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武藤vs内藤が問う観る側のプロレス・リテラシー■斎藤文彦INTERVIEWS

80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは武藤vs内藤が問う観る側のプロレス・リテラシーです!

同期・船木誠勝が語る武藤敬司vs蝶野正洋 「2人はデビュー戦から大人でした」

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――今回のテーマは武藤敬司引退試合とあの日の興行全体の総括になります。

フミ はい、よろしくお願いします。すでに語り尽くされている感はあるのですが、観る側のパースペクティブ(視野)といったらヘンかもしれないけれど、観戦歴3年のファンだったらその3年の視界で見ていただろうし、観戦歴10年のファン、観戦歴20年のファンはそれぞれの視野、それぞれ視界、それぞれに違ったものが見えていたんだと思うんです。

――フミさんは何年ぐらい武藤敬司というプロレスラーを見てるんですか?

フミ ボクはヤングライオン時代からずっと接してきました。

――それはぜいたくですね。

フミ 「大量離脱事件」で新日本プロレスの所属選手がスカスカになった時代、いわゆる「冬の時代」でした。1984年に第1次UWFと長州軍団ジャパン・プロレスができて、合計すると30選手くらいが突然、新日本のリングからいなくなった。トップがアントニオ猪木、坂口征二、藤波辰爾、木村健悟だけという陣容で、闘魂三銃士となる武藤、橋本真也、蝶野正洋、のちに誠勝と改名する船木優治、いまはAKIRAの野上彰、この5人が84年入門のヤングライオンだった。武藤さんは第1回ヤングライオン杯(85年)では優勝しなかったんだけど、同年11月、大抜てきを受けてアメリカ武者修行に旅立った。そのあとボクは『週プロ』の取材でフロリダにいる武藤さんを訪ねたんです。「武藤敬司の光と影」というタイトルで長い記事を書きました。

――新人のインタビューで「光と影」というタイトルは面白いですね。

フミ デビュー当時から「光と影」はあったんです。UWFが社会現象になるちょっと前。前田日明、藤原喜明、髙田延彦らが新日本から第一次UWFに移り、そこにタイガー・ジムから佐山聡と山崎一夫が合流した。『週プロ』はこの第1次UWFをすごく応援していた。長州軍団はジャパン・プロレスという団体になって業務提携というかたちで全日本プロレスと契約した。そんな状況だから野毛道場のヤングライオン、というかフツーの新弟子の感覚だったら「ボクたちはこれからどうなるんだろう?」と不安になるはずです。でも、武藤敬司の場合は「ラッキーじゃん。俺らすぐテレビ出れるよ」と受け止めていたんですね。

――トップ、中堅どころがいなくなったからチャンスがすぐに回ってくる、と。

フミ 実際に異例の大抜てきを受けてアメリカ武者修行に行ったわけです。ボクが会いに行ったときは、フロリダでケンドー・ナガサキこと桜田一男さんが運転する車に乗せてもらって、試合会場まで行って、試合後は一緒にメシを食べて、バーでお酒を飲みました。その頃の武藤さんはキャリア1年ちょっと、23歳でしたが、いまとまったく同じキャラでした。

――明るくてあっけらかんとして。

フミ デビューした直後から大物感がすごかった。「冬の時代」と言われた85年の新日本プロレスの第1試合、第2試合のポジションで、黒タイツで黒シューズの武藤敬司は普通に側転エルボーをやっていましたから。

――新人なのにそんな大技が許されているのがすごいですよ(笑)。

フミ 代名詞となるムーンサルトプレスをあたりまえのように使っていました。武藤さんのムーンサルトとのちの小橋建太スタイルとの違いは、小橋スタイルは大きな弧を描くイメージですが、武藤スタイルはデビュー当時は大きな弧を描いて宙を舞うフォームだったものが、キャリアを積んでいくなかで、飛距離とインパクト(衝撃度)をすごく意識するようになって、スピードをつけて低めに飛んでいってリングの真ん中あたりでズドンといくスタイルに変わっていった。

――ラウンディング・ボディプレスとも呼ばれてましたね。

フミ のちの武藤さんはムーンサルトのやりすぎでヒザを悪くしてしまいましたが、当時は22、23歳ですからどこも故障はなかった。ボクも新人記者でしたが、ベテランの先輩記者たちも「これはとてつもない新人」と最初から感じていました。フロリダ遠征から日本に帰ってきて、610(武藤)スペース・ローンウルフの時代があって、それから相米慎二監督の映画『光る女』に主演したこともあった。

