2012年サンディエゴ・コミコン訪問記

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 2012年、早川書房の『SFマガジン』に書いたモノ。同年夏に友人の柳下毅一郎さんと、世界最大のコミックイベント、コミックコン・インターナショナルに参加した話を書きました。
 コミコンには90年代以降何度も行っているのですが、行くたびに規模が拡大していて、驚かされます。今年も行く予定にはしてるんだけど、さて、どんな光景を見ることができるのやら。今から楽しみです。

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 去る七月十二~十五日の四日間、サンディエゴで毎年開かれているコミックコン・インターナショナルというアメリカン・コミックスを主体としたイベントに、映画評論家で特殊翻訳家の柳下毅一郎氏と共に参加してきた。
 今回は、その概要について、さらにはそこで垣間見られたアメリカにおけるおたく系文化の動向について、私見ではあるがまとめてご報告させていただきたい。
 通称サンディエゴ・コミコンと呼ばれているこのイベントは、全米でもトップクラスのおたく系コンベンションだ。
 元々はその名の通り、アメリカン・コミックスの出版社や書店が集まる「マンガ祭り」だった。創設は一九七〇年。基本的には非営利団体が運営する、ワールドコンや日本SF大会などと同じファンイベントである。
 だが、回を重ねるごとに、アメコミを元にしたおもちゃやゲーム、テレビドラマや映画などを作る会社、さらには日本のアニメやマンガのアメリカ版を作る会社などもブースを出すようになり、今ではアメコミとは関係のないものも含めて、SF、ホラー、ミステリ等、ジャンル・フィクションすべてを扱う一大複合イベントに成長している。
 特に近年は、秋からのテレビ新番組や、翌年の目玉となる大作映画のPRに、監督や出演者たちが大挙して訪れ、それに付随してマスコミも大勢やってくるようになったため、大会期間中だけサンディエゴにハリウッドが引っ越してきたような、大変なお祭り騒ぎになっている。
 毎年七月中旬の週の、木曜から日曜までの四日間開催されるのだが、今年は一日の入場者が約十三万人、四日間ののべで五十万人以上の人々が会場を訪れたという。日本のおたく系イベントの雄であるコミケが三日間でのべ約四十五万人というから、だいたい似たような規模だと思えばいいのかもしれない。
 たった一人の参加者がその全容を語ることは至難の業だが、本稿では筆者の目を引いたポイントをジャンルごとに書き綴っていきたい。

【広々とした会場ももはや手狭に】
 コミコンの会場であるサンディエゴのコンベンションセンターは、三階建ての建物の一階がエキジビションホール(いわゆる展示会場)、二階以上が会議室群となっていて、一階では各企業や個人などがブースを出して展示や販売を常時行い、二階では大小さまざまな会議室で次々に講演や上映会が開かれるようになっている。一階ホールの床面積は約四万九千平方メートル。有明ビッグサイトで言うと、東館のブロックを六つ縦に並べたのと同じくらい。東京ドームよりも若干広いという、とんでもない広さである。
 実は、元々このコンベンションセンターは今の半分弱の広さしかなかったのだが、コミコンの規模が拡大するのに合わせて二〇〇一年に増築して現在の広さになったという経緯がある。
 ところが、ここ数年、さらにコミコンの規模は拡大しており、筆者は五年ぶりに参加したのだが、今ではメイン会場であるコンベンションセンターの外で、ホテルやレストランを借りていろんな企業(特にテレビとゲーム関係)がイベントを展開しているのがとても目立っていた。
 もはや、サンディエゴのコンベンションセンターだけでは収まりきらないほどの規模まで、コミコンが巨大化しつつあるということだろう。まさに、アメコミのみならず、アメリカン・ポップカルチャー全体における、最大のイベントの一つとなっているといっても過言ではないだろう。
 その証拠として今では、映画、テレビ、音楽、書籍など、アメリカにおける大衆文化全般を網羅した情報誌《エンターテインメント・ウィークリー》が、コミコンの大々的な特集記事を組むようになっている。これは日本に置き換えれば、《POPEYE》や《BRUTUS》、もしくは《日経エンタテインメント》のような雑誌が毎年コミケの特集ページを組むようなモノだと言えば、そのイメージを理解していただけるだろうか。

【コミックスは中堅出版社の奮闘が目立った】
 そうは言っても、やはりコミコンの中心となるメディアはコミックスだ。今年も、アメコミ界をほぼ独占しているDC、マーベルの大手二社を筆頭に、数多くの出版社がブースを出店、新作、話題作の宣伝に努めていた。
 ただ、大手二社は、映画やテレビ、ゲーム、おもちゃといった、今大きな話題となり莫大な利益を生んでいる二次展開の宣伝が大きな地位を占め、コミックス本体のほうの展開についてはあまり目を引くものがなかったように思われる。
 もちろん両社とも、毎年行う社を上げての一大クロスオーバー企画の宣伝には余念がなかったのだが、どちらも、きつい言い方をすれば「売らんかな」という商魂ばかりが目立っていた。具体的には(これは歴史が長いアメコミには過去に何度も起こっていることだが)、長大で複雑な過去のストーリーラインを整理して、若い新規読者を取り込もうと作品世界のリブートを試みているのだが、これはやり方を間違えると現在のファンを失うばかりで逆効果になってしまう危険性がある。
 史上三度目の完全リブートをおこなって時間線を再度混乱させたDCと、X-メンの半数を悪役にしてまでX-メンとアベンジャーズのメンバーを再整理したマーベルに対する、ファンの評価は出るのはこれからだろう。
 一方、今回筆者の目を引いたのは、中堅どころの出版社がやたら元気がいいことだった。
 中でも、ありとあらゆるテレビや映画のコミック化権を買いまくり、ひたすらヒット作のマンガ版を出し続けていたIDWという出版社が、いつのまにかそれと並行してマニアックなオリジナル企画や古典的作品のリプリントを連発していたのが印象的だった。特に、リチャード・スタークの『悪党パーカー』のコミック化という、今どきのアメコミの主流とは縁もゆかりもない企画をぬけぬけと出し続けているのには驚かされた。
 かつての看板作家だったジム・リーたちが抜けて、火が消えたようになっていたイメージ・コミックスのブースが、テレビ化もされて大ヒット中の『ウォーキング・デッド』一本で、あっというまに再生したかに見える好況ぶりを呈していたこともおもしろかった。一発当たるだけでこうも変わるとは。出版も人気商売とは言え、その極端さに驚かされた。
 また、毎年コミコンで授賞式が行われるアメコミ界のアカデミー賞とも言えるアイズナー賞でも、今年はIDWと『ヘルボーイ』などを抱えるやはり中堅どころのダークホース・コミックスの健闘が目立っていたように思われる。
 ちなみに、海外コミックアジア部門(元々は海外コミック部門は一部門だったのだが、あまりにも日本のマンガが強すぎるので、とうとうアジアとそれ以外の二部門に分けられた)では、昨年翻訳出版された水木しげるの『総員玉砕せよ!』が受賞を果たしていた。

