歴史改変SF概説

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 1996年、早川書房の『SFマガジン』に書いたモノ。歴史改変SFがSFのサブジャンルとしてものすごく流行った時期があったんですよねえ(遠い目)。ちなみに最後につけた「歴史改変時点年表」は、あくまで英米SFのものなので、日本の歴史改変ものとはトレンドとなってる時代が若干ずれてます。未訳のものでも、年号から、いったいどんな出来事が変更されて歴史が変わったことになってるのか、想像してみるとおもしろいかも。

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 歴史改変世界もしくは並行宇宙というアイデアは、もともとは歴史家たちの間における「もし歴史の一時点で事態が変化していたらどうなっていたか」という思考実験から始まった。例えば一九〇七年にはすでに「もし、ワーテルローの戦いでナポレオンが勝っていたら」というエッセイが書かれている。こうした思考実験はその後も様々な人物(例えばウインストン・チャーチル等も含まれる)によって行われており、「南北戦争で南部連合が勝っていたら」とか「第二次世界大戦でヒットラーが勝利していたら」といった文章が残されている。

 このアイデアを最初に取り入れてSFを書いたのはマレイ・ラインスターだということだが、歴史改変というテーマに真剣に取り組んだ長篇小説の嚆矢といえばスプレイグ・デ・キャンプの『闇よ落ちるなかれ』(1939)であることは間違いないだろう。
 ヨーロッパの暗黒時代の到来を防ごうとする歴史学者の苦悩を描いたこの作品以降、歴史改変テーマのSFは多数書かれているが、それらは大きく二つのタイプに分けられる。

 一方は、ポール・アンダースンの<タイム・パトロール>シリーズや、フリッツ・ライバーの<チェンジ・ウォー>シリーズのように、現実の歴史を変えようとするものと守ろうとするものの戦いを描いたSFである。これらは、歴史改変後の世界の描写よりも、歴史改変の有無を巡る攻防に重きをおいているといえる。

 もう一つは、我々の世界とは違う歴史を辿った歴史改変世界の存在を前提として、その世界とそこに生きる人々を描いてみせるタイプのSFである。レン・デイトンの『SS-GB』や、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』、ハリー・ハリスンの『大西洋横断トンネル万歳!』などが代表的なものだろう。

 近年、英米のSF界で続々と発表されている歴史改変SFには、どちらかというと後者のタイプのものが多い。ある歴史上の一点における条件の変更が、その後の歴史の流れに与える影響をより重視しているという点では、歴史家たちの思考実験への先祖帰りに近いとすら言えるだろう(自分の書きたい物語に沿う形に歴史を書き替えているだけというものも少なくないようだが)。また、この歴史上の一点として作家たちが選ぶ時点は、何カ所かに集中しており、しかもそれが大きな戦争に関係していることが多い。この二つの特徴は、日本で最近興隆を誇っている架空戦記小説と共通しており、なぜ同時多発的に日米英で歴史改変を主眼とした小説が多数発表されるようになったのか、興味深いところである。(もっとも、日本の架空戦記では第二次世界大戦を舞台にしたものが圧倒的に多いのに比べて、アメリカでは第二次大戦がらみが多いのはもちろんとして、それ以外にも南北戦争ものやケネディ大統領暗殺ものがけっこうあるし、イギリスではスペインの無敵艦隊やナポレオンの艦隊にイギリス艦隊が負ける話がいくつもあるあたり、それぞれの国のお国柄が出ていておもしろい。)

 それでは、最近の歴史改変SFにはどのようなものがあるのか、紹介していくことにしよう。
 まず、なんといっても今、歴史改変SFの話をするときに欠かすことのできないのが、ハリー・タートルダヴとその諸作品だ。タートルダヴは、確かに歴史改変SFも書いてはいたものの、元々はどちらかといえば軽いコメディタッチの作風で宇宙ものやファンタジーを書いたりしていた人なのだが、一九九二年に発表した"THE GUNS OF THE SOUTH"がヒューゴー賞候補に上がってからは、シリアスな時間改変SFを次々に書き続けるようになっている。
 出世作である"THE GUNS OF THE SOUTH"は、南北戦争たけなわの一八六四年のアメリカに、二十一世紀の南アフリカ人が、AK47などの近代銃器を南部連合に渡すことで南北戦争の結果を変えようとするという物語で、続編として"RETURN ENGAGEMENT"が予定されている。
 また、現在四部作中の第二部までが刊行されているWORLDWARシリーズは、第二次世界大戦中の一九四二年、突如飛来した異星人の侵略に対抗して、米英独ソが同盟を結ぶという(なんだか山田正紀の『機神兵団』も顔負けの)怪作だ。
 その他にも、モハメッドがキリスト教に改宗したためイスラム教とキリスト教の対立がなくなったおかげで、ビザンチン帝国が大繁栄を遂げるようになった十四世紀の世界を舞台に、帝国の諜報員が活躍する様を描いた"AGENT OF BYZANTIUM"(1987,1994)や、アメリカ大陸にピテカントロプスが生き残っていた世界の歴史を辿った"A DIFFERENT FLESH"(1988)、太陽系生成時に、我々の世界の火星よりも大きい(すなわち、重力が大きく酸素や水が存在する)火星が出来上がった世界で、生命体のいる火星の有人探査に向かったロケットを描いた"A WORLD OF DIFFERENCE"(1990)、さらには俳優のリチャード・ドレイファスと共同で、アメリカがイギリスから独立せず、イギリスの植民地のままにとどまった世界を描いた"THE TWO GEORGES"(1995)など、歴史改変テーマの主要なヴァリエーションを一人で書き尽くしてしまいそうな勢いで作品を書き続けている。

