三崎和雄が“家族”としてクレベル・コイケを支える理由
――RIZIN北海道大会は凄くいい大会でしたけど、メインイベントのクレベル・コイケ選手が計量オーバーとなってしまって……三崎さんはクレベルのセコンドにつかれてましたけど、以前からボンサイ勢とは親密な間柄ですよね。
三崎 言ってしまえば、彼らとはファミリーなんですよね。
――“家族”ですか! 今日は計量オーバーの件を含めて、ボンサイ勢とのその絆についてお話を伺わせてください。
三崎 わかりました。今回の経緯をお話しすると、クレベルはタイでキャンプをしていて2週間前に日本に帰ってきたんですよ。帰国時に最初に聞いたのは「体重どう?」と。クレベルは「あと2週間あるから大丈夫」という感じだったんですけど、実際にいつもに比べてそんなに超過しているわけではなく、2週間あればきっちり落とせる範囲の体重だったんですね。そこから順調に落ちてはいったんですけど……。まあ、クレベルは計量2日前の段階でいつも3.5キロ~4キロぐらいプラスで、計量前日に2キロぐらい落としちゃうんです。今回も計量前日に予定どおり2キロぐらいは落としているんですけど、これがいつもの倍も時間がかかっているんですよ。
――うわっ、その時点でちょっと異変を感じていたんですね。
三崎 普通だと、シャドーやミット打ちなどちょっとしたワークアウトをするとだいたい1・5キロぐらいは落ちちゃうんですけど、それが全然落ちなくて。追加でサウナで汗を出してやっと2キロを落としたんです。ただ当日、まあ時間があるから落とせるだろうという判断があったんでしょうけど……。じつは、ボクはちょっと別の用事があったので、計量の当日に北海道に入ったんですよね。
――そうだったんですね。
三崎 当日の14時ごろに北海道に入って。ホテルに着いたのは14時30分とか15時とか。なので、計量はサトシ(・ソウザ)に任せてたんですけど、当日はサトシから何度も電話がかかってきて「先生ヤバい、落ちないよ……」と。クレベルは最後はもう痙攣して汗も出ない状態になってしまったようなんです。
――汗が出ない状態なんてあるんですね……。
三崎 で、これははっきりと原因はわからないです。身体のメカニズムや体質にもよると思いますし、尿酸値も測っているわけではないので。ただ、想像ですけどおそらく身体の中に塩分が残っていたのかな、と。つまり、身体に塩分が残っていると水分をホールドしちゃうので、水が抜けないんですよね。
――浸透圧の原理で。
三崎 なので、よく水抜きでやるのは、身体の塩分濃度をなるべく薄くして、ほとんど塩がない状態にするんです。そうするとサウナとかに入ったときにギュッと水が絞られて脱水状態になるんですよ。減量というのはあえてその脱水状態をつくるというか、計量のときに一瞬だけ脱水状態にするんですよね。まあ、内臓にも負担がかかるし身体によくはないんですけど。今回のクレベルは、おそらく塩分が多少残っていて、最後に水が抜けない状態になってしまったと思われます。
――塩分濃度というのは、前日に食べた食事とかが関係するんですか?
三崎 いやー、たぶんですけど、タイから帰ってきてからの時間が短かったので。
――ああ~、タイ料理って塩分が高いと聞きますよね。
三崎 でも、2週間あるからそうじゃないという考えもできるし、真相はわからないです。いずれにしても、結果はオーバーになってしまったので、最後は400グラムをどうしても落とせない状態で規定の14時を迎えてしまったということですね。
――じゃあ、三崎さんがホテルに着いた時点で、もうアウトということだったんですね。
三崎 そう。ボクがホテルに着いたときにはもう彼らは部屋にいて、いつもの様子じゃなかったという感じでした。
――クレベル自身はどんな感じだったんですか?
三崎 いつもだったらすぐにハグして話をするんですけど、もうベッドに座ったまま下を向いて。クレベルの隣に座って肩を抱きしめたら、一気にブワーっと泣き出しましたね……。まあ、そのときはボクもあんまりいろんなこと話してもしょうがないんで、しばらくそのまま時間を過ごして。ただ、大事なことはもう1回気持ちを切り替えてリングに上がることなのでね。
――その時点では、鈴木千裕選手側の「試合をする」という判断はもう決まっていたんですか?
