これが『トップ』のSF魂だ!

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 2004年、アニメ『トップをねらえ!』のDVDボックス用に書いたモノ。DVDですよ、DVD。今やブルーレイの時代も終わりそうになってて、なんでもかんでもVODだストリーミングだっていう時代が来つつあるんだと思うと、隔世の感がありますなあ。

 ちなみに、なぜかわたし、『トップ』のメインスタッフでも何でもないのですが、新しいボックスセットが出るたびに、追加の短篇付録(「シズラープロジェクト」とか「新科学講座」とか)のシナリオを書いてたりするのでありました。(^_^;)

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 アニメ『トップをねらえ!』(以後『トップ』と記す)は、痛快なくらいデタラメなパロディと、どシリアスで感動的なドラマとが入り交じった異様な迫力を持つ作品だ。その特徴は、SF的な設定にも存分に表れている。本稿では、その代表的な部分について、科学的な考証とも照らし合わせながら紹介していきたい。

【エーテルのホントとウソ】
 さて、『トップ』の世界では、宇宙はエーテルという物質で充ち満ちているという設定になっているが、そもそもこれこそが『トップ』がペロリと舌を出しながら大嘘をついているというサインの一つなのだ。
 なぜなら、物理学におけるエーテルとは、現在は明快にその存在が否定されているものだからである。
 元々エーテルは古代ギリシアの哲学者のあいだで、地上の世界を構成する空気・土・火・水の四大元素に対して、天界を構成している五番目の元素(英語で言えば『フィフス・エレメント』。そう、ブルース・ウィリス主演のトンデモSF映画のアレである)に対してつけられた名前だった。それが、近代科学が生まれ、物理学が進むにつれ、光の波を伝える媒質の存在が仮定されたとき、その名称として転用されたのである。
 もし、光が何らかの媒質中を伝播する波だとすれば、その速度は媒質中を移動している物体にとって、方向によって変わるはずである。しかし、19世紀末、マイケルソンとモーリーは光速度がいかなる方向に進むときも不変であることを実験によって証明してしまった。そして、光や赤外線、紫外線、X線、さらには電波などはすべて波長が違うだけで同じ電磁波というものであることがわかり、さらにはマクスウェルが電磁方程式を発見した。この電磁方程式によれば、電場の変化が磁場を生み、その磁場の変化がさらに電場を生むことによって、電磁波が伝播していく。すなわち、電磁波とは自分で自分を編み上げながら進んでいくのである。したがって、電磁波には波の振動を伝えるための媒質はまったく必要ないのだ。そして、真空の宇宙空間とは、エーテルはおろか、まさにまったく何も物質が存在しない世界だったのである。
『トップ』のSF設定では、この、一旦は否定されたエーテルの存在が、新たな理論と共に再発見されたことになっている。しかし、エーテル、すなわち電磁波の伝播を媒介する物質の存在は、電磁波のふるまいそのものを否定することになってしまうため、この設定はさすがにムリがありすぎる「トンデモ」理論だと言えるだろう。先に書いたように、これもまた(例えば、バスターマシンの超兵器の数々と同じく)『トップ』が「この作品は科学的には大嘘をついていますよ~」というサインの一つなのだ。

