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【西安】あこがれの古都・長安(三)殺風景な楊貴妃の温泉

「これが……楊貴妃もつかったという温泉……!」
 無色無臭の湯に身を沈めながら、わたしは1300年ちかくも前に、楊貴妃がその肌を洗っていたとかいう様子を想像し……そして、想像しきれなかった。
 だって、殺風景な狭い個室で、風情もなにもあったもんじゃなかったし。

 西安から東へ、直線距離にして20Kmほど行ったところに〔華清宮〕なる温泉地がある。
 皇族などが利用する、一千年以上も前の高級リゾート地である。

 一年の半分ほどを、楊貴妃と玄宗皇帝はここで過ごしていた、とも言われる。
 楊貴妃が使用していたとかいう石積みの浴槽はとてもひろく、まあ遺跡としての扱いで、見学もできる。
 皇族しか使ってはいけない温泉の他に、身分に応じて各所に浴槽があったとか。

 温泉はいまも噴き出しつづけているので、観光客むけに個室風呂が用意してあった。
 それはもう、地味でそっけない個室で、室内のどこを見わたしても、楊貴妃的ロマンスのかけらもない
 だからもう、ひたすら『わたしは楊貴妃とおなじ湯につかってる……つかってるんだ……!』と念じるよりほかになかったわけで。
 お肌がつるつるになった、かどうかは定かではない。
 そもそも30分ていどの利用で、肌がどうこうなるわけでもなし。

 ほどなくして後……。
 この〔華清宮〕が、豪華にリニューアル・オープン!
 現代建築ながらも、唐の時代の豪華な雰囲気をあじわえる、きらびやかな宿泊施設!
 唐の宮廷料理も味わえる!
 唐時代のコスプレ衣装も充実!
 噴水広場的な場所には、エロい楊貴妃の、白亜の半裸像!(いや、これは前からあった気がする)
 なんなら、詩人・白居易が、亡き楊貴妃をしのんで作った長〜い詩〔長恨歌(ちょうごんか)〕のステージも楽しめる!
 漢詩をどうステージで表現するのかは知らないけれど、たぶん、演劇じたてになってるんじゃないかなとおもう。

 宿泊施設には、各部屋に個室風呂がついていて、シンプルながらも上品な内装。
 日本の温泉宿は、ガチの和風なんてそんなになくて、いわば『和モダン』の風情を醸しているけれど、それと同じで『唐モダン』みたいな雰囲気。
 さて、気になるお値段は……え、2000元だの3000元だのという、えらい数字がならんでいるんだが……。
 日本円にして3万だの五万だのに相当するんだけど……!
 きらびやかな分だけ、お値段も楊貴妃級になってた。

 この華清宮、楊貴妃のロマンス一色にそまっているけれど、もともとはその100年も前(640年ごろ)に建造されていた。
 その名も〔温泉宮〕なり。
 身も蓋もない、そのまんまなネーミングで、華清宮と改称されたのは、楊貴妃の時代となった747年のことであった、と付記しておく。

 華清で撮った写真が残ってなかったので、以下、中国の検索サイト・百度で検索してみた結果の画像でお茶を濁します。

百度(BaiDu)で華清宮を検索してみた結果


          ◯

 羊肉泡饃(やんろうぱおもー)。
「西安にいったら、それが名物だから絶対に食べてきなよ」
 と友達に強く勧められていた一品。

 華清宮の温泉を堪能したわたしは、西安市内へもどると、駅前ちかくの路地へふらっと入り、「羊肉泡饃」という看板を発見した。
 これは、羊肉の澄んだスープへ、ちぎったパンを放り込んで食べる料理だ。
 パンは、自分でちぎることになっている。
 細かくちぎればちぎるほど、
「お客さん、通だねえ」
 と店主から褒めてもらえるらしい。

 スープが出る前に、まず、ででーんとパンが出てくる。
 というより、ナンに近い。
 それをひたすら細かくちぎってゆき、お皿へ盛る。
 やがて、店員さんがその皿を回収する。
 次に現れた時には、自分でちぎりつくしたパンを放り込んだ羊肉スープが登場する、という段取りだ。

 具は羊肉を主役とし、きくらげ、ネギ、香菜(パクチー)、春雨などなど。

 羊肉は、日本では臭みがあるとか言われて、そんなに好まれない傾向にあるけれど、中国で食べた羊肉は、さほど気にならなかった。
 この羊肉泡饃も、ほどよい塩味がきいた上品な味わい。
 中国では豚肉料理が主力ではあるものの、羊肉料理はその次くらいに勢いがあるメニュー。
 イスラム教徒も案外といる関係上、羊の需要がある、という事情も。

 わたしがふらりと入った、路地奥のお店では、上記のとおり上品な味わいだったけれど、お店によってはラー油をちょっぴりかけたりもする。
 
 でもね……。
「ぶっちゃけ、通とか呼ばれないでもいいから、お店で細かくしててくれると、いーなー」
 そう思っていたわたしは、別の日にふとみかけた、場末感ただよう路地奥の店で、またも羊肉泡饃を頼んだ。
 髭の太った店主が、
「自分でちぎるか? 俺が刻んでやってもいいが」
「ぜひ、おじさんにお願いします!」
 あのパンちぎりは、一度体験すれば、それで充分。
 結果……。
「おおお、めっちゃ細かい!」
「プロの技だね!」
 わたしも相棒のぷち子も、むしろこっちを喜んだ。

 結論。
 なにごとにつけ、プロの技がいちばん美味しくいただける。

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