【映画、テレビの宣伝はハリウッド並みに】
 もはやコミコンのもう一つの看板となった映画やテレビのほうも、大半の大手企業を筆頭にさまざまな会社がブースを出す活況ぶりだった。
 一階東端と二階中央にあるもっとも広い二つのステージでは、連日、さまざまな新作映画やテレビドラマのプレゼンが行われ、それがお目当てのファンたちが、前日から開場前に並んで徹夜するという、熱狂ぶりだった。
 中でも初日に行われた『トワイライト』完結編のプレゼンは、そのために少なくとも二日前から開場前で野宿していた女性ファンが交通事故に遭って死んでしまうという痛ましいハプニングがあり、規模の拡大に喜んでばかりはいられない状況が露呈したとも言える。
 そのほか『アイアンマン3』や『ザ・ホビット』をはじめ、ライアン・ジョンスンの『ルーパー』、ニール・ブロムカンプの『エリシウム』、クエンティン・タランティーノの『ジャンゴ』、ギレルモ・デル・トロの『パシフィック・リム』、ティム・バートンの『フランケンウィーニー』など、人気監督の新作のプレゼンが続々と行われ、ファンを熱狂させていた。
 テレビのほうも先に書いた『ウォーキング・デッド』を初めとする人気番組や、この秋から放送開始する新番組の数々のプレゼンやサイン会などがそこここで行われていたが、特に今回興味深かったのは、SFやホラー、ファンタジーだけでなく、ミステリやスリラー系のドラマの宣伝もどんどん行われていたこと。中でも『ホームランド』、『ブレイキング・バッド』、『デクスター』、『ボーンズ』、『キャッスル』などは、主演スターたちもやってきて大変な活気を見せていた。

【会場の外にはみ出しつつあるイベント】
 先に書いた通り、どれだけ大企業の出店が増え規模が拡大したと言っても、コミコンは非営利団体が運営するファン・イベントである。それは昔も今も変わらない。
 そんなわけで、ワールドコンなどでお馴染みの光景が、コミコンでもやはり展開していた。どれだけ、ホールでさまざまなイベントが行われていようとおかまいなく、中二階の小さなフロアに自分たちのブースを構えているファングループたちや、会議室内でTRPGやカードゲームにこうじるゲーマーたち、さらにはお手製のアーマーを着込み、中世さながらの剣術試合を日がな一日続けている甲冑マニアといった、コアなマニアたちも大勢参加しているのだ。
 さらには、小規模とはいえ一緒に展開されている映画祭に自主製作映画を持ち込んでいる無名のフィルムメイカーたちや、延々と上映されている日本のアニメを見るために上映用の会議室にこもっているアニメファンたちなども含めると、実に多様な参加者がいることに改めて気づかされた。
 ところで、テレビゲームもまた、今のコミコンにおける大きな構成要素の一つだ。だが今や、大手のゲームメーカーは、手狭になってきたコンベンション会場内だけでなく、その外側にまでブースを確保するようになっていたのには、驚かされた。つまり、任天堂やセガなどは、会場周辺に並び立つホテルの一部を借り切って、ゲームのテストプレイ場にしてしまっていたのである。これならば、広いスペースと静かな環境をお客に提供できるし、なにより、コミコン参加者以外の、一般の人々にも開放されているという点で、より大きな宣伝効果を狙っているのだろうとも考えられる。
 同じことは、映画会社やテレビ局も行っていて、やはり会場周辺のホテルやレストランを借り切っての宣伝活動を盛んに行っていたのがよく目立っていた。
 特にワーナーは、独自に屋外ステージを設置、トークライブやコンサートを行うだけでなく、そのそばに歴代のバットモービルを展示、さらにはバーベキューの屋台を出して、人を呼び込んでいた。また、《エンターテインメント・ウィークリー》誌は、ホテルのペントハウスを借り切って、映画/TV業界関係者のパーティを開催、ショービジネスの華やかさをコミコンに持ち込んでいた。
 また、この手の場外展開では、ヤフー、ユーチューブ、Cネットなどが来ていたのが目新しく、この先、こういったIT系企業もコミコンに深くコミットするようになるのか、興味深いところだろう。

 以上、駆け足でコミコンについて紹介させていただいたが、読者の皆さんにはその魅力の一端だけでも伝えることができたとしたら幸いである。

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