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「飛鸞」

2023.6.22

長崎県平戸市に所在する森酒造場。 私は素敵な杜氏と出会った。 全国の酒蔵を巡るなかで、これほどまでに奮い立つ感覚を覚えた人はいなかった。 また、根拠のある自信が未来への成功を約束されているような雰囲気を感じた。 その魅力のひとつに冷静さと情熱、知性と感性の均衡が保たれていることが挙げられる。 応援したくなるような人というのは、この杜氏のことを指す。 5年後は白紙のキャンパスにどのような未来を描いているのだろうか。 酒蔵で4時間くらい話をしたが、千葉に戻っても興奮が冷めやらない。 やはり、これだから人に会う旅は辞められない。 情報を得るために旅をしているのではなく、精神性を探求するために旅をしていたのだと気付かされた。 「自分たちが表現したいのは風土と造り手の感性」という杜氏の言葉を忘れられない。 日本の最西端で確実にノベーションが起こり始めている。 まるで嵐の前の静けさのように、誰かは気付いていて、誰かは気付いていない感覚。 そして、日本酒の世界では誰かの真似をすることで、自分を保っている蔵人も少なくない。 個性や独自性は二の次で市場のトレンドに乗っかるだけという意味だ。 私はその状況に失望感を抱いていたのだが、1990年生まれの杜氏が「120%を目指すが、80点でも構わない」という潔い言葉を耳にして心が晴れたような気がする。 平戸の青空よりも透き通った心と水平線よりも真っ直ぐな精神で日本酒と向き合う姿勢。 誰かの真似はしたくない。 真似をしたら越えられない。 森酒造場では「飛鸞」というジャンルを創りたい。 常に「飛鸞」らしさを意識し、自分と対話しているのだろう。 私も会社を運営する立場なので共感することもある。 それは、杜氏が急逝してから杜氏不在の状況が数十年も続いていた蔵を継承する苦労だ。 蔵を継ぐことを決意し、高校卒業後は広島大学工学部発酵工学と酒類総合研究所に在籍し、醸造の基礎を習得。 大学卒業後は宮城県塩竈市で「浦霞」を醸す、株式会社佐浦に入社。最新の醸造設備が整う12号酵母発祥の蔵で3年の修行期間を経て、2017年に蔵を継いだ。 ほとんど酒造りを行っていない廃業寸前の酒蔵に戻ると、米を蒸す甑以外は使いものにならない状況だった。 22歳の頃、私は起業資金として200万円の借金をしたことを思い出した。 銀行で判子を押すときは返済できるのかと不安になり、流石に震えた。 森酒造場も醸造設備を揃えるだけで多額の借金をしたことは想像に難くない。 それなのにも関わらず、未来だけを見据える表情に圧倒された。 また、蔵を継いだ時に父親から「あとは任せた」と言われたことを「変なしがらみもなく幸運だった」と振り返れる精神性を見習いたい。 普通であれば不満のひとつくらいは言いたくなるだろう。 しかし、日本を代表する酒、世界基準の日本酒を目指しているからこそ、不満を言う時間ですら惜しい。 また、銘柄「飛鸞」は平戸島が飛鸞島と呼ばれていたことに由来する。 地元の人々が誇りに想う酒。 地元を物語る酒。 きっと近い将来、「飛鸞」は平戸市民の希望になるだろう。 私も日本の最東端から最西端へとエールを送り続けたい。 自分も同じ景色を眺められるように精進していくつもりだ。

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