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芸術家のような杜氏であり画商のような蔵元

私は日本酒を製造する酒蔵でイノヴェーションを起こすのは非常に難しいと考えている。なぜなら、日本酒は伝統産業という側面を持っており、先祖代々と続く家業であるからだ。それゆえに脈々と受け継がれてきた銘柄や形式を自らの世代で変えてしまうことは一歩間違えれば今までの歴史を否定することにも繋がりかねない。また、その決断を行ったことで商品の売れ行きが不調に陥ったりするリスクなどを考えると変えないことが無難であると考えるのは当然のことだろう。もし、新銘柄を打ち出すのならば、着実なコンセプトを構想する必要がある。ただでさえ、地方は保守的な人が多い傾向にあり、新しいものを否定するような空気感が存在している。いわゆる、「いつものやつがいい」「昔のほうが良かった」という常套句である。そのような現状だからこそ、酒蔵がイノヴェーションを起こすには歴史や過去を否定せずに新しい風を吹かせるような、バランス感覚やセンスが非常に重要になってくる。一風変わったことを自然とやり遂げてしまうような不思議な雰囲気やミステリアスな個性を兼ね備えた人物であることも望ましい。その理由は反感を買いにくいからだ。そして、そのような不安材料を見事に吹き飛ばしながら、イノヴェーションを起こす酒蔵が福島県西白河郡矢吹町には存在する。大木代吉本店の5代目蔵元・大木雄太社長の功績を振り返ると、昔から存在した銘柄を復活させた点が大きい。「楽器正宗」の銘柄は日本の国歌である「君が代」の作曲者・奥好義が「酒造りも楽器を奏でることも、元は同じく神様への捧げもの」と言われたことに由来する。大木雄太社長は創業から間もなく商品化された後に廃版となっていた「楽器正宗」に目を付けて2016年に復活させた。その際に昔から蔵で保管されていた和装を身に纏った女性の絵を現代風にアレンジさせたことで、「楽器正宗」は軽快でお洒落な雰囲気の銘柄へと生まれ変わった。女性の顔はマスカラとリップの化粧が施され、強面だった顔から優しい雰囲気の美人顔にアップデート。大木代吉本店の歴史を繋いでいくことを重視しながらも、現代アートのような感覚でジャケットも制作。あらためて、過去と未来を上手に融合させることのできる「醸造家&プロデューサー」表現者として日本酒を醸し、消費者の気持ちとなって銘柄の構想を練る。このバランス感覚こそが、大木代吉本店の魅力であり、強みなのだ。もともと、大木雄太社長は現代美術にも関心があった。基本理念に「里の自然にやさしい酒造り」を掲げる新蔵には芸術に関連した画集が並べられていたりもする。自慢のレスポールが飾られる風通しの良い酒蔵は美術館に足を踏み入れた感覚にさせてくれる。整理整頓の行き届いた酒蔵のなかでは、まるで発酵中の微生物たちが合奏を行うように「ぴちぴち」という音を奏でる。健全発酵を合言葉に微生物にストレスを与えないようにコントロールすることを心掛けているそうだ。大木雄太社長は杜氏としても優れた技術を持ち合わせており、固定概念に囚われない酒造りを追求する。低アルコールや原酒、アルコール添加のスタイルは試行錯誤するなかで生まれた技術の賜物だ。また、自社田で有機栽培での酒米を栽培していたりもする。大木代吉本店の大木雄太社長は自らで何かを生み出せるクリエイティブな側面と価値を伝えられる発信能力に優れており、閉鎖的といわれる日本酒業界で誰しもを納得させる商品を創り出せる稀有な存在である。イノヴェーションを起こす酒蔵にはバランス感覚に優れた人物が必要なのだ。


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