三崎 ボクがホテルに着いたときには、もう試合はやることにはなっていました。ベルトの行方やペナルティ云々はわからないですけど、試合は成立するという話で。だから、ボクはセコンドとしてしっかり戦わせないといけないので、どうやって気持ちを切り替えるか。その日は公開計量もありましたよね。だから、移動のバスの中でもずっとクレベルの隣に座ってましたね。
――また公開計量の場に出なきゃならないというのが精神的にきついですよね。
三崎 でも、ボクがクレベルに最初に言ったのは「チャンピオンも完璧な人間じゃない」と。「もちろん失敗することも間違いをおかすこともある。だけど、明日リングに上がったときは100パーセントのチャンピオンじゃないといけない。今回計量失敗してしまったことはしょうがないし、オマエも完璧じゃない、俺も完璧じゃない、だけど明日リングに上がるときは100パーセントのクレベル・コイケとして上がらなきゃいけない」……そんな話をしていました。
――クレベルはチャンピオンであり、当日はメインインベンターでもありました。
三崎 やっぱり、アマチュアとプロでは見られ方が違うし、チャンピオンになればさらに見られ方が違う。そこは絶対に付き纏ってくることで、プレッシャーや不安、孤独からは逃げることはできないんですよ。だから今回のクレベルはプロとしては失格ですけど、人生においては経験してよかったと思っています。いまの「よかった」という言葉は誤解しないでほしいんです。やっぱり人生すべてが順風満帆で終わるわけじゃないですから。こういうミスをしてクレベルがどうやってこの先、生きていくかですよね。
――計量が終われば、今度はリカバリーですよね。
三崎 リカバリーはね、クレベルはやっぱり落ち込んで食欲もないし、いつもだったら水分とったりいろいろやんなきゃいけないんだけど、何もできてないんですよ。でも、ボクの役目はメンタルを切り替えること、あとは身体をできるだけベストな状態に近づけること、もうこのふたつなので、水分補給や栄養補給をボクが頑張ってやるようにしました。それでもあんまり食欲がなかったから、関根(シュレック秀樹)さんや怪物くん(鈴木博昭)も含めてみんなでご飯にいって、いつもどおりの時間を過ごしながらご飯を食べるようにして。
――そして試合当日ですが、その日はどんなふうに迎えたんですか?
三崎 当日はね、これはやっぱりクレベルの凄いところで、ボクは隣の部屋だったんですけど、当日起きて顔を見たら、もう前日とは全然違う、いつもの戦う顔になってました。だから「ああ、これは何も心配ないな」と。クレベルはね、ファイターとしても強いんだけど、人間的な強さを持っている人なんですよ。生きるためのサバイバル能力というか。それは申し訳ないけど、サトシやマルキーニョス(マルコス・ヨシオ・ソウザ)よりもサバイバル能力がありますよ。
――それは何が違うんですかね?
三崎 サトシやマルキーニョスも貧しかったかもしれないけど、やっぱりお父さんの英才教育を受けたエリートだから。だけど、クレベルはただのやんちゃなブラジル人。
――「雑草魂」というか。
三崎 ホント雑草なんですよ。それがもともと持っているものなのか、環境のせいなのかわからないですけど、やっぱり細かいところにも気がつくし、それは自分がどうやって生き残るかを肌感覚でわかっている人間なので。
――危機察知能力が高い。
三崎 だから、自分が試合だろうがなんだろうがいつも周りのことを見ているし、とにかくめちゃくちゃ優しいんです。いちばん……と言ったら周りがどういうかわからないですけど、彼はいちばん優しいですよね。
――そして、試合は完璧でした。
三崎 まあ、試合というのはどんなに実力差があっても、リングに上がったら50:50だと思うんですけど、実力で言ったら相手には申し訳ないけど相当な差があったと思いますよ。だって、クレベルは世界の強豪と数々試合をしてきてますから。KSWだって並大抵の選手だとチャンピオンになれないですよ。言葉は選ばないといけないですが、オバケみたいな選手と試合をしたら普通は勝てないです(苦笑)。
――“オバケみたいな選手”って意味深です!(笑)。
三崎 だから日本での試合となると、試合の勝ち負けはわからないですけど、実力差は凄くあると思います。
――今回の試合は、千裕選手のハードトレーニングが注目されていましたけど、クレベル選手も確実に強くなっていますよね。
三崎 クレベルもね、最初はぜんぜんフィジカルトレーニングをやらなかったんですよ。ボクが彼と出会ったのは2011年なんですけど、当時はまだヒョロヒョロで。もちろんMMAをやっていなかった頃だけど。だから、フィジカルをやりはじめたのもKSWに出るようになってからじゃないですか?
――そこも“オバケみたいな選手”と戦うために……ってことですね。
三崎 マルキーニョスはウエイト大好きなんですよ。サトシはそんなに好きではないけど、ちょっとやるのかなあ。でも、クレベルは全然やらなかったです。でも、KSWでオバケたちと対峙するためには……ということだったんでしょうね。あと、強くなっているという意味では、世界トップレベルのグラップリング技術がある中で、クレベルは打撃でもキックボクサーとやりあえるぐらいの実力はあると思いますよ。器用なんでしょうね。クレベルはMMAファイターとしても素晴らしいですよ。
――ところで、その2011年の三崎さんとボンサイ勢との出会いはどういう感じだったんですか?
・サトシの父アジウソンの素晴らしさ
・ボクは彼らの“お父さん”代わり
・三崎和雄が長渕剛を支える理由
・井岡一翔、AK-69との関係
・やっぱり「日本人は強いんです!」
・“命懸けのセコンド”……などなど13000字はこのあとに続く
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