和製スペース・オペラ〈銀河乞食軍団〉の魅力

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 2009年、〈銀河乞食軍団〉の新装版刊行に合わせて、『SFマガジン』に書いたもの。
 その作者であり、『キャプテン・フューチャー』を初めとするスペオペ紹介&翻訳の第一人者であり、日本SF界の長老の一人であった野田昌宏さんは、私にとっては子供の頃からの憧れの人で、短い期間とはいえ、相手をしていただけたのは、本当に嬉しいことでした。
 何度か、書庫の整理を手伝いに行ったり、私が編集をしていた『SFオンライン』に原稿をいただいたり、どれも楽しい思い出ばかりです。

 作家であり、翻訳家であり、レビュアーであり、パルプ雑誌の蒐集家であり、NASAおたくであり、なおかつテレビ番組のプロデューサー(なんたって日本テレワークの元社長で、ガチャピンのモデルだ!)でもあって、しかも、いつまでもSFファンダムの兄貴分のような存在であった野田さんは、私にとっては人生の指標のような人でした。
 その十分の一も達成できていないのではありますが、それでもなお、野田さんみたいでありたいなあ、と未だに思っていたりするのです。いや、生涯独身まで真似する気は全然なかったんですけど(とほほ)。
 てな話はさておき、〈銀河乞食軍団〉、電子書籍化しないかなあ……。

『発動! タンポポ村救出作戦 (銀河乞食軍団 合本版1)』野田昌宏
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152090456/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4152090456&linkCode=as2&tag=fiawol-22

『消滅!?隠元岩礁実験空域 (銀河乞食軍団 合本版 2)』野田昌宏
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152090855/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4152090855&linkCode=as2&tag=fiawol-22


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 スペース・オペラ紹介の第一人者にして翻訳家でもあった野田昌宏には、点数こそその翻訳ほどではないが、小説家としての顔もあった。
 今回、その中でも最長のシリーズ作品であり代表作でもある〈銀河乞食軍団〉通称〈銀乞[ギンコジ]〉が、新装版として装いも新たに刊行されることは、本当に喜ばしい。
 なんといっても、この〈銀乞〉こそ、古今にもあまり類を見ない、和風集団スペオペという独特の世界観を持った異色の傑作であり、多才な野田さん(筆者にとって、野田昌宏という人は、いつだって「野田さん」であって、それ以外の呼び方はできないので、本稿でもそれで通したい)の業績の集大成とでも言うべき畢生の大作なのである。

 時は未来、処は宇宙。銀河系辺境に位置する星涯星系で、細々と何でも屋を営む星海企業の面々が、本作の主人公たちだ。
 星海企業は、おんぼろ宇宙船を駆ってジャンク屋やら運送屋やらといった細かい仕事で食いつないでいる、いかにも場末の零細企業といった見た目の会社だが、その実態はさにあらず。
 元宇宙軍中将のムックホッファ社長以下、従業員はひと癖もふた癖もあるスペシャリストぞろいだし、宇宙船をはじめとする各種装備も、使い込まれて少々くたびれてはいるものの、しっかりと整備され、ガチガチにチューンまでされたものばかり。古くさい言い方だが、まさに「羊の皮をかぶった狼」の群れなのだ。
 そんな彼らは、正式な社名とは別の、いかにもいかがわしげな通り名を持っていた。それこそが「銀河乞食軍団」なのである。
 正伝第一部の物語は、そんな彼らのもとに、一人の少女、パムによるとんでもない依頼が舞い込むところから始まる。彼女の両親が、住んでいた村ごと消えてしまったから、探して欲しいというのだ。
 パムの願いをかなえるべく、調査を始めた星海企業の面々だったが、その行く手には、なにやら腹に一物隠しているらしい連中が立ちはだかってくる……。

 とまあ、さわりを紹介しただけでも、この作品の持つ独特の雰囲気に溢れたおもしろさはわかっていただけるのではないだろうか。
 それは、典型的なアメリカ型スペース・オペラの持つ勧善懲悪の大活劇といった部分はそのまま継承しつつ、まったく異なる味つけをしてみせたところにある。そして、この味つけにこそ、野田さんの興味の広さが存分に生かされているのだ。

