女として生きることから逃げていた
『色気を隠してるよね』と、とある女性に言われたことがある。
そのときはよくわからなかった。
でも今やっと、自分の中で絡まっていた糸が解けて、この言葉がスッと腑に落ちた。
「ぶりっこ」への反発
「ぶりっこ」と呼ばれる人が苦手だった。
男性にわかりやすく媚びている女性が苦手だった。
でも多分、羨ましかったんだなぁと気づいた。
「女」を全面に出せる人が。
私は「女」を表現すること(=男性を求める気持ちを表現すること)から逃げてきたから。
恋心をひた隠した子ども時代
理由は、4歳まで遡る。
私は4歳で初恋を経験してから、大学生になるまで、一度も恋愛が成就したことがなかった。
好きな男の子はたくさんできた。
でも、彼らはいつも、可愛い女の子とくっついた。
私はその度に傷ついたり嫉妬したりしていたんだけど、学校の友達には、そういうネガティブな感情を伝えたことはなかったと思う。
好きな男の子の名前すら、友達には隠していた。
特に、他の友達と好きな男の子が被っていたりしたら、尚更。
自分の恋心は隠して、集団の調和を重んじるタイプ。
集団の中では、いわゆる ”いい子” だよね。
私の中の恋心ちゃんは息苦しかっただろうけどね。
だから、好きな人に対して恋心を露骨に表現したことって、付き合ってから以外記憶にない。
そうやって、恋心をずっと隠して生きてきたのだ。
だからこそ、恋心や好意をわかりやすく表現できる女の子には内心反発していた。
嫌悪感とかも持っていたと思う。
でも、それは羨ましさや憧れの裏返しだったのだと今はわかる。
女性としての自信がなかった
まぁそんなこんなでモテない訳だから、「女性としての私」の自己肯定感の器は一向に満たされない訳ですよね。
逆に、勉強できたり音楽できたりしたので、そういう部分の承認欲求は満たされて、人としての自己肯定感は割と高かったですが。
「人としては自信あるけど女としては自信ない」ってよく言ってたことを覚えてます。
女としての自己肯定感が低いまま育った結果どうなったかというと、私を女として良いと言ってくれる人がいる場合、依存してしまう傾向が強くなりました。
「この人しか私を女として見てくれないんじゃないだろうか」と思ってしまうんでしょうね。
だから私は依存するし、超メンヘラになります。それは今もです。
自立と依存
「自立」って、依存先がたくさんある状態のことを言うらしいです。
だから、「この人が離れても、私のことを良いと言ってくれる人は20人いる」という状態であれば、依存先が20個あるので、結果的に一人に強く依存することは少なくなって、それが逆説的に「自立」になるんですね。
ただ、「この人しかいないんじゃないか」と思ってしまうと一人の人に強くもたれかかることになります。
私はまだここです。
今はあえて、依存する自分を否定するつもりはないです。
一度、依存もじっくり味わっとこ。みたいな感じです。
女としての弱さを見せられない私
そんな背景があり、私は女を全面に出すことへの抵抗が強くあります。
私は好きな人の前で好意を露骨に出す態度をとることも苦手だし、女性らしく振舞うことも苦手です。
あえて女性らしく振る舞う必要はないと思うのですが、私の場合反発する力が働いて、好きな人に対して程、男っぽくなる傾向があるんですよね。
なんか、それはもう流石に卒業したいなって感じです。
好きな人の前だと多分、女の部分が出たがるんだけど、それを抑えようと反発して、男っぽくなるっていう感じかなぁ。
口調とか、当たりが強くなるんですよね。
「好きな子ほど意地悪したくなる小学生男子」みたいですね。(苦笑)
でももう強がるのはやめたいんですよね〜。
何てったって、私ほんとは弱いので。
弱くてもいい。
女が出ちゃってもいい。
そういう自分を許していきたい。
ありのままでいる
人として、”ありのままでいる” ことは少しずつできるようになってきました。
こんな赤裸々な文章、昔は人目を気にして書けなかったのですが、段々慣れて来ました。
次は、女性としての自分にも、ありのままでいることを許していきたいと思っています。
「人として」と「女性として」って、分ける必要あるの?
という方もいるのかもしれないのですが、自分の中ではなんかすごい分かれてる感じなんですよね〜。何なんだろう。
私の女性性とか弱さとか、恋愛モードの自分とかをありのまま放出したら、すごい重くて面倒くさいメンヘラモンスターが爆誕する可能性はあります。
そしたら、好きな人含め、周りの人たちは離れるかもしれません。
でも、それでもいいかなぁと。
誰かを失うとしても、まずはありのままの自分でいることを最優先にしてあげたいなという感じです。
あと、メンヘラモンスターになったらとりあえずいい曲できそう。
はぁ。人の弱さはめっちゃ愛しいのに、自分の弱さは隠そうとしていただなんて。
そして、この気づきも、とても大事な出会いのおかげです。
人はみんな鏡とはよく言ったもので、目の前の人に対する引っ掛かりを自分の中に探していくと、気づけていなかった自分のブロックに出会えるものですね。
はぁ。ありがたや。
全ての出会い、全ての感じるものに感謝を。
Ammay.(※ I Love You の咲希語)
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