ウワサのキリコさん表紙

『ウワサのキリコさん』【冬コミ95新作】

【※注意!】
※2018年冬コミ 12/29(金) 西地区 "れ" ブロック 60b
 こちらで頒布予定の創作小説となります。
※元ネタは『嘘みたいに上手くいくクトゥルフ神話TRPG』の登場キャラクターである藤見澤キリコさんのパラレルワールド高校時代です。
※こちらでは本作の冒頭の初稿を投下いたしております。
※小説の宣伝なので良かったらいらしてください


■ 第一章 【キリコさんのウワサ】

【キリコさんの噂】

   あなたは『神隠し』に遭ったことはありますか?
   
   もし遭ったことがあって、今も元気にこの話を聞いているならば。
   それは『キリコさん』が助けてくれたのかもしれません。
   彼女は、不思議な世界に迷い込んでしまった人を助けてくれる人物。
   だけど、誰もその顔を覚えていないのです。
   大人だったり、小さな子どもだったり、女子校生の姿をしていたり。
   見た人の言葉はいつもバラバラ。
   でも、共通している特徴があります。
   それは妖精のような銀髪と、とても大きな刀。
   その刀で斬られた人は、迷いの世界から消えてなくなってしまうのです。
   
   あなたも『神隠し』に遭った時は、キリコさんに助けを求めてみては?
   

■■■    十一月十八日 羽入大学付属女子高等学校 放課後    ■■■


 キーンコーンカーンコーン。

 放課後が始まるチャイムが響き終わると、私は帰り支度を終えてクラスの中を見回した。
 ガヤガヤと騒がしいクラス内。残って何かをしていくのであろう生徒や、部活に向かう生徒。
そして家に帰っていく生徒たちの挨拶などが響いている。
 その中で、ひとりの少女を見つけると私は声をかけた。
「花畑さん。ちょっといいかしら?」
「ほえ? キリコっち?」
 私が呼び止めたのはクラスメイトの花畑ちなみさん。
 明るい髪色に流行りのお化粧。少し緩めたシャツに短めのスカート。
 顔も可愛らしく、いつも多くの友人たちと他校の男子の話に花を咲かせている。
 色々な種類の花飾りをつけていることから、通称『お花畑さん』。
 そんな彼女が友達との談笑を一旦停止して、こちらまで来てくれる。
「こんにちは、お花畑さん」
「あははっ! キリコっちにあだ名で呼んで貰えるの嬉しいね!
 あたしに用なんて珍しいけど、どったの?」
 屈託のない笑顔に、自分の感情ストレートな物言い。
 つまり、私とは真逆の性格をしているのが彼女だ。
「少し待ってね。渡すものがあるから」
 私は席を立ち上がると、真っ直ぐに教室の後ろにある掃除ロッカーに向かった。
 不思議そうに横を歩きながらついてくるお花畑さん。
 そして私はおもむろに。
 掃除ロッカーの前でジャンプした。
「え、何してんの?」
 タンッ、と上履きで着地する。今ので大体の位置感覚は掴めた。
 横目で見てみると、彼女を囲んでいた友人たちも驚いて目を見開いている。
 そんな視線も全く意に介さず。
「捜し物よ」
 お花畑さんに返答をしてから、もう一度ジャンプ。
 その際、ロッカーの上で指先に固いものが触れた。
 それを手に取ってから着地する。
「ふう」
 お花畑さんは不思議そうに口を開いたままで。彼女と談笑をしていたクラスメイトたちは
絶句したかのように目を見開き、口を閉ざして私の行動を見ていた。
 私は手に握っていたものを、開いてお花畑さんに見せる。
 ヒマワリのついたヘアピン。
「あれ! あたしの?」
「昼休みに失くしたと言っていたでしょう。はい」
 付着したホコリを指先で取ってから、お花畑さんに手渡す。
「たしかに言ってたけど、でも、どうして?」
 私はそっと周囲の様子を見回す。
 そこにはなんとなく、私の言葉を待つような緊張感があった。
「簡単な推理よ」
 自分の手をハンカチで拭いながら、私は彼女の目を見て答える。
「朝にはこのヘアピンをしていたのに、お昼休みには失くなっていたことから、
 時間はそれまでの間。そして、授業中にヘアピンが失くなるような行為はしづらい。
 となれば、お昼前にあった体育の授業が怪しい」
 ひとつひとつ順番に説明する。
 お花畑さんはビックリしたように口を開けたまま聞いていた。
「お花畑さんの席はちょうど、教室の後ろにある扉の辺り。本日はお昼前に体育があったけれど、
 お花畑さんたちグループは着替えを教室でしていたでしょう?」
 ちゃんと更衣室も用意されているのだけれど、女子校という気安さかあまり使っている生徒は
いないのが現状だった。
「その時に気付かなかったということは、何かの拍子に私たちの視界からは見えない場所に
 飛んでいってしまったと考える。床の上は探しただろうから、推測するとすればゴミ箱の中に
 落ちたか、ロッカーの上に乗ったか」
「ほえ~……それで、今はどうしてゴミ箱の方を探さなかったの?」
「人はかなりの確率で、そういう小物を失くした時には誰かが間違えて捨てたと思って、
 ゴミ箱の中を確認するものよ。したでしょう? お花畑さん」
「み、見てたの?」
「した可能性が高かったということ。だからまだ見ていないであろうロッカーの上を探してみたのよ」
 以上、説明終了。
 何か言いたそうにしている他の女子たちを一瞥した私は静かにため息を吐いた。
 そして、ロッカーに立てかけてあった竹刀袋を背負うと、そのまま教室を出る。
「いや、待って、待って!」
「どうかした?」
「どうかした? じゃなくて! お礼言わせて欲しいの!」
「律儀な人ね」
 私はそんな彼女に向き直って、まじまじとその顔を見つめる。
 お花畑さんは、ちょっと派手で、たまに口が悪いこともあり、誤解されがちな人柄だけど
基本的には善人。それが私の、彼女に持っている印象だった。
「ありがとう、キリコっち!」
「どういたしまして」
 満面の笑みに対して、私は目を伏せて軽く頭を下げるだけにしておいた。
 本当は笑顔で返せるといいのだけれど、私の作り笑顔は怖いと家庭教師の先生にも
言われたことがある。だから、極力しないようにしているのだ。
「でも、どうして?」
「だから、簡単な推理だったというだけよ」
「いや、そっちのどうしてじゃなくてっ! どうして、あたしのヘアピンのことなんか気にかけて、
 わざわざジャンプを二度もして拾ってくれたの?」
「だって、困っていたでしょう?」
「そりゃ、そうだけど……」
「ならいいじゃない」
「………………え? それだけ?」
「それ以外に何か理由が必要なのかしら」
 軽く首を傾げて尋ね返すと、お花畑さんは目をまんまるにして驚いていた。
 
