時空論の世紀 ~二〇世紀物理学と時間テーマSFの変遷~

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 2000年に『SFマガジン』の特集用に書いたもの。
 ここに挙げたように、タイムパラドックスには、いくつか違う解釈があって、それぞれ処理の仕方が違うのは、ちょっとSF読んでる人ならみんなわかってることだけど、これを非SFファンに説明しようとすると、とたんにめちゃくちゃ難しくなるのでした。だいたい、映画やドラマの時間ものは、そこんとこわかってない作品がやたら多いしなー。(^_^;)

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 二〇世紀は科学の世紀だったことを疑う人はあまりいないだろう。特に物理学の発展は時間、空間、物質といった根本的な事物に対する理解を大きく進め、直感的な理解とはかけ離れたまったく新しい世界像を我々の前に提示することとなった。その中核となったのが相対論と量子論である。
 その発展の歴史は意外に古く、すでに一九〇〇年にプランクは光の量子仮説を発表、一九〇五年にはアインシュタインが光量子論と特殊相対論を発表して量子論、相対論双方の基礎を築いてしまっている。つまり、この二つの理論は明治末期においてすでに物理学者たちのあいだでは広く知られていたわけで、つい我々がもっと新しいものだと思いこみがちなのは、これらの知識が一般に広まるのにかかった歳月の表れなのかもしれない。

 一方、時間テーマSFの歴史もまた、一九世紀末をその萌芽としている。つまり、現代人が過去にタイムトラベルすることによって、カルチャーギャップによる騒動を引き起こしつつも現代の知識を駆使して活躍するという物語の嚆矢であるトウェインの『アーサー王宮廷のヤンキー』の発表が一八八九年、そしてすべての現代的な時間テーマSFの始祖であるウェルズの『タイムマシン』の発表は一八九五年なのである。
 この二作品は、その後の時間テーマSFを分ける二つのタイプの基本となった作品でもある。

 その二つのタイプとは、
1.タイムトラベルに何の装置も使わない。
2.タイムトラベルに何らかの装置を用いる。
 である。

 つまり、『アーサー王宮廷のヤンキー』においては、タイムトラベルは魔法のように何の説明も装置の用意もなくおこなわれるが、『タイムマシン』ではその表題通りタイムトラベルを行うための機械が登場するのである。この作品において、タイムトラベルは初めて擬似科学的な事象として定義されたと言い換えてもいいだろう。
 ただし、それはタイムトラベルという思考実験を行うための方便としてであり、タイムトラベルそのものについて、科学面から突っ込んで考察したものではなかった。あくまで物語を語る上での「装置」としてタイムマシンは登場したのである。

 その後、相対論は十六年に一般相対性理論が発表されて完成、量子論も一九二〇年代に新たな発展を遂げ、二七年にボーアがコペンハーゲン解釈によって量子論の不可思議なふるまいを説明することにより、一応の完成をみる。

 SFの方は、これは皆さんもよくご承知の通り二六年に〈アメージング・ストーリーズ〉誌が創刊され、パルプ雑誌という形でアメリカにおいて急速に発展していく。特にアメリカSFの黄金時代(異論もあろうが)である五〇年代には、さまざまなパターンの時間テーマSFが続出した。
 そんな中、時間テーマSFの中には、過去の出来事を変えることで歴史が変化するかどうかというタイムパラドックスの問題を物語の中核に据えたものが登場し始める。このタイムパラドックスの処理については、大きく二つの立場がある。

 一つは、過去を変化させた場合、未来も変わってしまうという考え方。この場合、パラドックスが起こってしまう(未来が変わった時点で、未来から過去にタイムトラベルする必要がなくなる。つまり結果によって原因が消えてしまうから)が、それは新しい時間線を持つ別の宇宙に乗り換えたと考えれば回避できる。いわゆる平行宇宙というヤツだ。この考え方でいくと、我々の知っている歴史や世界を守るためには、過去の改変を禁じなければならない。というわけで、ウィリアムスンの『航時軍団』やライバーの『ビッグ・タイム』といった「時間改変戦争」の概念、そしてアンダースンの『タイム・パトロール』に代表される時間警察のアイデアが生まれることとなった。

 さてもう一つの考え方は、過去の改変のように見えても、タイムトラベルも既存の歴史に織り込まれ済みであるというもの。最初の考え方に比べると俄然緻密でトリッキーなお話になるが、その分ヴァリエーションの広がりには欠ける気がする。ちなみに『ドラえもん』でのび太が骨折り損するときは大抵このパターンだったような。

 著名な短編でいうとブラッドベリの「いかずちの音」とハインラインの「輪廻の蛇」が、それぞれこの二つの立場を端的に表現している。未読の方は、どちらがどの立場をとっているかをぜひ確認してほしい。

 こんなふうに、タイムパラドックスの処理に複数の解釈が生まれたのは、先にも書いたようにSF作家にとってタイムトラベルは純粋に思考実験だったからだが、現実の世界では五七年に平行宇宙の概念がエヴァレットによってマジメに語られるようになっていた。これこそが、今日何かと話題となっている量子コンピュータや平行宇宙仮説の基となった「量子論の多世界解釈」である。

