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11月23日の写真展「夢見る風」について

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夢見る風チラシ

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第18回光友会文化祭と合わせて、1日だけの写真展をします。

写真展『夢見る風』

日時:2019年11月23日(土)11:00~16:00
雨天決行(荒天中止)
問い合せ:光友会文化祭実行委員会事務局
     TEL:0466-48-1500(代表) FAX:0466-48-5113
     mail:info@lfa.jp

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茅ヶ崎駅からバスで、またちょっと歩いて。
湘南台駅からバス(数が少ないです)で、またちょっと歩いて。
湘南希望の郷があります。

東京都に住まいの人からすると「ちょっと遠いな」と思われる人も多いと思います。実際、「ちょっと遠いね〜。都内なら行けるんだけどね〜。行けたら行くよ!」と、そうした内容のメールやメッセージ、ことばをもらっています。(「行けたら行くよ!」は、「I・ka・na・i・Yo !」のサイン)

わかります。「ちょっと」遠いですよね。

ぼくも、今回、写真展の話をもらうまではそう思っていました。ホームページのアクセスページを見ては、グーグルマップのルート検索をして、自宅から2時間20分…140分…という検索結果を見ては、「おお、ちょっと遠いな」と、なんのてらいもなく、そう思っていました。

でも、その「ちょっと」の足の重さを感じるくらいのところに、施設があり、そこでいろんな人が、日常の生活を営んでいることを知るにつれ、
この「ちょっと」が本当に曲者だな、と……いや、相模原事件の発端なんだな、と思うようになりました。

重度障害者とされる彼らの姿が、街の中で、わたしのとなりで、もっと具体的な例でいうなら、牛丼屋のとなり、居酒屋の席のとなり(例えがオヤジだ。やばい)……タピオカやパンケーキ屋さんのとなりに(がんばった)、隣り合わない街で暮らしているということが、そういうビジョンがすーっと浮かばないということが、そもそも、そういうことなんだ、と。

いろんな身体と心をもつこどもたち(障害、とは、言いたくないのに、これだけではどうしても言葉足らずな気がして、つい、加えてしまう。ほんとうに、むつかしい)と、歌を歌うグループのこどもたちが接しながら、お互いに、それぞれにとってよりよい「かかわりかた」を探りながら、関係を深めていく経緯を、たまたま数ヶ月にわたって見つめる仕事を同時期にしていたこともあり。

石井光太さんの著書に、今、ドハマリしていて、刊行されている本を全部買って今読みすすめていることもあり。(『物乞う仏陀』の「スリランカ 仏陀〜業と悪霊」編が、ことさらによいです。)


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姿が見えない。

だったら、いない。

ではない。

いる。

彼らは、彼女らは、たしかにいる。

だけど、「ちょっと」遠いところに、いる。

そこらへんにいろんなひとがいる光景、混沌から生まれる知恵の果実を放棄して、楽だからと彼らのような姿が見えないことに疑問をもたずにきた、罪なき罪が、ある。
そうした大勢の方の罪悪感のなさが、優しく、くるおしく積み重なって、相模原事件の一端に至ったのだと、今なら、思います。

ぼく自身が、まさしくその罪を重ねてきていました。
社会的にぼくは聴覚障害者であり、そうしたマイノリティからの声を、かき消されぬよう訴えていかなければならない同士であるはずなのに。

自分のことでいっぱいいっぱいだったということもあるけれど、ううむ、自分のことでいっぱいのときだからこそ、べてるの家のごとく、弱さをとろとろに吐露して、弱さを軸にして、だれかとつながっていかなければならないのに。

かつての自分自身の姿を思うにつれ、むかしのぼくに「障害者の施設で、写真展があるよ」と言って誘っても、まあ、行かないな、と思う。

施設内を撮った写真を、ただパネル展示するだけでは、なにも変えられないと感じていた。たとえ、写真の一枚一枚が、どれだけすごくてやばくてえげつなくても、そもそもの先入観のバイアスがかかっていれば無価値。

だから、思い込みを覆すような、規格外のかたちが必要だった。

だから、150メートルの布を使っての、施設内にはりめぐらせての、写真展なんです。
(これが答えだ!とは、絶対に言えないし、ぼく自身、頭クラクラするくらい「ほんとうにこれでいいの?」と不安なのだけれども。)

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かつての、偏見に凝り固まって、自分のことでいっぱいだった自分ですらも、「ん?」と思うような、プッツン感が、必要だと、思ったのです。

ぼく自身の弱さと偏見が、まず、あった。
それを超えて、なお、そのものとつなぎ直すものを見たい。
それが、今回の写真展の発端です。

そんなぼくの、妄想にも近いイメージを、叶えてくれた澤野さん(今回の企画のきっかけとなった方)、15メートル布を展示するという規格外の手法を手伝ってくれる藤田さん(さんわーくかぐやの、ぶっとんだ職員???さん)、布プリントを破格の値段で引き受けてくれた印刷会社の社長さん。

なにより、利用者さんの、拓かれた、態度。

そうしたものによって、今回の写真展に至りました。

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「ちょっと、遠いね」。

その、「ちょっと」を、超えて、いらしてもらえるような、愛と技術と手法とスケールをもって、合計で150メートルになる布に、写真を約150枚プリントします。展示します。

外から施設内へ、そしてまたどこかへと、つらなるものを、見たい。信じたい。

思えば、ぼくは、写真を始めたころからずっと、「信じたい」という衝動で、動いてきていたな。

写真というものは「そういうふうに見えているし、感じているから撮れる」ものではなく、「そういうふうにあってほしいから、撮れる」ものでもあるのだと、しみじみ、思います。

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「見る写真展」ではなく、

空間や、人、ことば、風や人にはためく布の写真、それらを通して、

「体験する写真展」です。

見て、体験しなければ、なにも、わからない。

どうぞ、あなたの中にある「ちょっと」を乗り越えて、写真展「夢見る風」へ、おいでくださいませ。

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銀河の果てで、ねりねりくんを練って待ってるよ。
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1983年、♂。写真やってます。妻は、まなみといいます。2015年生まれのこどもがいます。樹(いつき)といいます。ぼくとまなみは手話で話します。こどもは耳が聞こえるということで、あら?どうなるの?こどもとの日常で気づいたことをここに書こうと。月1回の更新でのんきにがんばろ。るるる
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