 
    ★    ★    ★    ★    ★    ★    ★    


 私立羽入大学付属女子高等学校の二年A組に在籍している藤見澤キリコ。
 それが私の名前だった。
 目立つ銀色の長い髪をしているせいで学内では有名人になってしまっている。
「ほんとに凄いね、キリコっちってさ!」
 帰宅するべく廊下を歩いていると、お花畑さんが横についてきていた。
 どうやら、先程の件で感謝しているらしい。その感謝に関しては有り難く受け止めておくものの、
歩いているだけでこうしてべた褒めされると、周りの女子生徒たちがなんだかニコやかにこちらを
見ていた。
 あまり目立ちたくはないのだけれど。
「ずっと気になってたんだけどっ、なんでキリコっちって上着は男もののジャンパーなの?
 せっかく美人なのにそこだけちょっとおかしいよね、ってみんなで話してて!」
「ん……」
 そこまで服装に頓着していない私は、校則で特に禁止されていない上着ということで
お父様の使い古しのジャンパーをよく着ていた。防寒効果は問題ないのだけど、やっぱり
女子たちの間では疑問になっていたようだ。
「ねえねえ、それにさ、それにさ!」
 どうやら黙っていてもマシンガントークによる質問攻めにあうようだ。
 もし放置していたら家まで着いてきそうな勢いすらある。
 仕方ないのかもしれない。
 話し好きのお花畑さんに少しくらいは付き合う必要がありそうだ。
「ふう、わかったわ。少しお話しましょ」
「あはっ、やった♪ 廊下でいいの?」
「廊下でいいわ」
 ちょうど窓からは肌寒くなってきた風が吹いている。
 秋も終盤を迎えて、季節的にもずいぶんと涼しくなってきたものだ。
「あ、そうだそうだ。キリコっちと言えばさっ」
 体をピッタリと寄せてきて、目をキラキラさせるお花畑さん。
 女子同士の距離感というのはこんなものなのだろうか。風の中に、なんとなく
花のような香りも感じる。どうやらその香りは、彼女から届いてたもののようだ。
 そんなことを漠然と考えていたら、お花畑さんは嬉しそうに話し始めた。

