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どん底からの脱出劇

 さて前回から私のブログ内容が日本からフィリピンへと舞台変更した。だからだろうか、前回のブログに対する反響が大きかった。わざわざ電話でブログについて1時間程話した人もいた。(おそらくその人はこれを読んで自分のことだと気づいているだろう笑)
 今回一枚目に載せている写真はフィリピンの代表的な肉料理「アドボ(Adobo)」である。鶏肉や豚肉をじっくり煮込んだもので、酢と醤油をベースに味付けされており、ニンニクが効いて食欲をそそられる。よく海外の料理は口に合わないという人がいるが、私は海外の料理が大好きだ。特に変なものを見ると「経験だ!」と思い手に取ってしまう(笑)カナダではカピカピのコウロギを食べたし、中国ではカエルを食べた。(中国で食べたカエルは気づかないうちに料理に紛れていた。まさか気づかないうちに、この世で1番恐れている生き物を、触るよりも先に食べるとは思ってもいなかった。)


 前回のブログではフィリピンでの大まかな平和活動の内容を紹介した。1つ目は広島・長崎の原爆についてのスピーチをし、核兵器廃絶の署名活動を行うこと、2つ目は「ミサイルよりも鉛筆を!武力よりも教育を!」というスローガンのもと貧しい子供たちに鉛筆1万本と文房具を届け、複数のスラム街を訪問し貧困の現状を知ることだ。(前回のブログ内容→https://note.com/sakisaki729/n/n18239db6d008)そして今回のブログでは1つ目の活動に焦点を当て、私がどのようにどん底から立ち直ったのか、私たちの活動によって現地にどのような変化をもたらしたのかについて書いていく。

 まず私がどん底からどのように脱出したのかについてだ。フィリピンに行く前は活動が上手くいかず、精神的にも辛い時期だった。そんな私を救ってくれたのは、現地で一緒に活動を手伝ってくれた学生達だった。約1週間の活動のうち、学校や仕事の合間を縫ってほとんどの日程に参加してくれた。しかし私は彼らがここまで協力してくれることが不思議だった。原爆なんて、言ったらフィリピンとは無関係なことであり、なぜわざわざ忙しくてこんなにも暑い中一緒に活動に参加してくれるのか。

 ある日の活動の休憩中、私は学生達になぜ活動に協力してくれるのかを聞いた。すると1人の女の子が「原爆はフィリピンとは関係ない。だけど直接原爆に関係のないあなた達がこんなに一生懸命に活動しているのに放っておくことなんかできない。私達にできることがあればなんでもさせてほしい。この活動を通して私たちも多くのことを学ばせてもらっている。フィリピンも植民地だった経験もあるし、戦争の恐ろしさは知っている。一緒に核兵器のない平和な世界の実現を目指そう。」と話してくれた。彼女を筆頭に、ほかの学生もこの活動にかける思いや考えを話してくれた。その言葉を聞き、気づけば泣いていた。彼らは、私たち日本の痛みを自分ごとのように考えてくれている。日本は過去にフィリピンに対して許されない過ちを犯した国だ。それなのに日本のことについてこんなにも真剣に向き合ってくれている、、、。
(活動を共にした仲間達)


 彼らの言葉を聞き、「日本人の私がこんなことで落ち込んでいたらいけない。一生懸命頑張ってくれている彼らに申し訳ない。日本から遠く離れたフィリピンでも同じ思いで活動している仲間がいる。」と思った。そして核兵器のない平和な世界を実現させたいと同じ志を持っている仲間は世界中にいる、そして決して1人ではないことに気がつき以前の私より強くなれた。考え方や気持ちも変化した。この出会いがなかったら、今の私はいない。活動をやめるか、目的もなく適当に続けていただろう。

 私達の活動で、初めて原爆について知ったという人が多かった。そしてスピーチを聞いて、平和への考え方を改めて考え直したという声やこの事実を知る事ができてよかったという人も沢山いた。個人的に質問してくれた人もいたし、今後も色々知りたいから連絡先を知りたいという熱心な学生までいた。日本で「高校生のお前に何ができる。」と言われた私が、フィリピンでこんなにも多くの人々に平和について知り、考えるきっかけを作ることができた。そして一生分と言えるほどの「ありがとう」の言葉をもらった。私ができたことは本当に小さなことだ。しかしフィリピンでその小さな活動が大きな力となり、多くの人を巻き込むことができた。心ない言葉を私にかけたあなた、このブログ読んでないかな…(笑)

 さて、次回も引き続きフィリピンでの話をする。内容は平和活動と少し離れ、「貧困と教育」について書いていく。日本では1度も「貧困」について考えることのなかった私は、フィリピンへ行き衝撃とショックを受ける。家がなく道端で寝ている人、物乞いをする人、靴を履かずに走り回る子供達、学校にいけない子供達、ポスターを貼り合わせてできた家、、、
 それではまた次回のブログでお会いしましょう。今回も長い間お付き合いいただきありがとうございました。(2020/10/18)


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