24/9/30 レビューの話

最初はクレイパックだった。
そのむかし、まあかなりむかし、私はろくに化粧もしないくせに化粧品の口コミサイトをしょっちゅう眺めていた。ひとつのモノに対して膨大な数の人間がコメントを寄せるのは考えてみればすごいことで、大きな川が流れるのをなんとなく眺めているようなぼんやりとした面白さがあった。
そのパックは、粉末状の粘土に水を加えてペーストにして顔や体に塗り、しばらくしたら洗い流すというもので、いわゆる自然派化粧品としてそこそこ人気がある。
くすみが抜けた気がします。また使いたいな。星5
みたいなあっさりした短文もあれば、ヨーグルトをまぜるとさっぱりするだとか、バラやラベンダーの芳香蒸留水で溶くといい香りでリラックスできるだとか、独自のアレンジを紹介してくれる口コミもある。
シンプルな商品だけに使い方を工夫したり、なにかと組み合わせたりとバリエーションがあって、なかなか楽しい。
さらさらと読んでいくと、他より長い投稿が目に入る。
それは口コミではなかった。
「わたし」が友人数人とお泊まり会だか温泉に行くかして、そこでみんなでクレイパックを使ってみるという場面が描写されている。
「XXXさん、肌きれい〜」
「XXX、ほそ〜い、スタイルいい〜」
とかいったセリフがならび、友人たちはやたらと「わたし」の肌に触れてうっとりしている。クレイパックに何を混ぜたとか、使用感がどうだったかとかいった記述は全くない。
なんだこりゃと思いつつ、いや、思ったからこそ最後まで読んでしまい、気づけばその投稿者の個人ページに飛び、口コミを遡っていた。
彼女(とは限らないが)の口コミはすべて、同じ調子だった。
口コミ投稿欄でシリーズものの物語を綴っていたのである。
そこでは化粧品は小道具でしかなく、「わたし」がいかに美しく、まわりから好かれ、頭も良く、家柄も良いかを語るためのネタとして使われていた。
たとえば、マスカラ。
部活の先輩が引退する際に「わたし」は、椎名林檎をイメージした、ちょっと着崩した着物で琴を弾く。和服に合わせて、ツヤのあるフィルムマスカラでまつげを黒く染め、あえて下向きにする(「わたし」はフランス人とのクォーターで、色が薄く、くるんと上向きの長いまつげの持ち主なのだ)。当然パフォーマンスは大好評で、先輩は大感激である。マスカラが塗りやすいとか落ちにくいとかの情報はない。
たとえば、香水。
高校のミスコンで一位になった「わたし」は放送部にインタビューされて「ヴィヴィアン・ウエストウッドが好き」と言ってしまい、翌日から大量の香水が届く。ヴィヴィアンならなんでもいいってわけじゃないのに、みんなオーブマークが付いてれば喜ぶと思ってるのかな。男子って幼い。それに素敵なレディになるまで香水はつけないって決めてるのに。と「わたし」は不満げである。もちろん、香りや持続性の話はない。
他にも、化粧品がなんだったかは忘れたが、誕生日に父親からおばあさまの形見のアンティークの指輪を譲られたり、指が細くてその指輪がぐるぐるなので医者の彼氏が仕事を抜け出して十八金のチェーンを買ってきてペンダントにしてくれたり、病院に行けば看護師に「天使がいる〜」とひそひそされたり、ヘアサロンでは美容師に「XXXちゃんだけだよ」とカードにスタンプを余計に押してもらったり、大学の研究室で教授に贔屓されてちょっとこまったりと、シチェーションは多岐にわたる。しつこいようだが、化粧品の評価はほぼ出てこない。
ちなみに「物語」と書いたのはときどき設定におかしなところがあるからである。学部(医学部)一年生で研究室に入っていたりとか。彼氏も医者として働いているには年齢が低すぎたりとか。
しかしなんだかんだいっても、人気の化粧品をネタに手を替え品を替え同じテーマを見せてくれる物語は読んでいて楽しかった。
やがて時が流れ環境が変わって忙しくなると、私ものんびり口コミの川面を眺めてもいられなくなり、一連の投稿を読むことはなくなった。
「わたし」はいまどうしてるんだろう。
小説とか書いていないかしら。

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