【ウラシマ効果の不思議】
 さて、『トップ』の物語を盛り上げているもっとも重要な要素こそ、相対性理論と、そこから導き出される「ウラシマ効果」である。
 これらは、先に書いた光速度不変の原理と電磁方程式からアインシュタインが導き出した理論であり、それまで人間が持っていた世界観をひっくり返すものだった(ちなみに、エーテルの存在は、相対性理論の否定にもつながってしまうから、マジメに考えると両者は並立できない。これも『トップ』が真面目な顔をして大嘘をついている証拠の一つだ)。
 相対性理論は、数学的な部分をすっとばして結論だけを言えば、実は非常に簡単なもので、常識的な世界観を捨ててしまえば、逆に直感的に理解しやすいとさえ言える。
 すなわち、それを観測している場所の速度がどうであろうと、光の速さが一定不変であるというのはどういうことか。それは、時間の流れのほうが変化しているのである。
 つまり、時間は一定不変ではないのだ。特殊相対性理論によれば、光速に近い速度で移動する物体の時間は進み方が遅くなる。また、一般相対性理論によれば、強力な重力場の中でも時間の進み方は遅くなるのだ。
 このため、亜光速で飛ぶ宇宙船に乗って宇宙旅行に出かけた人物が船内で数年を過ごすうちに、地球では数10年以上の歳月がたってしまうことになる。これを海外では「双子のパラドックス」と呼ぶが、日本ではSF翻訳家の柴野拓美が「ウラシマ効果」と名づけ、今では一般的な用語となっている。
『トップ』では、この「ウラシマ効果」が第2話、第5話、第6話と、都合三回登場する。物語の早い段階で視聴者に「ウラシマ効果」がどんなものかを見せ、さらに繰り返し(しかも、時間のずれをどんどん大きくして)見せていくことで、主人公が他の登場人物たちと「同じ時間を過ごせなくなる」という(科学的には全く正しいものの)非日常的な情景の「せつなさ」への最大限の感情移入を狙った構成は、見事の一語につきる。
 他の部分はどれだけお遊びに徹していようと、どれだけ大嘘で塗り固めていようと、「ウラシマ効果」を使って宇宙の広大さと人間の矮小さをかっちりと描いた上で、希望に満ちたあのラストシーンの「オカエリナサイ」を見せてくれたことで、『トップ』は骨太のSF作品として、不滅の地位を築いたと言っても過言ではない。

【光速の壁を超えて】
 ところで、光速度不変の原理は、宇宙を舞台にしたSFにとって、非常に頭の痛い問題を残してくれた。つまり、光速度、すなわち秒速30万キロメートル以上の速度で移動することは、物理的に不可能なのだ。ところが宇宙空間の広大さときたら、太陽から一番近い恒星まででも、たどり着くのに光の速さで1年以上かかってしまう。それどころか、銀河系の端から端まで光が届くのには約10万年もかかるし、他の銀河ときたらそれよりもっと遠くに存在するのだ。
 いくら「ウラシマ効果」で船内時間が遅くなるといっても、隣の銀河系まで最新の超高速エンジンでひとっ飛び……というわけには、いくらお話とはいえできない相談なのである。
 それを解消するためにSF作家たちが考え出したSF設定が、『トップ』にも登場する「ワープ」航法に代表される「超光速航法」である。英語ではFaster Than Light(光より速い)という言葉の頭文字をとって「FTL」と呼ばれる。
「ワープ」はその中でも代表的なもので、SF作家にして名編集者だったジョン・キャンベルJrが、1931年に初めて、亜空間という言葉と一緒に使用した。その原理を簡単に言ってしまえば、空間をねじ曲げ、光速の限界を越えた遠方の2点間を亜空間でつないで、短時間に移動するというものだ。どうやって空間をねじ曲げるのか、とか、亜空間ってどんな空間なのか、とかは聞いてもムダ。なんといっても、これはSF小説のために作られた架空の理論なのだ。
 こうして生まれた「ワープ」航法のアイデアは、他のSF作家たちにもどんどん使われるようになり、日本でも『宇宙戦艦ヤマト』で使われて、一気に有名になった。『宇宙の騎士テッカマン』のリープ航法や『伝説巨神イデオン』のデスドライブなど、少々名前は違っても、原理的にはどれも同じものである。
 これを科学的に研究してみせたのが、キップ・ソーンという人で、亜空間の代わりに、ワームホールと呼ばれる時空の虫食い穴のようなものを二つつなげれば、原理上は超光速航法が物理的に可能になることを示した。問題は、そんな大きくて安定したワームホールなんて自然界には存在できないだろうということ(というネタを逆手にとったのが『スタートレック ディープ・スペース・ナイン』に登場する人工ワームホール)だ。

