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わたしが知らなかっただけで

戦争のニュースを知ったとき、心に湧いたのは恐怖と無力感だった。それから何かしたいと思ったときに、私は自分が嫌になった。明らかな「侵略戦争」はなかったかもしれないが、いつだって地球上のどこかでは戦争や紛争が身近にあることを、本当はわかっていたくせに。どうしていまだけ、何かしたいなんて思うのかと。
だけど何もしないのも落ち着かなくて、光熱費の支払いがてらコンビニで募金をした。

募金は今月の収入の6%ほど。税控除があるのか確かめた自分を浅ましいとも思ったが、しなくていいほど豊かな暮らし向きではないのだ。毎年どこかしら喜捨はしていた。近ごろ募金や寄付よりふるさと納税を選んでいたのは、確定申告がいらないからだった。

戦争といえば、日本に住む限りどうしても太平洋戦争のことが浮かぶ。

園児のころ、知覧で見た特攻隊の話はまだわからなかった。
大人になって行った予科練平和記念館では、少年としか呼べない若い人たちが、戦地に行くまで過ごした日々を生々しく想像した。戦争が始まったころにはそれほど検閲も厳しくなかったのか、彼らの手紙から、勝ち目はないと悟りつつも家族の暮らしのために入隊を選んだのがうかがえた。

基地や工場を狙われ、空襲で亡くなった兵士や民間人の数が、映像で淡々と語られていたのを覚えている。

太平洋戦争において、戦闘で「華々しく」散った人はごくわずかだろう。多くの兵士は飢えに苦しんで亡くなったことも、降伏が長引いたばかりに空襲で民間人の命が奪われたことも、いまは知っている。どんな理由をつけたところで、そもそもこの戦争が私たちの国から端を発して始まったことも。
「多くの犠牲の上の平和」なんて言うけれど、本当にそうだろうか。戦争さえ起こさなければ、死なずに済んだ人が大勢いただけじゃないだろうか。

戦争のことを学ぶとき、大抵は戦場の兵士の、男性の顔しか浮かばない。あるとき、少女たちにとっての戦争を知りたくて、『cocoon』(今日マチ子)を読んだことがある。もちろんフィクションだけれど、沖縄戦が題材の物語だ。
どんなに酷い世界に置かれても、生きる限り私たちは生きていくしかない。血塗れの人が呻く中でも食事を摂るだろうし、ときには恋をすることだってある。
戦争は非日常ではない。そこに置かれれば日常になってしまう。

命が危うい状況にあれば、私はひどく冷酷な判断だってするはず。自分の人間性なんてそんなものだと思っている。大事な人よりは、そうでないものを切り捨ててしまう。そして、こんな情けない我が身でも、たぶん惜しいのだ。

私たちのうちの大勢は、戦争になっても得はしない。望んでもいない日常に投げ出され、自分と他者の残酷さに打ちのめされて死んでいくだけ。だから私は戦争が嫌だ。

現代は悲しい。世界の情報はいくらでも入ってくる。恐ろしい思いをする誰かがいることをいつでも覚えていたら堪えられないから、どんなニュースもすぐに忘れてしまう。見ないようにしてしまう。自分の怠慢を拭えはしない。でも、それでも平和を願っている。

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