 もっとも、時間テーマSFが現実の物理学の知識を取り入れ、タイムトラベルの仕組みについて擬似科学的な説明を本格的にし始めたのは、筆者の記憶する限りではぐっと時代が下って八〇年のベンフォードによる『タイムスケープ』とホーガンの『未来からのホットライン』以降のことである(六六年に、時間が過去から未来に流れているというのは人間がそう感じているからに過ぎないという大胆な仮説を展開したホイルの傑作『10月1日では遅すぎる』が発表されているが、これも「思考実験」色が強い)。
 この二作には共通点が多い。まず、タイムトラベルできるのは物質ではなく情報のみだということ。そして、その搬送波としてタキオンを想定していること。さらに、タイムトラベルは過去へしかできないこと。といった具合である。
 特に『タイムスケープ』は、過去へ情報を送る仕組みのバックボーンとして、物理学者のジョン・ウィーラーとリチャード・ファインマンが四〇年代に確立した光量子力学の記述法をその基礎に置き、緻密な擬似科学理論を展開してみせたところが斬新だった(白状すると、筆者はアニメ『機動戦艦ナデシコ』のボソンジャンプ理論にこの理屈を応用させてもらった)。ようやく八〇年代になって、時間テーマSFも「思考実験」から「ハードSF」へと変わり得たと捉えてもいいだろう。

 さらに九二年、バクスターが『時間的無限大』でワームホールを使ったタイムマシンをSFに初登場させる。このアイデアは八八年に物理学者のソーンらが考え出したものだ(元々ソーンがワームホールについて考えるようになったのも、カール・セーガンのSF『コンタクト』に登場する超光速宇宙飛行の理屈を考えるよう、セーガンに頼まれたからというから、もはやどこまでが本物の科学でどこからが空想科学かわかったものではないところが実に愉快だ)。
 このタイムマシンが画期的だったのは、「安定したワームホールの存在」という一点さえ認めれば、理論上は実現可能なものであるという点がにある(しかもワームホールそのものも理論上は存在する)。つまり、タイムマシンは(理論上とはいえ)現実に作り得るのだ!
 また、このタイムマシンは量子論ではなく相対論に基づいた装置であるという点も見逃せない。なにせウラシマ効果によって作り出すというのだから、『タイムスケープ』の時間通信なんかよりよほどイメージが湧きやすい。そう筆者が思ってしまうのも、二〇世紀も後半になって、ついに相対論がスタンダードな世界イメージの基として広く喧伝され、一般に定着したからかもしれないが。

 ところが、バクスターが凄いのは『時間的無限大』の三年後の『タイム・シップ』で、今度は量子論に基づいたタイムトラベルを描いてみせたところにある。それもウェルズの『タイムマシン』の続編として。
 この作品は、九〇年代に入ってショアやドイッチェといった物理学者たちが、再び量子論のコペンハーゲン解釈に反旗を翻して提唱し始めた、エヴァレットよりも過激な多世界解釈を基にして、タイムトラベルの繰り返しの果てに無限に連なる平行宇宙へと物語を引っぱっていく。エヴァレットの多世界解釈を基にした平行宇宙ものは、例えば日本ではすでに山田正紀によって執拗に取り上げられていたが、バクスターはそれをタイムトラベルと絡め、時間テーマ=多元宇宙テーマであることを物理の側面からはっきりと描いたところがおもしろい。

 とまあ、ここまで見てきたように、時間テーマSFを更に細かくテーマで分類してみるとだいたい以下の三種類に分けられる。

A.タイムトラベルによって行った先の世界を描くことに主眼がある。
B.タイムトラベルによって生じるタイムパラドックスを描くことに主眼がある。
C.タイムトラベルを可能とする擬似科学的理論を描くことに主眼がある。

 本文の冒頭で行ったもう一つの分類法でいくと、1の装置を使わないタイムトラベルはAのパターンのストーリーが、2の装置を使うタイムトラベルはBのパターンのストーリーが多い。またCのパターンのストーリーは、当然ながら装置を使うタイムトラベルに属する。

 本文では歴史順にA、B、Cと新しいタイプの時間テーマSFが登場してくるのを振り返ってきたが、すべての時間テーマSFがこの順で移り変わっているというわけではなく、今でもこの三つのタイプの時間テーマSFは共存している。というより、やはりいまだにAのタイプが一番多く、Cのタイプの作品は極端に少ない。これは、タイムトラベルの持つ最も普遍的な魅力が、過去の世界への郷愁にあるからかもしれない。

 実は、クライトンの『タイムライン』も、タイムトラベルの仕組みとして量子テレポーテーションという最新のものを持ち込んではいるもののの、その最大の魅力は、過去へと飛ばされた主人公たちが中世ヨーロッパで繰り広げる活劇であり、一大チャンバラにある。つまり『タイムライン』は最新版『タイムマシン』というよりは、『アーサー王宮廷のヤンキー』の後継者と目すべき作品なのだ(蛇足だが、筆者の読後感としては、チャンバラへの執着心などはカーのタイムスリップ歴史ミステリに一番近い気がする)。