【現実のワープ研究】
『スタートレック』といえば、たぶん世界でもっとも有名なワープといえば『スタートレック』に出てくる宇宙船の「ワープ」航法だろうが、これはここまで説明してきた「ワープ」とは、実はまったく違うものだ。
『スタートレック』型のワープは、ワープバブルと呼ばれるバリアのようなもので船体を包みこみ、光速度不変の制限を受けない亜空間に船体を沈めて移動する。見かけ上は、このワープバブルが通常の宇宙空間を超光速で飛んでいるかのように見えるらしい。そんなわけで、ヤマトのワープなんかと違って、やたらと時間がかかるのと、(有名な「ワープ1で前進」というセリフのように)出力に合わせて光速の何倍の速度になるか変えられるようになっている。
 この方法の実現性をマジメに研究したもいる。それがミゲル・アルキュビレという人で、『スタートレック』は原理をきちんと説明していないが、アルキュビレ方式ではワープバブルの前方の空間を縮め、後方の空間を伸ばすことで、見かけ上超光速になるという理論になっている。 もっとも、これにも問題がある。ワープバブル(この言葉、『スタートレック』用語なのに、アルキュビレのおかげでマジメな物理論文にも使われるようになってしまった)の形成にものすごい量の負のエネルギーが必要になるから、やっぱり理屈上はともかく、実現するのはムリっぽいのだ。最近、「ワープは物理的に不可能という結論が出た」などとニュースやテレビ番組で取り上げられていたのは、このアルキュビレの論文のことである。ただし、これについては、なんとか抜け道を見つけられないか、他の物理学者たちがその後も検討を続けているので、もしかしたら解決策が見つかるかもしれない。
 ちなみに、SFの世界でのFTLは、もっと自由自在にできていて、ワープ以外にも、光速の尺度自体を変えるとか、現実の物理法則を妄想によって否定することで光速の限界も否認してしまうとか、物質を超光速で移動するタキオン粒子に変換してしまうとか、光速の早さが違う亜空間を移動するとか、空間の配置が違う(こちら側だと何光年も離れてるけど、亜空間内だとキロ単位とか)亜空間を移動するとか、千差万別、実にさまざまな手法が考案されている。

【小ネタいろいろ】
 さてその他にも、バスター3号こと、木星を改造したブラックホール爆弾は、実は元の質量が小さすぎて、あれほどの効果は期待できない、とか、銀河系中心核部分には実は元々大きなブラックホールが存在していると考えられている、とか、太陽系第12番惑星として雷王星が登場するが、現時点ではいまだ第10番惑星は発見されていない(というより、冥王星以遠にある小天体はいくつも発見されているものの、「惑星」として認められたものはまだない)、とか、小ネタはいろいろあるのだが、紙数にも限りがあるので、最後に『トップ』最大のSF的アイデアを挙げて終わりとしよう。

【宇宙に知性は存在するか】
『トップ』最大の大ネタ。それこそが「宇宙怪獣による侵略」である。
 天文学の世界では「フェルミのパラドックス」と呼ばれる問題が存在する。それは「この宇宙に人類以外の知的生命体が存在するとすれば、なぜ我々はそれを発見できないのか?」というものだ。
 これの答は、実はものすごく限られている。つまり、
1.人類以外の知的生命体は存在しない(すでに絶滅したか、まだ生まれていない)。
2.人類以外の知的生命体は存在するが、人類が観測できるような活動(電波発信とか宇宙進出とか)を行える文明レベルに未だ到達していない。
3.その母星はものすごく遠方にあるため、まだそこからの光や電波が地球に届いていないため、観測できていない。
4.人類以外の知的生命体は存在するが、その母星の方角をきちんと探査していないため、その文明活動を人類がまだ観測できていない。
5.人類以外の知的生命体は存在するが、人類が観測できるような活動を行っていない(知性や生態の在り方が異質すぎる)。
6.人類に見つからないよう身を隠している(人類よりも進んだ文明を持っており、人類文明が幼稚すぎるため、接触を避けている)。
のどれかでしかあり得ないのだ。
 5番と6番の答は、可能性としてはあり得るとしても、かなり強引ではある。4番の可能性を探るため、SETIと呼ばれる異星文明探査プログラムを行っている科学者たちもいるが、今のところ成果は出ていない。
『トップ』はこの問題に、とんでもない解答を与えてくれている。なにしろ、この世界では、星間文明が生まれた途端、宇宙怪獣が押し寄せて、その種族を滅ぼしてしまうのだ。1番の解答の変形なのだが、こんな豪快でスケールの大きな解は他にはちょっと類を見ない。しかも、きちんと筋が通っている。このどハデな大風呂敷の広げ方もまた、『トップ』の持つSF的なおもしろさなのである。

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