見出し画像

「アメリカ(リベラル国際)世界秩序の終焉」後の世界をどう生きるか。

アミタフ・アチャリアの「アメリカ世界秩序の終焉ーマルチプレックス世界のはじまりー」を読み終わった。

この本で言う「アメリカ世界(リベラル国際)秩序」とは、米国主導の戦後国際システムのことで、それは内実として米中心で西ヨーロッパや豪州のことである。
地域的に言えば「大西洋を囲む同志グループに限定されたもの」であり、この秩序の外側に置かれている、特に開発途上国にとっては決して好ましいものではなかった。(*アチャリアは朝貢貿易による中華世界秩序と内実は大して変わらないということを述べている)
同様のことを「ビルマ その危機の本質」の著者タンミンウーやスピヴァクなどグローバルサウス出身の人々が再三指摘している。

現代は戦後長く続いた「アメリカ世界秩序」が崩れつつある。
「アメリカ世界秩序」はイコール「アメリカ」ではない。アメリカが国力を取り戻したとしても「アメリカ世界秩序」は衰退していくだろう、その衰退を悲観的に捉える人が多いが、今後の変化を悲観的に捉える必要はない、というのがアチャリアの主張だ。
また「アメリカ世界秩序」の次は中国の台頭を予想する人もいるが(本書でも出てくるが)、中国がこれまでの米国の位置につくことはないだろうと言っている。

今後来る世界は、一国が中心になって世界秩序を管理するようなものではない。多くの国々の秩序が拮抗する「多極化世界」でもない。
国や団体、企業、個人がそれぞれ力を持ってバランスを取る「マルチプレックス世界」が「アメリカ世界秩序」にとって代わる(国際機関は残るが、相対的に力が弱まる)のでは、と述べている。

以前から「たぶんこういう世の中になっていくだろうな」と思っていたことが書かれていた。恐らく読んだ人の多くが本書の総論については「まあそうだろうな」と思うんじゃないかと思う。
それが何故そうなるのか、そうなったときにそれぞれの地域はどう変化していくのか、ということが詳しく述べられている。
ここが面白かった。

本書はウクライナ侵攻の前に書かれた本だが、アチャリアが述べている考えや構図はウクライナ侵攻ではっきりと浮彫りになった。
いわゆるグローバルサウスの国は、多くは侵攻自体は批判しながらも経済制裁など、実質的な事柄については欧米とは歩調を合わせようとはしていない。

バイデン大統領は記者殺害疑惑をめぐってそれまで親米国家だったサウジアラビアと急速に仲が悪くなったが、ウクライナ侵攻が始まって国内でガソリンが高騰し始めた途端、原油の増産を求めてサウジアラビアを訪問した。
だがOPECは応じず、むしろ減産を決定している。

米国が主導する西側諸国にとって、中国やロシアなどの権威主義国に対抗する上で、同盟国のサウジアラビアをはじめとするイスラム諸国が中国に傾斜するのは最悪のシナリオだ。(略)
バイデン大統領は7月、人権問題を巡って就任前から批判してきたサウジを訪問した。(略)
バイデン氏がサウジ訪問時、国内インフレ対策のため原油増産を要請したのに対し、サウジが主導する石油輸出国機構(OPEC)加盟国とロシアなどでつくる「OPECプラス」は10月、大幅減産で合意した。(略)
メンツを潰された格好のバイデン氏は、対サウジ関係の「再構築」を表明せざるえなかった。

(引用元:2022年12月10日(土)読売新聞3面/太字は引用者)

ロシアの意向が働いたのかもしれないが、基本的に中東などの国々はどちらの側にも肩入れしている風ではないので、アメリカと関係性が良好であればこういう結果にはならなかったのでは、と思う。

「アメリカ世界秩序に組する国々」は、現在の世界の構造は主に西側諸国(グローバルノース)の経済的利益に基づいて構築されていることは考慮せず、表に現れた物事を批判する向きがある。スピヴァクはそう五十年近く前に批判している。
タンミンウーはもっと露骨に、「自分たちの利害が絡まない場所にだけ、その現場の状況には何も関心は払わずに都合よく理想や正義を押し付ける」と批判している。

ガソリン高騰によるアメリカの動きを見れば、そう言われても仕方がない。
自分もその場所に住む人々が苦しんでいるのであれば問題解決に力を貸すべきだと思うが、それはあくまでその場所に住む人々が現在どのような状況で、どう生きたいかという事情を知ってだと思う。
その国の状況や歴史を考慮せず自分たちの考えが正しい、従うべきという考え方なら、主張することが変わっただけで発想は戦前の植民地支配と大して変わらない。
そういう傲慢さが批判されているのだと思う。

先日12月8日には習近平はサウジアラビアも訪問している。
中国は4月には豪州の裏庭と言われる島嶼国も訪問し、オーストラリアやニュージーランドの懸念を受けてアメリカも外交に力を入れ出した。
今日12月14日(水)は、英国のクレバリー外相がインドやインドネシア、ブラジルなどの新興国との関係強化を目指す外交目標を発表している。

日本では12月10日(土)に「経済産業省がコンゴとの関係を強化する」ことを発表している。
リチウムイオン電池に必要なコバルトは、7割をコンゴが生産しているらしい。レアメタルも日本は海外に頼らざるえない。

資源の宝庫であったり、地政学的に重要な国の取り込みに、欧米中が必死になっている。これからの時代はそこが争点になっていくだろう。
読めば読むほど「日本は持たざる国なんだなあ」と思わざるえない。と言うより、「持たざる小さな国だ」という発想で今後の世界ではやっていくほうがいいと思う。
人口も減っていって、食糧自給もままならず資源もない。
そういう国がこれからの世界をどうやって生きていくか。

中国やアメリカなどの大国とも交渉出来るという実績を積み重ねて東南アジアの中でリーダーシップを任せられるようになって、その中で寄り添い合って生きて行く。
そうして地域の勢力を背景にして他地域と付き合っていく。
個人的にはこういう方向性がいいのではと思う。
欧米と距離を取れというのではなく(それはそれで現実的ではないと思うので)もう少し独自の立ち位置を模索してもいいのではないか。(そのほうが人権問題についても、効果的な意見や干渉をしやすいと思う)
自分が見ている限りだと、やはりアメリカに追随することが基本姿勢に見えるが、欧米もポピュリズムが台頭しているので一朝一夕で方針が変わる可能性があり以前ほどリスクがないと信頼できない。

アチャリアは本書の中で、日本は東南アジアの地域安全保障に関してはアメリカに追随せず独自の枠組みを構築していると言っている。アジアやアメリカの様々な人の意見を見るとどうも外からみるとそうらしい。
中にいると全然そうは思えないが(ASEAN各国やインド・パキスタンにそんなに影響力がありそうに見えないのだが)そうだと言うなら今後も続けて欲しい。

「アメリカ世界秩序」が崩れ、今まで普遍的に見えていた諸々の価値観がそうではなくなっていくのは恐らく止められないだろう、ということはわかる。
「アメリカ世界秩序」の構成員ではなく、「日本が」今後の世界でどう生きていくか。それを明確な生き残りの指針をもって行って欲しい。
前からそう思っていたけれど、本書を読んでそういう思いをさらに強くした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?