「『キリコさんの噂』って知ってる?」

 数秒、何を言われたのかわからずに沈黙してしまう。
「私の噂?」
「いやいや! 我がクラスのスーパークール美人、藤見澤キリコさんのことじゃなくて。
 都市伝説だよ、都市伝説!」
 スーパークール美人。
 そんな噂をされていたことにも驚くものの。
「都市伝説? オカルトはあまり得意ではないのだけど」
「あ、やっぱり知らないんだ? なるほどなるほど。噂の『キリコさん』は、
 やっぱりキリコっちじゃなかったんだねー」
 一人で納得されてしまった。
 つまり、その『キリコさん』という何者かが噂になっているらしい。
 だからお花畑さんは、私がその張本人ではないかを確認しに来た、と。
「どんな噂なの?」
 興味本位で尋ねてみる。
「それがね! 神隠しって言うの? 原因不明の誘拐事件みたいな。
 そういうのから助けてくれるんだって。でも、キリコさんに遭った人はそのことを覚えていなくて。
 なんとなーく、銀髪の美人で、刀を持ってる! みたいな?」
 お花畑さんは私がいつも持ち歩いている竹刀袋を見ながら告げた。
 銀髪で刀を持っている。
 確かに、それなら私のことだと思っても仕方ないのかもしれない。
「颯爽と現れて、霧の向こうにササッと去っていくから霧から去るって書いてキリコさん、
 もしくはどんなに固いものもバターのように斬る、斬固さん、とか。色々と言われているけれど、
 実際はよくわかっていないんだってさ」
「そうなのね」
「あとね。神隠しじゃなくて。不思議な事件に巻き込まれた時とか、むしろ不思議な事件を
 起こしたりした人の前にも現れて、ズバーッ! と斬りつけてくるらしいよ!」
「……それはとても危ない人なのね」
「あはは! 噂だしね!」
 満面の笑みで言われるとこちらも安心してしまう。
 お花畑さんがクラスでも中心的な人物になるのはこういう所だろう。
「それで、その噂と私が関係しているかもしれないと思ったのね?」
「そうそう! 銀髪美人のキリコさんと言えば、ウチのクラスのキリコっちっしょ!」
 確かに、そのような噂が囁かれているのであれば、私のことをそう思う人物もいるのかもしれない。
「それに、ウチの学校でも不思議な事件が起きてるもんね」
「そうなの?」
「あれ、知らない? 私立羽入大学付属女子高等学校七不思議の怪!」
「あまり、聞いたことはないわ」
 私はオカルトというものはエンターテイメントの側面が強いと思っているせいで、
女子たちの間で度々話題になるその手の話が苦手だった。誰かを脅かして、危ない所に
近付かない方がいい、という教訓めいた話ならば幾分納得はできるものの、単純に
怖がらせるだけが目的のものなどは、その意図のせいで辟易してしまう。
「ふふふ、それじゃあ語らせて貰おうかな?」
 とはいえ、こうしてわざわざお花畑さんが語ってくれるのであれば、聞いておいて損はない。
今現在、この学校で何かしらの事件が起きているのであれば興味深い。
「まずはね~」
 彼女がしたり顔で語り始めた時だった。
「キリコちゃーん、こんな所にいた~」
 間延びした声と共に廊下から向かってくる女子生徒がいた。
「あ、ちはちゃんセンパイ! はろはろ~」
「お花畑さん、はろはろ~」
 お花畑さんよりもふわふわした雰囲気で、緩い笑顔を浮かべているのは
私のひとつ上の従姉妹でもある、根津ちはる。誰からも好かれる穏やかな性格で、
その安心感からか下級生にも親しまれている。
 家が隣同士ということもあって、よく一緒に帰っていたのだが。
「いいの? 受験勉強は」
「うっ……その、今日は、家で、かなあ? と思って……」
 どうやら学校での受験勉強が嫌で私と帰ろうと思っていたようだ。
 海外留学から帰ってきて、いきなりかなりランクが上の、しかも医学部を受験することに
したという話を聞いた。何か思う所があったのだろうけれど、無謀この上ないというのが
親族でもある私の予想だ。
「キリコちゃんたちは何をしているの?」
「あはっ! ちはちゃんセンパイも聞いて行きます? 七不思議!」
「わっ、聞きたい~っ」
 どんな話にでも興味を持つというのも、彼女が慕われる理由のひとつだろう。
 かく言う私も、よく話し相手になって貰っている。
 もっとも、その内容はいささか物騒なものが多いのだが。
「わたしも聞いていってもいーい、キリコちゃん?」
「ちはる先輩が聞いていきたいなら聞いても構わないんじゃないかしら」
 暗に『受験勉強はいいのね』と釘を刺しておく。
「いつもどおり『お姉さま』って呼んでくれないの?」
「学校でその呼び方は誤解を招くもの」
「それもそっかっ」
 まだ私たちが小さい頃、まだ物心がついていない頃にちはる先輩がふざけて
『お姉さまって呼んでね!』と言ったせいで定着してしまった呼び方。
 物心ついてからはなるべく呼ばないようにしている。
「それでそれで? 七不思議ってどんなの?」
「えっとですね、七不思議ってくらいだから七つありまして~」
 とはいえ、ちはる先輩がいてくれて内心ホッとしている自分がいた。
 私の場合、人の話を聞く時はついつい尋問になってしまう。
 そのせいで圧迫感を与えるらしい。
 会話やコミュニケーションというものは苦手な分野のひとつなので、
それが得意分野である彼女がいてくれるのは助かった。