――昨年ニューマスター修復版Blu-rayが発売された伝説の作品。

フミ 当時、週プロ編集部では『週刊プロレス』以外に月1ペースで『プロレスアルバム』というムック・シリーズを出していたんですね。そのときボクは武藤敬司特集『武藤敬司発進!』を担当しました。

――思い出は尽きないわけですね。武藤さんの引退試合は内藤哲也とのシングルマッチでしたが、終了後に同期の蝶野正洋との試合も行なわれるというサプライズがありました。

フミ 蝶野正洋にとっても引退試合になった、というふうにボクはとらえています。シチュエーションとしてはあくまでもカーテンコールというかボーナストラックでしたが…。やっぱり、メインイベントの内藤選手とのシングルマッチがたいへん見応えがありました。28分58秒のシングルマッチなのに、最後の最後までロープワークが一度もなかったんです。

――それはすごいことですね!

フミ 武藤さんのヒザとハムストリング(大腿部裏)の状態がよくないからロープワークが難しかったという見方も成り立つんですが、それでも30分近く、重厚な試合ができちゃうわけです。今大会は全体としてはタッグマッチが多かったんですが、誰かがヘッドロックを取ると、次の瞬間にはもうロープに向かって走っていくシーンばかりが目についた。武藤vs内藤にもサイドヘッドロックの攻防はありましたが、イージーにロープに走ることはなかった。ロープワークからはすぐに大技にいける利点もありますが、動きが段取りっぽく見えてしまう弱点、欠点があるんです。

――いまは攻めてるほうが急にロープに走ってカウンターを食らうシーンが多いですもんね。

フミ せっかくヘッドロックを取っているのに、それを逃がしてロープに走られて、相手が跳ね返ってきたところでショルダーブロックを食らって倒されちゃうというシーンがありますね。ヘッドロックを取って相手をコントロールしていたことがムダな動きになってしまいますね。ところが、武藤vs内藤は30分近い試合なのにそういうロープワークが1回もなかった。

――ロープに飛ばなくても見せられると。

フミ まず、初期設定からふり返ると、この興行は平日の火曜日の開催だった。ダークマッチがスタートしたのは午後4時。そうすると集客は苦しいというか、社会人はこの開始時間には会場には来られない。

――平日の開催って会社終わりの18時半スタートが定番ですよね。

フミ それこそ仕事を休んで観戦に来た人はいたでしょうし、ボクも気になったから昼過ぎの12時半くらいに東京ドームに行ったんです。そうすると午後1時あたりから水道橋駅、東京ドームの周りにはすでにプロレスファンが溢れていました。

――有休を取ったプロレスファンの群れですかね(笑)。

フミ 今大会は3部構成の全11試合。東京女子プロレスとDDTの提供試合がそれぞれあって、DRAGONGATEvsノア、それから全日本vsノア。宮原健斗&諏訪魔&青柳優馬vs拳王&中嶋勝彦&征矢学のタッグマッチは、この大会じゃなかったらメインになってもおかしくないようなラインナップです。NOSAWA論外の引退試合として外道&石森太二vs NOSAWA論外&MAZADA、それからノンタイトルですが高橋ヒロムvs AMAKUSAのシングルマッチオはIWGPとGHCのジュニアヘビー級王者の対戦。セミファイナルのオカダカズチカvs清宮海斗もノンタイトルではあるけれど、これもIWGPとGHCのヘビー級チャンピオンの初対決。オールスター戦といっていいカードが並びましたよね。3部構成の第3部のオープニング、試合順としては全11試合中の8試合めの外道&石森太二vsNOSAWA論外&MAZADAの試合が始まったのが18時半ちょうどだっ。大会開始が16時ですから、出場レスラーが多いわりにはイベント進行のテンポがよかったんです。

――試合はさくさく終わりましたね。

フミ 今回の興行には総勢58選手が出場していた。でも、6人タッグマッチや8人タッグマッチの試合時間はだいたい6、7分だった。小川良成チームvs小峠チームの10人タッグは、小川良成が1回もタッチせず、リングインする前に小川良成のチームが勝って試合が終わった。試合ですから、たしかに10人タッグマッチだからといって10選手全員がまんべんなく出てきて、それぞれに見せ場を作る必然性はない。試合ですから、勝ち負けを争っているという意味においては、どこでどう終わってもおかしくない。ボクはこの試合は勉強になりました。どういうことかというと、ここでは、一度も試合に参加せずに入場シーンだけで帰っちゃった小川良成の存在がむしろ際立つんです。

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