見出し画像

会社と個人を一体化させないのは難しい、と思った話

bosyuを運営している石倉秀明さんの記事
「会社と個人を一体化させない」を読んで
そんな簡単な話じゃないよな…と思ったので思ったことをまとめてみる。

その記事は↓こちら。

とても興味深い内容だな、と思ったのと同時に
ちょっとした違和感が否めなかった。

サンプルが極端

私が所属してた会社にリクルートとDeNAという会社があります。
どちらも優秀な社員が多く、自分たちの会社や仕事に誇りを持って好きで働いてる人が多い会社だと思います。
でもこの2社で「会社のビジョンに共感したから」と言って働いてる人に出会ったことはありません。

この2社を基準に語るのはさすがにちょっと無理があると思う。
どちらも確かに「優秀な社員」が多いので
個の力で社会との接点を作れる人たちだ。

大多数の人は、仕事を通じて社会とつながりを作る。
自分が社会の中でどのような立ち位置なのか、どのような貢献ができるのか、それは雇われた仕事を通じて実現するものになる。
となると、会社のビジョンや方向性は無視できない。

自由は楽ではない

何もかも自由に決めていいよ、と言われて
なんのためらいもなく自由に動ける人は
実はそんなに多くはない。

誰かの作った制約の中でなら
考えなければならないことはぐっと少なくなる。
その方が圧倒的に楽だ。

結局のところ人はそんなに強くない。

自分の力で自分のやりたいことをやるより
会社のやりたいことと自分のやりたいことが一致している方が
圧倒的にやりやすいし楽だ。

個人的にはとても分かる

ここまで「それは違うんじゃない?」と書いておきながら
個人的には石倉さんの記事はすごくしっくりきている。

特に今33歳の自分としては
「定年まで1つの会社で働く」
なんてことがどう考えてもありえないことで
「65歳からは老後」
なんてこともありえないことも知っている。
その先にまだ30年以上の人生が待っているかもしれないのだ。

そんな時代に、自分の人生をどう生きていくか
自分で考えないのは恐ろしいと思っている。
そしてそれはあくまで「自分の考え」であって
そうでない人がいることも知っている。
それが「多様性」ということだ。

多様性という言葉は、100人全てがバラバラで異なることを要求する傾向が時にある。
でもそれを認められないことも「多様性」なのだ、と思っている。

なので「一見正しいように見える話だけど、そうとも言えないのでは?」と感じた。
そして「多様性」という言葉が取り上げられるようになってから
似たような思いを抱くことがとても増えた。

全てが「でもそれは多様性だよね」になってしまう。
世の中に絶対的な正しさなんてないのだから。
結局は自分の信じた道を行くしかないんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?