往々にして高いものがおいしいとは限らない…。
淡路町と神田の駅の中間くらいに「八ツ手屋」って言う天ぷら屋がある。
タナカくんと一度偶然きたことがある。
その日は淡路町の神田まつやで天南蛮そばを食べ、腹ごなしにと神田に向かってぶらりぶらりと歩いてた。
そしたらおいしいごま油のにおいがしふわりと漂ってきた。
近所に天ぷらの店があるに違いないと思ってズンズン歩いて行った先にあったのがこのお店。
歴史を感じる佇まい。たしかそのときは天丼が650円くらいだったと記憶する。食べてみようかってお店の前でちょっと悩んだ。そばを食べたばかりだったから。
それでもやっぱり食べたくて「蕎麦は前菜だからいいよね」ってボクが言ったら、「天丼はデザート」ってタナカくんが切り返す。天丼がデザートという言葉の破邪威力にすっかりまいって「おそれいりました」って頭を下げて、ふたり笑ってお店に入った。
入り口でお金を払うようになってて、せっかくだから上天丼にしようよと言うボクに「安い方でボクはいい」と天丼中を彼はたのんだ。ボクは上天丼をたのんでふたりで食べ比べ。
それにしても不思議な店名と調べてみたら創業当時に親子2代で働いていて夫婦2組で手は8つ。それで八ツ手屋となったんだそう。大正3年の粋な逸話にホーッと思った。
テーブルにつくとお茶に漬物。上天丼には刻んだキャベツの漬物、天丼中にはタクワンで漬物からして違うんだね…、って言うボクに「往々にして高いものがうまいとは限らないんだ」と名言を吐き悠然と料理がくるのを待っていた。
そんなタナカくんを偲んで安い天丼、「天丼中」を選んでたのむ。ちょっと値段があがって900円。
そうめんと三つ葉の入った汁が来て、ちょっと遅れて天丼の「中」。
エビが2本と大きなかき揚げと極めてシンプル。
上天丼にはインゲンの天ぷらがつく。エビも大きくかき揚げは角切りにしたイカがゴロゴロ入ってる。
一方、「中」のエビは小さめ。
かき揚げもイカのゲソや耳に玉ねぎ。細かく刻んで、衣が主役な感じの仕上がり。
そしてこれがおいしいのです。
タレをたっぷり吸い込んだ衣がハラっと壊れてジュワーッと油が広がる。甘めだけれど出汁のうま味やかえしの風味、油のコクのバランスがよい。
一緒に具材が散らかります。ゲソはコリコリ、耳はパリパリ、歯ごたえがよくて噛めば噛むほど味がでてくる。
クタッとなったタマネギは甘くてトロンとなめらか。
上天丼につくイカのかき揚げのイカは分厚く弾力があっておいしいのだけど、衣と一緒に食べたときのゲソの存在感に比べると物足りなくすら感じてしまう。
往々にして高いものがうまいとは限らぬ現実。今日もしみじみ思い知る。
出汁がしっかりきいた汁をゴクリと飲んで、たくわんで空の丼をきれいにぬぐう。甘辛のツユがたっぷり付いてたくわんまでもがゴチソウになる。お腹も心も満ちました。
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