「まずひとつめ! ご存知、トイレの花子さん!」

「うんうん、七不思議と言えば定番だよねっ」
 ご存知! と言われてもよく知らないので困っていたら、ちはる先輩が答えてくれた。
「でしょでしょ? この学校にも実際に見た子がいるんですよ~」
「ほんとに? すごいね!」
 それにしても、ちはる先輩は乗せるのが上手い。
 将来はカウンセラーにでもなればいいんじゃないかしら、なんて思う。
「吹奏楽部一年生の、久保田さんっていう子が見たんですよー。放課後、普段は誰も使わない、
 職員室近くのトイレに行ったら……なんと! 灯りをつけた瞬間、黒いおかっぱ頭で
 赤いランドセルを背負った女の子の後ろ姿が!」
「わっ、完全に花子さんだぁ!」
 ちはる先輩は手を叩いて驚いた。
 ああいうリアクションも大事なんだな、などと別の所で関心しつつ。
「目撃証言があるのね。それはいつの話?」
「え? えーと、確か、昨日だったかな? お昼休みに後輩から聞いたし」
「昨日……十七日の放課後、ね」
 スマートフォンを取り出して、メモ帳に情報を記入してみる。
「ほ、本格的だね、キリコっち……」
「性分みたいなものよ。それから?」
「いや、ビックリして、慌てて逃げたんだって」
「そう。灯りをつけたら中にいて、灯りはつけたまま逃げたのね」
 私が確認すると、お花畑さんは「た、たぶん……」と気弱に頷いていた。
「ふ、ふたつめの七不思議はなにかな、お花畑さんっ」
 ちはる先輩が尋ねると、お花畑さんは気を取り直して頷く。

「ふたつめは『恐怖の十三階段』! こっちは、なんと呪われちゃった
 生徒もいるんだから、本当に怖い話だよっ!」

「ええっ! 本当に呪われちゃったの?」
 深夜の通販番組みたいに驚くちはる先輩。
「そう。深夜0時、二階から三階に続く階段の踊り場までの段数が、一段増えていたんだって!
 それを三年生の児玉さんって人が試したんだけど……」
「児玉さんウチのクラスだよ! 十一日から学校お休みしてる!」
「呪われちゃったってコトですよ!」
「きゃあー!」
 二人がとても盛り上がっていたけれど、私には疑問しかなかった。
「踊り場の段数も入れてしまったのではないかしら? 階段だけなら十二段だけど、
 踊り場の段数も数えてしまったら一段増えるもの。それに深夜ということは
 暗かったのだから、そういった数え間違いが発生してもおかしくないわ」
「なるほど、そういうこともあるんだねっ」
 ちはる先輩は感心してくれたけれど、お花畑さんは驚いた顔をしていた。
「キリコっちって、結構こういう時には喋る子だったんだね!」
「あ……ごめんなさい。どうしても理屈っぽくなってしまうの」
 幼い頃から父親が警察の偉い人だったせいで、その手の事件に興味を持っていた。
難事件みたいなものがあると、よくお父様から話を聞いたりして一緒に考えたりもしていた。
 最近は特に難しい事件が多い上に、警察自体の不祥事も増えたそうだ。
 お父様はよく『今の警察は無能だから、早くキリコが警察に入って欲しい』
とボヤいている。おかげで、私も『早く警察組織に入らなければ』と思うようになった。

