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ある冬の夜のこと。


中々寝付けなかったある冬の夜。
息も白くなるくらい冷え込んだ日だったが、私は深夜の街へ繰り出した。
街は静まり返り、遠くの国道を走る車の音が時折聞こえてくる。まるで世界は眠っていて、起きているのは自分だけのように感じる。そんな風に思えてくるこの時間帯が私は好きだ。

どれくらい歩いただろうか。
動いていたのと外の気温にも慣れて寒さをあまり感じなくなった頃、歩道橋にたどり着いた。この歩道橋の下には線路と小さな車両基地がある。昼間は電車が行き交い賑やかなこの場所も真夜中となれば暗闇と静けさに包まれている。灯りを落とした電車はどこか不気味でこの世のものではないような雰囲気を醸し出している。
足早にこの場を過ぎ去ろうと階段を上り歩道橋を渡り始めた刹那、耳に「ビュゥゥゥー」と風の音が届いた。それと同時に「カツン、カツン」とどこからか靴の音が聞こえる。先程まで近くに誰も居なかったはずだ…。
「何かヤバい」と全身に鳥肌が立った。
足音を立てないように階段へと向かい、息を潜めながら下を覗くとそれは居た。
暗闇の中、街灯に照らし出された赤いリボンがよく目立っている。手元にはうさぎだろうか、大きなぬいぐるみを抱えていた。
思わず「うっ…」と声が漏れそうになる。その子がこの世のものでは無いことは明らかだった。こちらの存在に気付かれてしまえば終わりだと思ったが怖くて体が動かない。
風の音に混じって届いた靴の音はまだしている。まるで誰かを探しているかのように……。

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