 もちろん、〈銀乞〉全体の基礎を為す宇宙活劇、すなわちスペオペ的なおもしろさは、「スペース・オペラの伝道者」とも呼ばれた野田さんの、真骨頂ともいえる部分である。
 アメリカでは低級でダメな宇宙SFの代名詞だった「スペース・オペラ」を、世界でも有数のパルプ雑誌コレクションの中から選りすぐり、痛快な娯楽小説としての評価を与えて、日本のSFファンたちに紹介し、さらには自身で翻訳まで手がけた野田さんの、確かな鑑識眼は今もなお古びることがない(いや、まあ、野田さんが紹介してくれた作品のいくつかは、けっこう古びてしまっている気もするが)のは、それらの一部をまとめた『SF英雄群像』や『科學小説神髄』といったエッセイ集が、今読んでも心躍る書であることからもあきらかだろう。
 突如として住民ごと消えた村や、時空間に穴を開けてしまう軍の機密兵器といった、〈銀乞〉に出てくる大仕掛けは、(あまり科学的な根拠がないところも含めて)まさにそんなスペオペの醍醐味にあふれた奇想だろう。

 一方で、〈銀乞〉の世界観を独特のもとにしているのは、その和風なテイストにある。星海企業や星涯星系といった地名や、又八、和尚、ロケ松等々といった人名が日本語なのは一目瞭然だが、それ以上に和風っぽくておもしろいのは、この作品が一種の集団ヒーローものだというところだ。
 社長のムックホッファが、元は宇宙軍の中将だったのに、軍を辞めて辺境星域に流れ着き、小さな会社を興してはいるものの、一朝事あれば正規軍も顔負けの大活躍をはたす……というのは、野田さんが訳したA・バートラム・チャンドラーの〈銀河辺境〉シリーズとその主人公であるグライムズ元准将からの孫引きであることはまちがいない。
 だが、〈銀乞〉が〈銀河辺境〉と決定的に違うのは、ムックホッファはグライムズのように自分が矢面に立って活躍したりしないという点にある。彼はあくまでもバックアップ役であり、常に獅子奮迅の活躍をするのはそれぞれ一芸に秀でた多数の社員たちなのだ。そして、彼らはほとんど対等に描かれていて、特定の主人公はいない、というよりも、全員が主人公のようなものだ。
 これは、同じ集団ものでも、あくまでも主人公がはっきりとしているエドモンド・ハミルトンの〈キャプテン・フューチャー〉シリーズや、E・E・スミスの〈レンズマン〉シリーズといった、典型的なアメリカのスペオペとはまったく異なった特徴だ。
 野田さんは、自身の創作の秘訣をまとめた創作ガイド本『スペース・オペラの書き方』の中で、自分なりのスペース・オペラを書くためのヒントとして、柴田練三郎の『われら九人の戦鬼』と、かの有名な中国の古典『水滸伝』とを参考にしたことを綴っている。
 これらはいずれも、複数のヒーローたちが、おのおのの特技を生かして活躍するという、まさに「銀乞」と同じ様式の集団ヒーローものだ。「銀乞」の持つ和風というか東洋的なテイストは、こんなところからも生まれているのだろう。さしずめ、ムックホッファは『水滸伝』に出てくる梁山泊の頭目、宗江といったところだろうか。
 また、アメリカのスペオペ・シリーズが、基本的に一話完結なのに対して、何巻にもわたって大きな物語が展開する大長編形式をとっているところも、〈銀乞〉の大きな特徴であり、その背景にはやはり『われら九人の戦鬼』や『水滸伝』といった大作の影響が垣間見える。

 さらに言えば、集団ものという意味では、野田さんのもう一つの代表作である『レモン月夜の宇宙船』や『あけましておめでとう計画』といったいわゆる〈日本テレワーク〉ものとも、大きな共通点を持っている。
〈日本テレワーク〉ものは、現代を舞台に、野田さん本人が語り手となって、その周辺の人々が仮名や実名で登場し、常にSFじみた事件に遭遇するという、虚実が入り交じった愉快なほら話なのだが、実のところ、〈銀乞〉で活躍する星海企業の従業員たちの多くも、実在のモデルがいるようなのだ(だいたい、加藤直之氏の描くロケ松は、野田さんにそっくりだ)。
 つまり、処女短篇である「レモン月夜の宇宙船」に始まる野田さんの夢想を、宇宙の果てにまで羽ばたかせていくと、〈銀乞〉に辿りつくのだろう。
 中でも、星海企業の中でももっとも下っ端で、普段は本社ではなく金平糖錨地でメカのメンテナンスをおこなっている、通称おねじっ子たちが活躍する外伝は、まさにスペオペ版の〈日本テレワーク〉ものといった感の、痛快な短篇群となっていて、そのうちの一篇「レモンパイ、お屋敷横町ゼロ番地」(このタイトルがまた絶妙に良い)が星雲賞を受賞したのもむべなるかな。

