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不幸中毒

あ、なんかつまんないな。
そんなことを思ったのは仕事に向かう道中のことだった。

高卒ニートだった私は、3月に内定が決まり、気がつけば社会人になっていた。

朝目を覚ますと、おはようと笑いかけてくれる恋人が隣にいる。
仕事も無事に決まった。
私は満ち溢れていた、これを望んでいた、幸せだって言っても嘘ではなかった。

でも何故か、つまらないな、と思ってしまった。私が望んでいたものはこれではない。そんな気までしてしまっていた。

私は長い間、自分が幸せではないことを自覚していた。そしてそれを笑い話にしていた。鬱で高校生活の半分は不登校、半年の精神科入院、1年半の浪人生活の後のニート生活、常に金欠で借金がある。家に居場所はなく、部屋として認められてすらいない日の入らない自室で息を潜めて過ごしていた。それが私にはお似合いだと思っていた。

変わってしまったのは約1年前。彼氏と同棲し、職業訓練校に通い、就活をし、10社面接を受けてやっと手に入れた内定、スタートした社会人生活。

これを求めていたはずなのに、何か違うと思わずにはいられなかった。

私って、もっと不幸でいるべきだよね。

無自覚に私は不幸を欲していた、不幸であることに慣れ親しみ、不幸であることに安心し、不幸だと自覚した時初めて自分が自分であると思えたのだ。

そう、私は不幸中毒だった。

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