 さて、冒頭の方で、日米英共にもっとも点数の多い歴史改変SFは第二次世界大戦を舞台に選んだものだと書いた。最近だとベン・ボーヴァの"TRIUMPH"(1993)が、まさにアメリカ風架空戦記といっていいストーリーでおもしろい。なにしろルーズヴェルト大統領が禁煙して延命したかわりに、チャーチルの暗殺指令によってスターリンが消された世界を舞台に、アメリカが単独で空挺部隊とパットン将軍の戦車部隊をベルリンに突入させるというのだから、とんでもない話である。
 もっとも、ここまで極端な小説は少数派で、やはり多数派はナチス・ドイツが勝利した世界を描いたものである。例えば、ブラッド・リナウィーヴァーの"MOON OF ICE"(1988)は、ボーヴァの作品とは逆にルーズヴェルト大統領が四二年に弾劾を受けて職を追われてしまい、ドイツが核爆弾を開発して勝利した世界が舞台となっているし、ブライアン・オールディスの"THE YEAR BEFORE YESTERDAY"(1987)では、一九三五年、フィンランド訪問中のチャーチルが暗殺され、西ヨーロッパがナチス・ドイツの手に落ちた世界が描かれている。

 こうした第二次世界大戦ものとは別に、歴史の分岐点をもっと過去に持っていって、我々の歴史とは根本的に異なる世界が展開する歴史改変SFも多く存在する。
 例えば、S・P・ソムトウ(というより、日本では『スターシップと俳句』のソムトウ・スチャリトクルと言ったほうがとおりが良いか?)の"THE AQUILIAD"(1983,1988,1989)シリーズでは、ローマ人が蒸気機関を発明し、全世界を征服してしまうし、ブライアン・ステイブルフォードの"THE EMPIRE OF FEAR"(1988)では、キム・ニューマンの『ドラキュラ紀元』同様、吸血鬼がイギリスを乗っ取ってしまう。
 しかし、この手の歴史改変の中でももっとも極端なのは、恐竜が絶滅せず、知性を持つ種族が生まれたことによって、爬虫人類と哺乳人類の争いが生じることになる様を描いた、ハリー・ハリスンのエデン三部作(WEST OF EDEN(1994), WINTER IN EDEN(1996), RETURN TO EDEN(1988))だろう。

 さらにいくつか、最近の歴史改変SFを思いつくままに並べてみよう。
 スティーヴン・バクスターの"ANTI-ICE"(1993)は、南極に落下したアンチ・アイスなる物質が秘めた莫大なエネルギーによって我々の世界とは違う歴史を辿る十九世紀末の世界を舞台に作者お得意の壮大な物語が展開する。
 "SEVENTH SON"(1987)から始まるオースン・スコット・カードのAlvin Makerシリーズは、清教徒革命の完全な成功によってイギリスとアメリカの歴史が若干変わっている世界を舞台にしている。
 ケネディものの中でも変わり種なのがデヴィッド・ドレイクの"FORTRESS"(1987)で、暗殺を免れたケネディが六十年代にいち早くスター・ウォーズ計画を開始したせいで、軌道上に国防用の宇宙ステーションが浮かんでいる世界で、異星人やネオ・ナチとの諜報戦に巻き込まれる元NSA職員の活躍を描いている。

 さて、こうした歴史改変SFの増加の中でも目を引くのが、グレゴリー・ベンフォード、マーティン・グリーンバーグ、マイク・レズニックらによるアンソロジーだ。
 ベンフォードとグリーンバーグが組んで編んだ一連のアンソロジーは、"WHAT MIGHT HAVE BEEN?"という共通タイトルがつけられており、一九八九年から九二年にかけて四冊が刊行されている。
 一方のレズニックのほうは九二年から矢継ぎ早に以下のアンソロジーを発表している(「並行世界のワールドコン」というなかなか爆笑ものの企画まである)。