「それじゃ、みっつめいくよ! 『光るベートーベンの目』!」

「音楽室にあるベートーベンの絵のこと? あれが光るの?」
 ちはる先輩は確か、選択授業が音楽だったはず。
「そうそう。部活動が終わったばかりの吹奏楽部員が、電気を消したらベートーベンの目が
 光ってたって話してるみたい。ここ一週間くらい、その話でもちきりだよっ」
「へえ~、なんで光るんだろうね?」
 目に蛍光塗料でも塗ったんじゃないかしら。もしくは電球でも取り付けたとか。
 口に出さずに心の中だけで呟いておいた。
「キリコちゃんが何か言いたそうにしてる……」
 ちはる先輩。気を遣って黙ったのだから、そういうこと言わないように。

「よっつめは、歩く二宮金次郎像! ちなみに、これはなんと、証拠の動画もあるからね!
 ゼッタイ、お化け間違いなしっしょ!」

 お花畑さんは自信満々だった。
「今も見られるのかしら?」
「あれ、キリコっち見てない? 校内ネットのBBSにアップされてるよ。
 たしか、三日前とか四日前にはあったはず」
「誰がアップしたの? その方は吹奏楽部?」
「三年の三谷ってヒトだったはず。たしか、吹奏楽部じゃなかったよ」
 私とお花畑さんが話していると、ちはる先輩が何かを思い出そうとするかのように
顎に手を当てて考え込んでいた。
「三谷さんって、よく『監督』とか言われてる子だよね? 
 だったら、映研だよ。映画研究部の部長さん」
「映画研究部……なるほどね」
 私が納得していると、お花畑さんは何故だか含み笑いを始めた。
「ふふふ……クールビューティーでいられるのも今のうちだよ、キリコっち!
 これから話すふたつは、ガチだからね、ガチ!」
 なにやら対抗意識を持たれてしまったみたいだけど。

「いつつめは『帰宅できない放課後』!」

「わっ、まったく知らないのが来た! どんな話?」
 今までの七不思議はオカルトに疎い自分でもどこかで聞いたことがあるような、言わば定番。
古くから伝わるようなものだった。
「いつ、誰が話し始めたのかわからないんだけど、放課後に居眠りをしてしまうと、
 誰もいない教室で目が覚めるんだって。で、そこからは二度と出ることができない上に、
 全ての人から忘れ去られてしまうんだって! しかも、それで最近、一人の生徒が
 戻って来られなくなった……っていう噂が出回ってるらしいの。怖いでしょ!」
「………………」
 私は思わず黙り込んでしまう。
「キリコちゃんが何か言いたそうにしてる……」
 そして、ちはる先輩に目ざとく見つけられてしまった。
「キリコっち、これは理屈つけられないでしょー?」
「ニヤニヤ笑うお花畑さんには悪いのだけど、その一人の生徒は戻って来られなかった上に、
 忘れられてしまったのよね?」
「そ、そうだけど?」
「それを教えてくれたのは誰なのかしら」
「えっ」
「被害者は教室から脱出ができなかった。しかも、被害者に関する情報は全て、
 記憶からも消去されてしまった。だとすると、その事実を知っていて伝達した人物は何者?」
「と、閉じ込めたヒト、とか……」
「閉じ込めた人物はその被害者を記憶しているの? だとすれば『犯人以外には忘れられる』
 ということなのかしら。噂は確か、全ての人から忘れ去られる、だったはずだけど」
「わー! もう! そういうお話なの!」
 お花畑さんが叫んだので、私は口を閉ざすことにする。
 私がオカルト嫌いなのは得てして、こういう論理矛盾があるからだった。
 おそらく。もしもこれが本当にあった事件だったとするならば。
 正確には『見事、脱出できた者以外の記憶から消えてしまう』のような、
そんな情報が抜けているのだろう。きっと、より怖がらせるために。
「最後のは怖いよ!」
 前フリされてしまうと、余計に構えてしまう。

