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5月22日と23日の日記

 キャンパスの食堂が入っている建物の脇に、小さいスペースがある。学校で野球部や陸上部が使うような砂地で、バスケットボールが数個と2つのバスケットゴールが置かれている。ゴールはリングとネットが両方ともある、普通のものだ。平日の昼間に男が何人かでプレイしているのを、プラスミドの環状DNA塩基配列のうち一部分だけを強調して示したような形の食堂から出る所で何度か見たことがあった。
 前日にCMを見てから楽しみで仕方なかったIPPONグランプリがなんだかつまらなくなって、私はテレビを消した。最近ハマっていた野田クリスタルがAブロック最下位で敗退した辺りがピークで、決勝戦までは興味がもたなかった。かまいたち山内やバカリズム、麒麟川島がものすごい勢いでIPPONを連発していたのに、5人いる回答者の真ん中で野田クリスタルは何回も0点を出していた。

 革のベルトを外し、シャワーを浴びるつもりだった私は、ふとキャンパスのバスケットゴールのことを思い出した。
今からシュートを打ちに行くのはどうだろう。
 夜11時、昼間に降った雨はもうやんでいるが、多分地面はまだ濡れている。泥で大分服が汚れてしまうだろうが、すぐ帰ればいい話だ。
 私は財布だけ持って原付でキャンパスへ向かった。道はかなり空いていた。アクセルを入れて坂道を駆け上がった。私が通う大学のキャンパスは山の上の造成地とふもとのちょうど真ん中にある。何回目かのカーブを抜けると、真っ暗な建物の群れが目に飛び込んできた。雨のせいで気温がぐんと下がっていて、中のTシャツをインしていてもかなり体が冷えてしまった。

 例の食堂はもちろん明かりを落としていた。研究室に残って時間を潰していた学生が何人か歩いていた。私は打ちっぱなしコンクリートの階段を降りた。思った通り、地面は濡れていたがそこまで気になる程ではなかった。
 ボールを両手で持ち、左、右の順で踏み込み、足元から指の先、そしてボールへと真上へ力が伝わるようにジャンプ、最高点でボールを放つ。放物線を描いた球はリングをかすめもせず落下した。ボン、ボンとボールが地面と衝突する音が真っ暗な建物に反響した。
 何度かシュートを打つが、リングにはじかれたり、横にずれたりしてなかなか入らず、苦戦した。だが、五回目のシュートは、シュッという音を立ててきれいに決まった。
 そこからは3回に2回の確率で入った。一度コツを体が思い出すと、噓のように正確な軌道を指先でコントロールできるようになった。こうなると楽しくなってきて、スリーポイントを打ってみたり、バックシュート、フックシュートといろんなシュートを試した。ダンスなんかやったこともないけれど、踊ってるような楽しい気分だった。

 汗をかききった私はすっかり満足して、最後にフリースローを決めて深夜のバスケットを終えることにした。しかし、これがなかなかきまらなかった。
 フリースローというのは、ルール上足を別の場所へ動かしてはならないのだ。普通のシュートなら、左、右と順番に足をシュートの形に揃え、ジャンプしてボールを放つ。この時の強い踏み込みによって下半身に力がチャージされ、バネのように力を上部へ開放することでボールを遠くへ打つことができる。
 しかし、フリースローではこの踏み込みができない。するとどうしてもボールを打つ力は弱くなり、リングに届かない。ならばとばかり強く力を入れると、コントロールがぶれて弾かれる。
 これを決めたら帰るぞ、という自分で課したゴールが段々プレッシャーになってきた。するともう全く的外れな方向へボールは飛んでいく。
 一本さえ決めれば帰れるのになあ、さっきまで調子よかったのに全然入らんやんけ。なんかちょっとイライラしてきたわあ、もう簡単なゴール下決めて帰ってもええかな。こんだけ長いことやってたら誰か来るかもしれんし、早くしたほうがええやろ。
 だが、私はゴールを放り出さなかった。フリースローを投げ続けた。
 すると、段々体の感覚がつかめてきた。8回目、ボールが手から離れた瞬間、これだ、と思った。
シュートが決まった。風圧でネットがめくれ上がる、きれいな決まり方だった。

 私はそそくさとボールをゴール下に戻し、その場を立ち去った。
 よかった、決まった。途中で止めへんくて、よかった。
 眼前には、真っ暗な夜の中にオレンジ色の街が浮かんでいた。原付で坂を駆け下り、私は誰もいない家へと帰った。

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