 なにはともあれ、百年かかったが今になってようやく現実の物理学と時間テーマSFとの距離がぐっと縮まったのは確かだ。二一世紀に入ってその先にいかなる進展があるのか、実に楽しみではないか。

【主な時間SFと物理発見年表】
1889年:『アーサー王宮廷のヤンキー』マーク・トウェイン
1895年:X線の発見。
      『タイム・マシン』H・G・ウェルズ
1900年:プランク、光の量子仮説発表。
1905年:アインシュタイン、光量子論、特殊相対性理論発表。
1913年:ボーア、原子の内部構造モデルを提案。
1916年:アインシュタイン、一般相対性理論を発表。
1923年:ド・ブローイ、物質波の概念を提唱。
1925年:ハイゼンベルグ、行列力学を完成。シュレディンガー、波動力学を完成。
1927年:ハイゼンベルグ、不確定性原理を発見。ボーア、量子力学のコペンハーゲン解釈を提唱。
1929年:『時間を征服した男』レイ・カミングス
1935年:シュレディンガー、思考実験「シュレディンガーの猫」を発表。アインシュタインとローゼン、ブラックホールの元となるアイデアを発見。
1939年:『闇よ落ちるなかれ』L・スプレイグ・ディ・キャンプ
1941年:『時のロスト・ワールド』エドモンド・ハミルトン
1951年:『イシャーの武器店』A・E・ヴァン・ヴォクト
      『ビロードの悪魔』ジョン・ディクスン・カー
1952年:「いかずちの音」レイ・ブラッドベリ
      『航時軍団』ジャック・ウィリアムスン
1955年:『永遠の終り』アイザック・アシモフ
1956年:『夏への扉』ロバート・A・ハインライン
1957年:エヴァレット、量子力学の平行宇宙解釈を提唱。
1958年:『火よ燃えろ!』ジョン・ディクスン・カー
1959年:「輪廻の蛇」ロバート・A・ハインライン
1960年:『タイム・パトロール』ポール・アンダースン
      『ゲイルズバーグの春を愛す』 ジャック・フィニイ
1961年:クルスカル、回転しないブラックホールを記述する完全解を発見。
      「たんぽぽ娘」ロバート・F・ヤング
      『ビッグ・タイム』フリッツ・ライバー
1963年、カー、回転するブラックホールを記述する完全解を発見。
1964年:『タイムマシン大騒動』キース・ローマー
1965年:『時の歩廊』ポール・アンダースン
1966年:『10月1日では遅すぎる』フレッド・ホイル
1967年:『テクニカラー・タイムマシン』ハリイ・ハリスン
1969年:『この人を見よ』マイクル・ムアコック
      『時間線を遡って』ロバート・シルヴァーバーグ
      『バーサーカー 皆殺し軍団』フレッド・セイバーヘーゲン
1970年:『時の罠』キース・ローマー
      『ふりだしに戻る』ジャック・フィニイ
1973年:『愛に時間を』ロバート・A・ハインライン
      『時間衝突』バリントン・ベイリー
1974年:「ここがウォネトカなら、きみはジュディ」F・M・バズビー
      「時間飛行士へのささやかな贈物」フィリップ・K・ディック
1976年:『スペースマシン』クリストファー・プリースト
1977年:『タイム・ストーム』ゴードン・R・ディクスン
1978年:「超低速時間移行機」イアン・ワトスン
1980年:『タイムスケープ』グレゴリー・ベンフォード
      『未来からのホットライン』ジェイムズ・P・ホーガン
1982年:「見張り」コニー・ウィリス
1983年:『アヌビスの門』ティム・パワーズ
      『ミレニアム』ジョン・ヴァーリイ
1985年:『プロテウス・オペレーション』ジェイムズ・P・ホーガン
      「ミラーグラスのモーツァルト」ブルース・スターリング&ルイス・シャイナー
1988年:ソーンら、ワームホールを使ったタイムマシンについて発表。
      『ライトニング』ディーン・R・クーンツ
      『リプレイ』ケン・グリムウッド
1989年:『黒い時計の旅』スティーヴ・エリクソン
      『テラプレーン』ジャック・ウォマック
1990年:『タイム・パトロール/時間線の迷路』ポール・アンダースン
1992年:『時間的無限大』スティーヴン・バクスター
      『ドゥームズデイ・ブック』コニー・ウィリス
1993年:『グリンプス』ルイス・シャイナー
1994年:ショア、量子コンピュータのアルゴリズムを発見。
      『さよならダイノサウルス』ロバート・J・ソウヤー
1995年:『タイム・シップ』スティーヴン・バクスター
      『時の旅人』ジャック・フィニイ
      『リメイク』コニー・ウィリス
1999年:『タイムライン』マイクル・クライトン

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