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天之瓊矛/鬼媛烈風伝

 少女の矛《ほこ》の切っ先が頬をかすめる。
 翡翠《ヒスイ》の飾り玉が髪に触れる。
 天之瓊矛《あめのぬぼこ》と言うらしいが、矛はここからの変化技が怖い。
 
 槍のような刺殺武器であるばかりなく、先端が両刃の剣にようになっているので切ることもできる。そう考えておかなければ、攻撃をかわし切れない。
 すでに数十人の若い男たちの使い手が切られて大地に伏している。
 しかも、致命傷にならない程度に手加減されてる。

 稚猿彦《ワカサルヒコ》は空中で、天之瓊矛の斬撃をあり得ない動きで紙一重で避けた。

(空紐術《くうちゅうじゅつ》か?)

 百瀬媛《モモセヒメ》、通称、鬼媛《オニヒメ》は見えないはずの紐を青い左目で捉えていた。
 白い巫女服、真紅の袴、鮮やかな碧色の右目と青い左目が印象的だが、肌も透き通るように白く儚げに見える。
 黄金色の髪が風になびく。
 綺麗だな。

(猿飛爺さんに感謝しないとな)

 稚猿彦はまさか、これほどの矛の使い手がいるとは思わなかったし、<空紐術>を使わされる羽目になるとも思っていなかった。

(しかも、この娘、齢《よわい》は十三ぐらいか。少なくとも俺より年下だろう。大したものだ)

 稚猿彦は今年、十五になったばかりである。
 感心してる場合ではないが少し楽しい。
 着地と同時に、漆黒の隕鉄で打った天羽々斬剣《あまのはばきりのつるぎ》を静かに背中から引き抜く。

 稚猿彦は青い麻布で出来た衣をまとい、頭には白い布を巻いていた。
 短い腰布、脚には革の脛当《すねあ》てと沓《くつ》を履《は》いている。
 機動力重視であまり過剰な防具はつけない主義だ。
 
 鬼媛は天之瓊矛で稚猿彦の足を払おうとする。
 何度かかわしたが、左足を捉えられた。
 鬼媛の口元が思わずほころぶ。
 なかなか可愛いな。

 が、それは稚猿彦の罠であった。
 そのまま前のめりに倒れると見せかけて、前方回転しながら一気に跳躍する。
 鬼媛の視線の死角に入り込む。
 頭上から必殺の蹴りが鬼媛の頭に振り下ろされる。
 だが、鬼媛も見えないはずの蹴りを青い神秘的な左目で見抜いて、こともなげにかわす。

(邪眼か? 厄介だな)

 邪眼《イーヴィルアイ》使い。
 邪視の力で見た物に呪いかけるとともに、術者にすべてのものを見抜く全方位の視野をもたらす。
 むろん、死角などない。

(確か、この娘《こ》の母親は、第七代孝霊天皇の皇女、大和朝廷最強の巫女と呼ばれている<倭迹迹日百襲媛命《やまとととひももそひめのみこと》>だったな。でも、この力は……)
 
「―――鬼神<温羅《ウラ》>か!」

 稚猿彦は思わず口を突いた言葉に自分でも驚いていた。

 鬼ノ城に立て篭もる鬼神<温羅《ウラ》>と大和朝廷の大軍が激突した「鬼ノ城の戦い」の際、稚猿彦は十三歳ほどだったが、百襲媛の異母弟にあたる父である稚武彦命《わかたけひこのみこと》と供に従軍していた。

 稚武彦は大和朝廷の讃岐方面軍として、温羅の弟で海賊大将の<温流《ウル》>が支配する「鬼ヶ島の戦い」(現在の香川県の女木島、男木島)に勝利を収めて、吉備の「鬼ノ城の戦い」に合流した。

 その時、目にした温羅の古代道術の恐ろしさは、まさに鬼神の術としか言いようがなく、稚猿彦の心に深く刻み込まれていた。

(大和最強の巫女<百襲媛>の呪力と、鬼神<温羅>のハイブリットか! ちょっと勝ち目がなさそうだな)

 稚猿彦の弱気な思考を感じ取ったのか、鬼媛は天之瓊矛の連撃でたたみかけてきた。
 さずがに全部はかわしきれずに、手足に傷が増えてくる。
 天之瓊矛が再び稚猿彦の左足を捉えたかに見えた。
 その瞬間、鬼媛は天之瓊矛の先端に妙な違和感を感じる。
 天之瓊矛が跳ね返されてしまう。

 稚猿彦は左右の革の脛当てと手甲の下に薄い合金の板を仕込んでいた。
 いざという時の防御用だが、左の手甲で天之瓊矛の切っ先を受け流しつつ、そのまま踏み込んで鬼媛の懐に入る。
 とっさに後ろに跳んだ鬼媛だったが、稚猿彦の瞬神の踏み込みに距離を詰められてしまう。 

 <虎神波動拳>

 虎の前足の一撃にも似た重い右の拳撃が鬼媛の鳩尾《みぞおち》に入り呼気が止まる。
 さらに顎をかすめた左拳が脳を揺らして鬼媛の意識を断ち切った。




(あとがき)

 令和の一発目の小説の更新はこの作品で、一応、歴史小説なのだが、道術もでてくるし、ちょっとNARUTO疾風伝みたいな作品になってます。

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