  ALTERNATE KENNEDYS(1992)
  ALTERNATE PRESIDENTS (1992)
  ALTERNATE WARRIORS (1993)
  ALTERNATE OUTLAWS(1994)
  ALTERNATE WORLDCONS (1994)

 レズニックには、このシリーズの続刊が控えている上に、グリーンバーグと組んで九四年に"BY ANY OTHER FAME"という歴史改変SFアンソロジーまで出している。
 これらのアンソロジーの特徴は、一部を除いてほとんどの作品が新作だということにある。顔ぶれも豪華で、ざっと挙げただけでも、ポール・アンダースン、ジョージ・アレック・エフィンジャー、ラリー・ニーヴン、ルーディ・ラッカー、クリスティーン・キャスリン・ラッシュ、パット・キャディガン、アレン・スティールなどといった名前が挙がる。

 また、複数の作家が参加しているということでは、八〇年代以来、ジャンルとして定着した感のあるシェアード・ワールドものにも歴史改変を扱ったものがある。
 日本でも一部が邦訳されている<ワイルド・カード>シリーズ(ジョージ・R・R・マーティン編)は、マーティン、W・J・ウィリアムズ、ロジャー・ゼラズニイ、メリンダ・スノッドグラスらによるシェアード・ワールド・シリーズで、一九四六年に異星人のウイルスが地上にばらまかれ、その影響で超能力者や異形の人々が存在するようになった世界を描いているし、その<ワイルド・カード>シリーズにも参加しているスティーヴン・リーとジョン・J・ミラーの"DINOSAUR WORLD"シリーズは、レイ・ブラッドベリの有名な短編"A Sound of Thunder"の続編を為す冠シリーズである。

【歴史改変SF、改変発生時年表】
c -4.5G ハリー・タートルダヴ, A WORLD OF DIFFERENCE
c -70M  レイ・ブラッドベリ, "A Sound of Thunder", DINOSAUR WORLD シリーズ
c -65M  ドゥーガル・ディクスン, 『新恐竜』
c -65M  ハリー・ハリスン, WEST OF EDEN, WINTER IN EDEN, RETURN TO EDEN
c -5M   ハリー・タートルダヴ, A DIFFERENT FLESH
c -200  S・P・ソムトウ, THE AQUILIAD series 
c 450   ブライアン・ステイブルフォード, THE EMPIRE OF FEAR
527     スプレイグ・デ・キャンプ, 『闇よ落ちるなかれ』
610     ハリー・タートルダヴ, AGENT OF BYZANTIUM
1199    ランドル・ギャレット, <ダーシー卿>シリーズ
1212    ハリー・ハリスン, 『大西洋横断トンネル万歳!』
1588    キース・ロヴァーツ, 『パヴァーヌ』
1660    オースン・スコット・カード, ALVIN MAKER シリーズ
1720    スティーヴン・バクスター, ANTI-ICE
1824    ウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング , 『ディフェレンス・エンジン』
1836    ルーディ・ラッカー,  『空洞地球』
1841    ジャック・L・チョーカー, DOWNTIMING THE NIGHT SIDE
1861    ジャック・ウォーマック, 『テラプレーン』, ELVISSEY
1864    ハリー・タートルダヴ, THE GUNS OF THE SOUTH
1885    キム・ニューマン, 『ドラキュラ紀元』, THE BLOODY RED BARON
1887    ピーター・ディキンソン, 『キングとジョーカー』, SKELETON-IN-WAITING
1913    ジェリー・ユルスマン, 『エリアンダーMの犯罪』
1919    ノーマン・スピンラッド,『鉄の夢』
1926    ジョー・ホールドマン, 『ヘミングウェイごっこ』
1930    ジャック・ウィリアムスン, 『航時軍団』
1932    アイザック・アシモフ, 『永遠の終わり』
1933    フィリップ・K・ディック, 『高い城の男』
1935    ブライアン・W・オールディス, THE YEAR BEFORE YESTERDAY
1936    ジョアンナ・ラス, 『フィメール・マン』
1940    レン・デイトン, 『SS-GB』
1941    スティーヴ・エリクソン, 『黒い時計の旅』
1941  ブラッド・リナウィーヴァー, MOON OF ICE
1942    ロバート・ハリス, 『ファーザーランド』
1942    ハリー・タートルダヴ, WORLDWAR: IN THE BALANCE (WORLDWAR series)
1943    Anderson, Kevin J., & Doug Beason, THE TRINITY PARADOX
1943    ベン・ボーヴァ, TRIUMPH
1946    ジョージ・R・R・マーティン, <ワイルド・カード>シリーズ
1950    Kube-McDowell, Michael P., ALTERNITIES
1962    グレゴリー・ベンフォード, 『タイムスケープ』
1963    デヴィッド・ドレイク, FORTRESS

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