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【那須】 北温泉再び(四)九尾の狐の殺生石

 奥那須の夜は、じつに寒かった。
 押し入れに予備の毛布があるので、それを引っ張り出せばよいものを、それも面倒で、
(寒さより、眠気とめんどくささだ!)
 ものぐさな性格のわたしは、我慢する能力が高いかもしれない。

 3月の山奥の朝は、まだ緑は少なめとはいえ、なんとも爽やかな空気につつまれている。
 そんな中を、Cさんと一緒に昨夜とおなじ〔芽の湯〕へ向かう。
 湯殿は朝日がきらきら映えていて、高い位置にあるだけに、窓の外で拡がる山の緑が、目にも眩しい。
 夜に冷えた身体が、みるみる温まってゆく。

 さて、ここからが朝ごはん。
 昨夜の鍋の残り汁をかかえ、いざ炊事場へ。
 家から持参していた2合分の冷や飯を投入し、卵3つを溶いて、ふつふつと茹だったところへ掛け回し、ふたをする。
 半熟の頃あいをはかって、火をとめたら完成。

「昨日とはまた違う味わいだね」
 3人一致の意見で、熱々のそれを口へ運んだ。
 宿の食事も、そりゃ醍醐味だけれど、こういう自炊は今ここでしか味わえない、非日常の、そのまた非日常だった。

北温泉のお猫さま
北温泉の売店
さよなら北温泉、また来るね

 2日目の予定は決まっている。
鹿の湯いきたい!」
 Cさんの希望により、帰りの道すがら通ることになる殺生石へ向かった、
 他にも自作の『旅のしおり』にて、那須どうぶつ王国でカピバラと触れ合うのを筆頭に、那須ハイランドパークだの、ホテルエピナール那須のおしゃれなランチ&温泉パックだのを行き先候補として羅列しておいたが、
「やはり、殺生石しか勝たん」
 わたしなどは九尾の狐・玉藻前(たまものまえ)さまの大ファンなので、そのすぐ麓にある鹿の湯は大歓迎である。
 どのくらいの大ファンかというと、去年の3月に殺生石が割れたと知った瞬間、いそぎ車を走らせて、その割れっぷりをこの目で確認しに出向いたくらい。
 ──九尾の狐さま、ついに復活か!
 ──人間どもへの復讐の時、至れり!
 などと無責任な想像に胸を躍らせながら。

 実際はいきなり割れたわけではなく、数年前から亀裂がはいり、ワイヤーで繋ぎ止めていたものの、金属だから強烈な硫黄にすぐ腐食して、ついにその時が到来した……という流れらしい。

 京の都から、はるばる那須にまで追いやられ、最後には武士の上総介に討ち取られた玉藻前さまに思いをはせながら、その脇にある温泉神社へも詣で、〔九尾のおまもり〕を購入し、ついに〔鹿の湯〕へ。
 朝に入浴してからほどよい時間が経っていたので、そろそろ次の湯への頃合いかな。

割れた殺生石
九尾のおまもり

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