 さて、野田さんの趣味といえば、SF小説ばかりでなく、現実の宇宙開発にも大きな関心を寄せていて、何度もアメリカのNASAに取材に行き、さまざまな資料を集めていたことでも有名だった。
〈銀乞〉にも、そんな野田さんの趣味が存分に発揮されている。星海企業のメインマシンである宇宙船「クロパン大王」をはじめとする架空メカの描写が、どれも実にリアルかつ詳細で、いかにも「ありそう」な感じに溢れているのだ。
 これこそ、実機を研究し尽くした野田さんならではの描写力なのだ。
 もちろん、その実は嘘八百なのだが、そこがまた、いかにもスペオペ的で楽しいのである。

 ところで、実は〈銀乞〉には原型となる作品がある。それは、「スター・ウォーズ」の大ヒットで突如巻き起こったSFブームに当て込み、東映が製作した映画「宇宙からのメッセージ」である。この作品には、映画版とは大きく違う展開を見せる石森(現石ノ森)章太郎によるマンガ版と、野田さんによる小説版とが存在しており、野田版では、「次元に開いた穴から」敵が侵攻してくることになっているのだ。そして、それに対抗するのは、かつて勇猛でならした老軍人をはじめとしたはぐれ者たち、とくれば、これはまさに〈銀乞〉の雛型と言ってまちがいはない。
 ちなみに、「宇宙からのメッセージ」には、映画・マンガ・小説、いずれの版においても、「運命に選ばれた八人の戦士を集めて悪と戦う」という『南総里見八犬伝』をモチーフとした基本設定があり、それが和風のテイストを作品に与えている。さらにいえば、『八犬伝』は、中国の『水滸伝』から多大な影響を受けている作品でもあるわけで、このあたりにも「宇宙からのメッセージ」と〈銀乞〉との共通項がある。

 野田さんが〈銀乞〉を書き始めた一九八〇代初めの頃、すでに日本SFは独自の発展を遂げていたが、一方でスペオペやヒロイック・ファンタジーといったサブジャンルに関しては、欧米の作品の翻訳がまだまだ主流であった。
 ただ、先にも書いた「スター・ウォーズ」のヒットによって、一九七〇年代末から、あらゆるメディアにおいてSFブームが巻き起こりつつもあった。
 そんな中、海外の作品の影響をしっかりと咀嚼したうえで、日本人の手によるスペース・オペラやヒロイック・ファンタジーを書き始めた先駆的作品が登場した。
 それが高千穂遙の〈クラッシャージョウ〉、〈ダーティペア〉、〈美獣〉であり、栗本薫の〈グイン・サーガ〉であり、野田さんの〈銀河乞食軍団〉だったのだ。
 これらの作品群が蒔いた種が、やがて大きな実を結び、幾多の娯楽SFや異世界ファンタジーが日本人作家の手によって書かれるようになっていく。そしてそれは、今はライトノベルと呼ばれている、青少年向け小説というジャンルの誕生と発展の端緒ともなったのだった。
 このように、一つの潮流を生み出したという意味において、高千穂遙、栗本薫、そして野田昌宏の三人が、この時代の日本SF界に残した業績には、計り知れないものがある(余談ではあるが、そのうちの野田さん、そして栗本氏が、昨年、今年と相次いで亡くなられたことは、まことにもって悲しいことであり、一つの時代の終焉を感じて、寂寞たる気持ちを抑えることができない)。

 一九六〇年代、スペオペの伝道者として、古き良きアメリカのB級SFの魅力を存分に伝えてきた野田さんは、一九八〇年代のSFブームに乗じて、今度は創作者として、その日本版スペオペを普及させるための先駆者の一人となったのであり、その結実こそが〈銀河乞食軍団〉なのである。
 今回の〈銀河乞食軍団〉新装版刊行で、一人でも多くの新たな読者が、野田版和製スペース・オペラの魅力を再発見してくれることを望んでやまない。

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