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卒業不可だった話

2023年3月6日午前9時7分、私は絶望していた。
卒業者一覧に私の学籍番号がなかったのだ。

私は現在大学生、今年の3月で卒業する段取りで諸々を進めてきた。
希望する職種で内定を貰い、引っ越しの日取りも決まって業者も手配済み、もちろん新居も決まっている。

なのに、卒業者一覧には、私の学籍番号が、ない。

これはすなわち、私は2023年3月に大学を卒業できないということ。
これからも大学に通い続け、あるいは大学を辞め、2023年4月に新卒で入るはずだった会社の内定は取り消しになり、就活をやり直さなければならないということ。
これは卒業不可を食らった私の、それからとこれからの話。



卒業不可がわかったその瞬間、私はバイト中だった。
ラストバイト5連勤の1日目。
さきがいなくなると寂しいね〜!東京暮らし頑張るんだよ〜!とか言われて、心はとうに東京だった。
どう間違っても卒業できてんだろ!一応記念にスクショ撮っとこ!とか思って、休憩時間でもないのに大学のサイトを開いた。
ら、目に飛び込んできたのは卒業不可の文字。

心臓が跳ねた。
いや止まった。

飛んだ脈を取り戻すように、上がっていく心拍数。
全身の毛穴が不快に開く。
滴り落ちる冷や汗。

どうしよう。なんだこれは。見間違いか?そんなことってある?わたし卒業できてないの???どういうこと???????


自慢じゃないが私は緊急事態に強い。スピーチ吹奏楽オーケストラ演劇、色んな本番とそれに伴う緊急事態に鍛えられてきた。
ロンドンで宿なしになりかけても楽しんじゃうし、覆面パトカーに捕まっても興味津々だし、近くの人が倒れたら冷静に救急車を呼んできた。


そんな私が顔面蒼白である。なす術がない。卒業不可と言われたからには卒業不可なのだ。明日からどうやって暮らしていこう。
いや、なんとかなる。絶対になんとかなる。わたしのことだから、どうせなんだかんだ楽しく過ごすのだろう。
それはわかっている。わかっているのだが、ずっと母の脛を齧り続けている手前、母にだけは申し訳が立たない。どうしよう。どうしよう。ごめんよこんな娘で。

どうすればいいかわからないので、いっぱいいっぱいになりながら、その日出勤だった同僚に相談してみた。
その子は大卒で私のバイト先に就職し、そろそろ1年目を迎える。大学卒業については大先輩である。

「教務課に電話して聞いた方がいいよ?」
というのが彼の見解だった。

電話するの?なんて言えば良いのよ、卒業不可って言われてんのに。
「だって卒業不可になるようなことした?」
してない。たぶん。超真面目に受けたもん今期。
「じゃあ聞いてみな。意外と間違ってたりするから」
間違えるかなあこんな大事なこと。泣きそう。
「はいはい泣いてる場合じゃない。電話してきな」
はあい

勤務時間中ではあるが失礼して、教務課に電話をかけた。混み合っているかと思ったが、案外すぐに繋がった。ほらみろ、卒業発表直後に電話をかける人間なんていないのだ。なぜなら卒業発表が正しいから。そうに違いない。あー泣きそう。

「はい、法学部担当です」
あの、グスッ……卒業発表に私の学籍番号がなくって
「はい」
なんでなんだろうって、あの、グス……教えていただけませんか?
「少々お待ちくださいね」

〜保留音で謎の讃美歌が流れる。若干の精神安定〜

「お待たせしました。卒業不可の理由は、学科2類が2単位足りていないからです。今学期履修した租税法がN評価になってますね」
ああ……ちょっと確認しますね……
「はい」
……
「……」
あの
「はい」
お待たせしました。いま租税法の授業の学期総括を見てるんですが、ここには5回以上欠席でN評価と書いてあるんです。でも、私そんなに休んでないんですよ……
「なるほど」
わたし絶対に今学期で卒業したいんです。どうしたらいいですか?
「正当な理由がありそうですね。成績不服申し立てのフォームが今日の16時まで記入できるので、そこにN評価がおかしいと思う理由を客観的に書いてください。その内容を教務課から教授に伝えますので」
そのあとどうなりますか?
「3月14日の13時までに回答します。N評価からC,B,A,S評価に覆ると卒業できることになりますね」
来週の火曜日ですか?先ですね……
「教授に成績を再考していただいて、教授会の判子を貰うと来週になってしまうんです。成績評価に関わるので手続きが厳重なんです」
そうなんですね。お手数お掛けして申し訳ありません。……あっ、でもあの
「はい」
いま学期総括を見て点数を数えたんですけど、わたし多分N評価から覆ってもD評価で、D評価だとやっぱり卒業できないですよね……
「あー」
あのすみません、ありがとうございました
「あ待って」
はい?
「卒業できる可能性はあります」
え?
「ひと科目だけD評価の場合にのみ、再試験が受けられる制度があります。それに合格すれば卒業できる可能性があります。中西さんは租税法ひと科目のみで卒業不可になっているので」
えーと?
「成績不服申し立てが通って、N評価がD評価に覆って、再試験の対象になって、再試験に合格すれば卒業できる可能性があるということです」
えっえっ卒業不可なのに
「はい。なのでひとまずは、今日の16時までに必ずフォームに記入してください」
えっはい、えっとあの、教授に直接メールするのはだめですか?
「手続き上複雑になってしまうので、ご遠慮いただいています」
わかりました
「ほかに何か不明点はありますか?」
あの、学期総括に書いてある意外の理由でN評価になることってありますか?
「たぶんないと思うんですが、教授次第なので正直わかりません」
そうですか

………………………そうらしい。

そうなのか。
なんだか全体的に、狐につままれているようだ。卒業不可なのか?卒業不可じゃないのか?卒業不可なのに卒業は不可ではないのか?なんだ?私は小林賢太郎と喋っているのか?

なんだかよくわからないが、要するに、卒業不可なのに卒業は不可でない可能性があるよ、でも現時点では100%卒業できないよ、ということはわかった。わかんないけどわかった。

心がざわざわして仕方ないので、一旦成績不服申し立てのフォームに記入した。
よくわからないけど、今できることはこれ以上ないみたい。
バイトに戻ることにした。

そろそろ長いな。
ここまで読むのも疲れたでしょう。

続く。

(photo by tsuchiya mugiho)

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