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2024/4/9 夢の記録

(ここでは友人の名前を仮にAとします)

野暮用があり、Aと会った。

野暮用と言っても大したものではなく、実際のところは単にお茶でも、といった感覚に近かった。待ち合わせたのはこれまでに足を運んだことのない町で、商業施設の立ち並ぶ栄えた場所というよりは寧ろ真逆の、閑静な住宅街だった。名前しか知らない町だったが、静かで良いところだと思った。春らしい陽気の昼下がりだった。
程なくしてAと合流し、駅から少し歩いたところの喫茶店に入ることになった。何でも、Aが以前から気になっていた場所らしい。店内はどことなくアンティーク調で、開放的なデザインの窓から差し込む光が心地よい。

Aは私にとって大切な友人のひとりだった。たわいもないことを気軽に話せる間柄であり、私が弱気になってしまったときに素直に頼れる数少ない人物でもあった。依存、という言葉が相応しいのかもしれない。

小一時間ほど話しただろうか。とくに異常も異変もなく、そこにはこれまで私とAの間にあったものと同じ温度感が流れていた。そろそろお開きにしようか、ということになり2人で店を後にした。
最寄駅へと向かう道中、一軒の雑貨屋が目に留まった。個人経営だろうか。程よく小さな店舗には和柄の雑貨が並んでいた。Aと2人で入ってみることにする。
5分ほど店内を回っただろうか。その間二人の間に特に会話はなく、お互いが各自自由に店内を物色していた。ふと私が目線を上げるとAはキーホルダーを手に取っていた。私はその姿を眺めていた。不意にAも目線をこちらに向けた。
Aは悲しげな顔をしていた。あるいはそれは、すべてを諦めたような表情だったかもしれない。私たちが目線を合わせていた時間はおそらく数秒だったが、私にはその時間が永遠にも感じた。

Aが跡形もなく消えた。

一瞬の出来事だった。Aが手に取っていた和柄のキーホルダーが、カシャンという小さな音を立てて力なく落ちる。私はひどく動揺した。嫌な汗が全身から滲み、指先が震えた。私はあたりを見まわした。しかしいくら見回せどAの姿はどこにもなかった。本当にどこにもいなかったのだ。
Aが最期に手に取っていたキーホルダーから、微かにその人の気配がした。

私はすぐさまAの恋人に連絡を取った。Aの恋人ともかねてからの知人だった。電話口で私はありのままを話した。あまりにも滑稽な話だ。果たしてこの事態を信じてもらえるか、私にはそのことが不安だった。しかしAの恋人の反応は私にとってあまりにも予想外のものだった。

「ーーーすみません、どちら様ですか?」

「あ、あの私は」

「ああ、あなたのことは知っています。その…、あなたが先ほどからおっしゃっているAさんという方のことです」

私はひどく絶望した。この人は何を言っているのか。あんまりだと思った。私はAからよく恋人の話を聞いていた。Aが恋人をどれほど慕い、好意を寄せていたかも私は知っていた。あまりにも薄情じゃないか…。
しかし、Aの恋人がこの局面で嘘をついたり下らない芝居をするような人物に思えないことも確かだった。私は電話を切り、AのSNSを探した。しかし存在したはずのアカウントはどこにもなかった。藁にもすがる思いで共通の知人を何人か当たった。しかしAのことを覚えている人物はどこにもいなかった。

Aの存在した痕跡の一切が、この世から消えてしまっていた。

Aが最期に手に取っていたキーホルダーは私の手許にあった。これだけがAの存在した唯一の痕跡だ。キーホルダーから微かに感じるAの気配を、気のせいだと片付けたくなかった。
Aはこの中にいる、と思った。冷静に考えればそんなはずないとわかるのだが、しかしそこに確かな質感があったことも間違いには思えなかった。
Aがまた何事もなかったかのように世界に戻ってくることがあるなら、その日までこのキーホルダーは自分が持っておくべきなのだろう。

しかし、
Aの最期、あれは自らの消滅を願う眼だった。

私はどうしたらいいのだろう。
こんな気持ちの時、いつも真っ先に相談するのはAだった。


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