少年ボンドリアンの独白
同胞たちよ。よく集まってくれた。今日は、お前達に話がある。よく聞け。同胞たちよ。
そういうと、ボンドリアンはおもむろに立ち上がって、大通りのど真ん中で手を広げ語り始めた。
快楽の話をしよう。同胞たちよ。快楽とは、言わば「活動の種」で、すべての起源・原点(オリジン)であり、生命の灯火だ。
真理の泉を見たことがあるか?未開の樹海を見たことがあるか?
そこに植生している探究植物を見たことがあるか?
どんな人間も、母の肉体から分離されたときからずっと、何かしらの「活動の種」を保有している。移動したい。お乳を飲みたい。寝返りを打ちたい。
お前の中にもきっと眠っている。活動の種が。始まりの灯火が。
快楽の話をしよう。だがそれは見せかけなのさ。ただの踏切なのさ。地に埋まってるだけの弱虫なのさ。
種を見つめて何になる?種を煮詰めて何になる?種は、植えて、成長させる為にあるのではないか?
同胞たちよ、種の話をしよう。
種を植えて、種に水をやって、種にツタと花をつけよう。きれいな花だろう?お前がかつて憧れていた「探究の草花」だ。今も憧れているかもしれないな。いや、あこがれというか、根を絶ってやりたいという思いのほうが強いか。まあ、お前たちがどう思おうが、その草花は、常に日光と天の方向を向いているがな。
次は、お前たちだ!土壌はどうだ?肥料はどうだ?水はどうだ?全部用意ができたら、種をまいてみろ。途端に砂漠になるかもしれない。それでもいいから種をまいてみろ。その砂漠も、美しい真理なんだ。成長がもたらす奇跡は、常に自分に美しさを魅せてくれる。
美を肥やせ。美を見に行け。美を探究しろ。
弱者というのは、それでもそこで突っ立っている人間のことだ。そこでケツを上げている人間のことだ。種に水をやらない大馬鹿者のことだ。
確かに、お前達の「活動の種」は、とっくのとうに芽を出さなくなってしまっているのかもしれない。
だからなんだ?お前は、芽吹かないのか?芽吹けないのか?もし芽吹けないのであれば、お前の血肉を代償にしろ。お前の血肉を糧としろ。はは、これからわかるさ。お前のからだは、お前が思っているよりずっと清いんだ。
ツタを伸ばそう。天国へ。神の理想郷ではない。だが、お前の理想郷ではある。
そして、天国というのは鏡移しだ。自分に対する鏡移しだ。
本当の自己。そうなるはずであった者。それは、紛れもなくお前だろう。
完全の話をしよう。
完全とは、お前の理想郷だ。本来のお前だ。
ツタを登れ!決して話すなよ!お前は、お前が作った粘土人形に近似できる!空へ迎え!天へと迎え!!
さあ、完全の話をしよう。
完全とは、お前だけの完全なんだ。他の者には想像さえもできない、いっぺんの欠けもない美しい真理の彫刻なんだ。確かに、他の者からみればその彫刻は拙く、馬鹿らしいものかもしれない。だが、お前からはどうだ?海にプカプカと浮かぶビン詰めだろう?発掘されたヴィーナスだろう?
自分の話をしよう。
彫刻は言った。「君と私はつながっている。縄でつながっている」
お前が憧れている者は、お前だったんだよ。同胞たちよ。これから興る因果の橋を渡って掴め。俺は、お前を愛している。お前は、お前を愛している。
同胞たちよ、お前に続け。もう、俺を探す必要もない。
いいか、これは試練だ。踏破すべきものだ。すべては繋がっている。橋を介してつながっている。だから、お前とお前もつながっている。
最後に、お前の話を聞かせてくれ。
ボンドリアンは、そういいながら住処の山へ帰っていった。
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