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菩薩掌

 十よりうちの幼子が
 賽の河原に集まりて
 一つ積んでは父の為
 二つ積んでは母の為
 積みし石塔、獄卒が
 打ち崩すが常なりて

 ある時に、賽の河原に流れ着く
 葦の船に乗りたるは
 母の胎にて亡くなりし
 産声あげぬ赤子なり
 一人の鬼が拾い上げ
 腕に抱いて涙する

 子を想う、父母の涙は炎氷の
 雨となりて子を苛む
 なのにこの子の上からは
 雨の一滴降りはしない
 なんと不憫な子であるか

 河原の鬼はその足で
 鬼子母神の元へ行き
 乳と子育ての指南を授かった
 鬼は赤子に塔子と名付け
 そして十の年が経った

 《オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ》

 そろりそろりと塔子は石を運ぶ。
 石を積んでできた塔にその石を乗せると間もなく鬼がやって来た。
 塔子を拾った鬼だった。塔子はこの鬼を『おとう』と呼んでいた。
 いや、呼んでいたと言うのは誤りである。
 塔子は一度も声を発したことはなかった。
「綺麗に積んだのお」
 石塔を崩した後、必ずおとうは塔子を褒めると頭をゴツゴツとした両掌で包んで、ワシャワシャと撫でくりまわした。
 塔子はそれが何より嬉しかった。

 ある時、河の向こうから男が歩いてきた。
 鬼子母神のようにフカフカではなく、おとうのようにガチガチともしていない。
 顔立ちも雰囲気もツルリとしている男だった。
 男は塔子をスルリと抱き上げると、来た時のように水面を、滑るように歩き出した。

「待っとくれ菩薩様、塔子をどこに連れて行く!」
 おとうの野太い声が響いた。
「転生の時が来たのだ」
 地蔵菩薩は微笑みの表情を崩すことなく、落ち着いた声音で答えた。
 それはいつものように、他の賽の河原の子供を救い上げるのと何ら変わりない声音であった。
「菩薩様待ってくれ、菩薩様!おい!地蔵まて!」
 おとうが三途の河にザブリと入ると誰かがその背を踏みつけた。
 巨体のおとうよりも更にでかい不動明王がいつの間にやらそこに居る。


「おとう」
 塔子が産声を上げた。

【続く】

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