「むっつめ! 『体育館のもう一人の自分』!」

「わっ、それも全然知らない話だねえ」
 ちはる先輩が感心していた。
「このむっつめは、この学校の警備員さんが昨日見たものなんだから。実際に話も聞いたしね!
 話している人がちゃんといるんだから本当でしょ!」
 なにやら、いつつめの語り手不在という部分で興奮させてしまったらしい。
「そうね、警備員さんの目撃情報であれば信憑性が高いわ」
「でしょー、ふふん」
 すぐに得意げになるお花畑さんは、とてもサッパリした人だった。
 感情の起伏が激しい人物は苦手だったけれど、彼女はすぐに落ち着くタイプらしいので
好感が持てる。私が一番苦手で理解できないのは、いつまでも激しい感情を持ち続け、
ずっと固執するタイプだ。
「『体育館のもう一人の自分』。これはね、深夜零時に体育館の大きな鏡の前に立つと、
 鏡の中の自分と入れ替わってしまうっていうお話なの」
「鏡の自分と入れ替わるの? 怖いねっ。それを警備員さんが見たの?」
 ちはる先輩は興味津々にその話に食い込んでいった。
「そう! 夜勤で見回り中の警備員さんが、体育館で鏡の前に立つ少女を見つけて
 注意をしようとしたんだって。そしたら、まるで雷にでも打たれたかのような
 ショックのあと気絶しちゃって! 朝までその場で倒れてたんだって!」
「えええ! 怖い!」
 ちはる先輩は青ざめて、本当に怖がっているみたいだった。
 お花畑さんは「どう?」と伺うように私を見ている。オカルト話のディティールを
確認されているみたいで、なんとなく心苦しい。ここは、なんとかオブラートに包んで……。
「け、警備員さんは朝まで気絶してしまっていたのね。風邪を引いていないといいけど」
「なんか風邪っぽかったから、ガチだと思うよ、ガチ!」
 あまりガチを強調すると他のものの信憑性が薄れると思うのだけど。
 しかも、まだ何かを期待されているような目で見られてしまう。
「え、えーと。制服からして、何年生だったのかしらね。スカーフの色とか」
「あっ! ほんとだ! 聞いておけばよかった!」
 お花畑さんは今思いついたとばかりに驚いていた。
 まあ、普通の女子校生は事情聴取なんて慣れているはずがないから、聞き込みの際に
情報不足になってしまうのは当たり前なのだけど。
「キリコちゃんは本当にこういう話を怖がらないねえ」
 ちはる先輩は心配しているのか、困っているのか、眉を寄せてしみじみと呟いた。
 私の協調性のなさを心配してくれているのだろうけれど、私としてはこれが普通である以上、
どうすることもできない。
 それに、今のちはる先輩に心配されても困る。
 彼女は受験生で、むしろ心配される側の立場なのだ。
 最近、いきなり志望校を国立に変えたのだから。今だってこんな話を聞いていないで
勉強していなきゃいけないはずなのだけど。
 まあ、でも。今のちはる先輩にとっては勉強よりも七不思議の方が大事なのだろう。
「さすがは、鉄の乙女で有名な藤見澤キリコっちだよねえ」
 お花畑さんからまた新たな私の異名が出た。色々言われていて理解できるのは、
どれもこれも固くて冷たそうということらしい。
 何はともあれ、これで七不思議は出揃った。
「ななつめはないの?」
 ちはる先輩がお花畑さんに尋ねると、彼女はニマニマと笑って。
「あたしは、ななつめの七不思議こそ、『キリコさんの噂』だと思ってるんだよね!」
 間違いない、と確信した口調で立ち上がる。
 ちはる先輩が不思議そうにしているから、それは後でさり気なく説明するとして。
「それで。この話を私にした理由を教えてくださる?」
「そうそう! キリコっちってクールで頭もいいでしょ? さっきもあたしの
 ヘアピン探してくれたし。だから、この七不思議のことを調べて欲しいんだよね!」
 まさかのお願いだった。
 どうしてこんなオカルト話を熱心に語るのか考えていたが、調査依頼だったというのは予想外だ。
「七不思議を調べるというのは……つまり。これらが本当に起きたことで、
 しかもオカルトであるかどうかを確認するということ?」
「そうそう。なんかね、七不思議が全て起こると、その時の在校生全員に
 二年間不幸が訪れる呪いにかかっちゃうらしくてさ」
「ずいぶんと限定的な期間なのね」
