島の戦い方を伺いつつ、投手の起用も踏まえた思い切った采配をしていることがわかります。

これは極端な例ですが、今年の阪神は1・2番を中心とした優れた機動力をむやみに使うのではなく、効率的な得点や勝利に有効な場合に活用するという方法を取ってきました。

ときにはこういった采配は短期的にみると、批判もあると思われますが、シーズンを通して見た際には評価される部分も生まれてきます。
長年ペナントレースを見てきた岡田監督だからこその采配なのかなと感じます。

⑤守備位置の固定

ここまで攻撃、采配面について触れてきましたが、守備位置の固定についても触れていきたいと思います。

今年は開幕時点で、前年までショートを守っていた中野選手をセカンドにコンバートし、一三塁と両翼を行き来していた大山選手、佐藤選手を一塁、三塁に固定しました。

個人的には最初はこのコンバートは賛成ではありませんでした。
中野選手はWBCでも源田選手の負傷により遊撃を守っており、いずれコンバートが適当であるとしても、
前年セカンドが埋まらない中で山本選手、糸原選手を起用して攻撃面の穴を抑えていたので、これらの選手の起用幅が狭まるのでは?と思っていました。

また、佐藤選手もサードでは内野の細かいプレーのミスが目立つ一方、ライトでは身体能力を活かした良いプレーが目立つ印象があったので、外野の適性が高いのかな?と個人的には感じていました。

しかし、中野選手についてはショートに木浪選手がハマり、セカンドに固定することが出来ました。また、大山選手や佐藤選手の2人は守備負担が減少したことで打撃面でキャリアハイを記録しました。

そして中野選手、大山選手はシーズンフルイニング出場を達成し、コンバートが成功したと考えられます。

昨年までの矢野監督は、チーム事情もあり、控え選手含めた適性を探りながらの起用が多かったです。
一方で岡田監督は、シーズンレギュラーで出る力のある選手の見極めがとても上手であると感じました。
2005年の優勝時も藤本選手をショートからセカンドに、今岡選手をセカンドからサードに、広島でショートを守っていたシーツ選手をファーストにコンバートした経験がありました。
最初はその成功体験に囚われてるのかな?とも感じましたが、シーズンを通して見ることで、改めてセンターラインの守備の重要性に気付かされるシーンもかなり多かったです。

少し話は変わりますが、中日の立浪監督も就任後二遊間選手の大量入れ替えを行っています。現有戦力の保持や、ドラフトでのバランスなどを考えると、批判もあるかと思いますが、
個人的には今のメンバーは守備の可能性がかなり高い選手達であると感じており、将来の野手はかなりハイレベルな戦いができる様になると感じています。

両監督とも現役時代に内野手経験のある監督だからこそ、自身の守備やコンバートの経験を根拠に、こうした点を重視しているのかなと感じました。

以上のように、阪神タイガースの優勝、日本一には、野手起用や采配の変化が大きな要因になっていると感じます。
岡田監督は「当たり前のことをできるかどうか」ということをいつも語っています。

現代の野球では、いかに選手のWARを増やすかという方法がデータで明らかになることで、フライボール革命など長打を狙った打撃が増えてきています。
こういった考え方は合理的ではありますが、誰でも長打をすぐ増やせるわけではなく、またこうしたチーム作りをしようとすると、能力の高い選手を高いコストで大量に保有しなければなりません。
しかし、選手一人一人が役割を明確にし、戦術によって得点効率を最大化することは、弱いチームや資金力に乏しいプロチームでもすぐに実現可能だと言えます。

野球が変わりつつある今だからこそ、戦術の「当たり前」を改めて理解し、戦うチームはかなり手強いのではないか。私は岡田采配を見てそんな風に感じました。

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