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島嫁の憂鬱【in AKIKO's case】vol.6

 亜紀子がそんな変化を遂げつつある中で一郎の口から離婚理由が告げられる日がやってきた。出産から四五日目、離婚したいと一方的に告げられてから三五日目のことだった。

 やはりそれはオンナだった。

 半ば予期はしていたものの、一郎と出会ってまだ一年、出産後十日目にして告げられた離婚のその理由が「新しいオンナができたから」とは、うら若き新妻・亜紀子にして信じ難くも、呆れ果てるより他の反応を思いつかない、まさしくバカすぎる離婚申立てだった。

 オンナは一郎が週に二度通っているテニスサークルに半年前に新規入会したメンバーで、亜紀子同様に本土出身者であり、年齢は亜紀子より若く、まだ二十歳。「亜紀子が妊娠五ヶ月目のころに軽い浮気のつもりで、そう、言わばセックスフレンドのような関係だったのだが、逢瀬を重ねるうちいつの間にか本気で惚れてしまった。きみと離婚としたら俺は直ちに結婚するつもりだ。俺は真剣に考えてそうすることに決めたんだ!」などと一郎は至極真顔で語ってくれたものだから亜紀子の全身には怒りからくる震えが走ったし、そのようなふざけた説明を聞かされて、亜紀子の胸のうちには一つの疑念が沸き起こった。『こいつ、もしや世間で言うところのナイチャー食いなのではないのか?』

 無論、世間と言ってもあまり広い範囲の世間ではなく、石垣島界隈の、それも比較的若い世代を指すところの世間である。ナイチャー食い。言い換えればナイチャーマニア。本土出身者の女性に対して特に強い興味を示し、確信犯的に本土出身の女性ばかりを狙う島の男性が存在することは以前から噂には聞いていたのだが、まさか自分の夫がその手合いだとは思ってもみなかったし、思いたくもなかった。ましてや自分は本土からわざわざ嫁いできて、夫が望むまま妊娠出産までしたのに一年と経たぬうちに次の女を物色していたとは許せない。小中学生の恋愛ごっことは訳が違うのだ。あっという間に結婚したが、あっという間に離婚なんて断じて認めない。だいたい生まれてきた子供はどうするのだ。結婚離婚また結婚だと。ふざけるな。徹底抗戦だ。それしかない。夫から離婚申立ての理由を聞かされた亜紀子はそのように心に堅く誓ったのである。

 だが亜紀子が置かれた状況はそう甘くはなかった。離婚理由開示の翌日には、今度は姑が次なる攻め手を繰り出してきたのである。曰く。「息子と離婚したあと母子家庭とさせるには忍びない。亜紀子さん、あなたはまだ若く、今後のこともあるだろうから生まれてきた男の子は私どもが引き取るので、どうぞ子供はおいて行ってくださいな。あなたも独り身のほうが何かと動き易いでしょう。まだ若いのだから子供はこの先まだまだ産めるんだから。ね、そうしないさい。悪いこと言わないから子供は渡しなさいよ。ね、それがアンタの為なのだから」と。

 あまりに人を食った提案に亜紀子は怒りを飛び越え思わず馬鹿笑いをする。「イヒヒヒヒヒヒ。アハハハハハ。何をバカな事を言ってるんですかお義母さん。お義母さん、お義母さん、いいですかお義母さん。私は、離婚は絶対しませんって何度も言ってるし、もし仮に離婚したところで、なんで、どうして、如何なる道理があってお義母さんに子供を引き取ってもらわなきゃならないんですか。ウヒャヒャヒャヒャヒャ。それって可笑しくないですか。変じゃないですか。オホホホホホホ。絶対に変ですよ。おかしいですよ。かなりおかしいです。おかしいどころか非常識だしバカバカしいです。馬鹿げたことを言ってるご自覚がありますか?だってだって、だって、いいですか、この子は私が産んだ子なんですよ。そうですよね。

ん?

え?

は?

もしかして最初から子供だけ奪い取ろうって魂胆だったんですか!?ウハハハハハハ!そんなこと絶対絶対絶対させませんから。はい。出産後十日目に『離婚してくれ』で、今度は『離婚して子供も渡せ』とはあまりにも人を馬鹿にしすぎではないでしょうか。私はあなたたちの下僕ですか?奴隷ですか?妊娠出産マシーンですか?断じて言っておきますが、違いますから。ウフフ。私は負けませんよ、お・か・あ・さ・ん」亜紀子は高らかにそう宣言した。(つづく)

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