「あ、その呪いの話、わたしも最近聞いたよ! 在校生に一年も呪いがかかるなんて怖いよねーっ」
 ちはる先輩が語ると、お花畑さんはやたらと驚いた顔をしていた。
「え、ちはちゃんセンパイ、二年じゃないんですか?」
「あれ? ホントだ。でも、わたしはクラスの子に一年って聞いたよ?」
 ちはる先輩とお花畑さんが聞いた呪いは期間がずれているらしい。
 チッ、と。
 お花畑さんが小さく舌打ちをしたような気がした。
「どうかした、お花畑さん?」
「うん? なにが?」
「何かに怒っているように見えたものだから」
「そんなことないって! ゼンゼン、怒ってないよ!」
 先程の舌打ちはうっかり出てしまったものだろう。
 もしかしたら、生徒の誰かが呪いみたいなもので酷い目に遭うのが許せない……
そんな正義感があったりするのだろうか。
「まあ、噂なんてバラバラなこともあるよねー!」
 取り繕うように笑うお花畑さんの様子に、私とちはる先輩は顔を見合わせる。
「ともあれっ。もしもあたしの言うように二年だったらタイヘンじゃん?」
「何がかしら」
「あたしらも来年は受験じゃん! って、そっか。キリコっちは推薦でらくしょーだろうけど。
 だから、二年間も不幸にされると不安なんだよねぇ。かといって、他の連中に任せたり
 頼んだりしても、適当に怖がって終わらせちゃいそうじゃん?」
 つまり、怖がらなさそうで、来年の不安もない。そういう意図で私を選んだらしい。
 先程のヘアピンを回収した、というのも彼女の御眼鏡に適ったのだろう。
「もう、花子さんも階段も、ベートーベンも二宮金次郎像も、あと鏡のなんかも
 発生しちゃってるみたいじゃん? 後がないんだよ、だからお願い、キリコっち!」
 両手を合わせて頼み込まれる経験はなかなかないものだった。
 ここまで真剣にお願いされるとなると、応えたくなるのもある。
 それに、ひとつ。
 とても個人的に気になる七不思議もあることだし。
「わかったわ。今現在、学校で起きている七不思議を調べて、そしてお花畑さんに報告するわね。
 連絡先をいただけるかしら?」
「やった! キリコっちの連絡先ゲット! ありがとー! あたしこれからバイトだからさ。
 報酬はマックでいいかな? 二十時過ぎから休憩時間だから、それくらいに一回連絡してくれたら
 嬉しいし!」
 お花畑さんは可愛らしいポーチから自分の名刺みたいなものを取り出すと、それを渡してくれた。
自分一人で撮ったプリクラが貼られていて、いかにも自己紹介用なのだろう。
 そこにはメールアドレスやラインのID、ツイッターのアカウントなど。
 彼女に連絡をとる手段があらゆる形で記載されている。
「ありがとう。ここに、一旦二十時に連絡させていただくわ」
「やったぁー! それじゃ、ヨロシクね、キリコっち!」
 春の嵐のようにやって来たお花畑さんは、やはり去る時も爽やかに去っていった。
 ちはる先輩が目をパチパチさせながら私の方を見ている。
「ちはる先輩も手伝ってくださる? 今回の依頼は、
 人当たりのいい人が聞き込みした方がいいと思うの」
「あ、うん! 手伝わせてもらおうと思ってたの! がんばるよ! ……あと、やっぱり
 その呼び方のままなの?」
 ちはる先輩が小さくガッツポーズをとった後、申し訳程度に尋ねる。
『お姉さま』と呼んで欲しいのだろうけれど。
「そうね。人前ではこの呼び方よ」
「うー、今は人がいないのに~。でも、ま、一緒にいけるならいいよ!」
 小さく口を尖らせた後に、すぐ満面の笑顔を浮かべる彼女を見て、
私はその表情の変化の多彩さに内心驚いていた。
「それにしても『依頼』が来るなんて。キリコちゃんったら、探偵さんみたいだねえ」
「そうね、こういうのも悪くないわ」
 色々と考えなければいけないことはたくさんあるけれど。
 様々な事件があるらしくて。
 そして、それの解決を依頼された。
「今、わかっているのはひとつだけだし。聞いてまわりましょう」
「わっ! もうひとつわかってるんだ?」
 そう。
 あまり接点のない女子が、取ってつけたような理由で事件の捜査を依頼してきた。
 つまり……。
 
 
 この事件の犯人はお花畑さん、当人ということだろう。
 

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