_2017_71トルコ_トゥズ湖_黄金のお母さん_のコピー

「土耳古の光」ちいさな写真展


「土耳古の光」


ぼくが、土耳古【トルコ】という国を初めて意識したのは、妻であるまなみが9年前、トルコを旅したときに撮った写真がきっかけになる。

その写真は、ISO1600の35mmフィルムで撮られていて、粒子が荒々しく残り、シャドー部はどっぷりと暗く、明るいところはめちゃくちゃに飛ばしまくるというハイコントラストでパンキッシュなモノクロ写真だった。被写体は人物、とくに子どもが多く、続いて動物、家族、風景といったものが多く、旅写真のテーマとしては、ありふれた対象ではある。それなのに、ただの旅写真ではなかった。「物事と、物事のあいだに境界がないという自覚」を意味する、事事無礙【じじむげ】の境地が写っている、そう思った。その写真を見たぼくは、射抜かれた。
まなみの目を通したそれが、ぼくの土耳古に対する最初のイメージになる。ちなみに、その写真たちは『細胞』というタイトルで、2010年ミオ写真奨励賞のグランプリを取った。賞金が50万円もあってうらやましかった。

それから数年後にも、まなみは土耳古の人と結婚した友人家族と、いっしょに旅をする。そこで体験した話をいろいろ聞き、写真を見ながら、いつしか土耳古という国をより意識するようになっていた。またそして数年後、子どもを迎える。子どもとの日常を過ごしているあいだ、ふと、まなみの話を思いだした。
「友達の家族には、2歳の男の子がいたんだけどね。『え、家族?親戚?知り合い?友達?』って思うくらい、土耳古のどこにいっても、老若男女問わずだれもがファミリーって感じで世話をしてくれてね。あの接し方はすごいなあって思った。もし子どもが生まれたら土耳古を旅したい」
ぼくも新しい写真シリーズで「神話」というものを始めていて、もっと広い大地で撮りたいと思っていたこともあり、子どもが1歳半を迎え、生活にも慣れてきたころ、ついに機会がやってきたと思った。

そんなわけで「写真」と「子ども」という2点が、ぼくと土耳古を結びつけた。

★☆

土耳古では、イスタンブールから始まり、カッパドキア、パムッカレ、フェティエ、イズニックと回る。子づれの長距離バスは、ちょっと大変だった……。
そんな中で、一番心に残っているのは、トゥズ湖である。土耳古で二番目に広い湖で、土耳古でつくられる塩の80%が取れる塩湖としても有名なところなのだそうだ。雨季はただの湖なのだけど、夏になるとその水が蒸発して干上がり、湖が塩で真っ白になる。少し水が残っている時期ならウユニ湖のような鏡面世界を見ることができるらしい。本当はこれを目的にしていたのだけれど、ぼくが行った9月は乾燥しすぎていた。でも、延々と広がる白景色もまた絶景だった。
カッパドキアから、チャーターしたタクシーで2時間、トゥズ湖の入り口にあるバスターミナルにつく。観光所ではないので周辺にホテルらしき宿泊施設ものはないのだけれど、幸いバスターミナルには長距離運転する人のためのモーテルを併設していたので、そこに宿をとった。モーテルの人たちみんな、こどもを優しく見てくれた。とても居心地がよくて1週間も泊まってしまった。

土耳古で最も驚いたというか、まっとうだと思ったことは、「子ども」を「人」として見てくれるということだった。子どもが行儀悪いことをしたら、それに気づいた人が、老若男女問わず(バーガーキングでバイトする学生ですら!)、まず子どもの注意をしっかりと引いて、目を見て、言葉が通じようが通じまいが注意をする。
子どもがしゃんとしたら、五本指をひとつにまとめるジェスチャー(「Çok güzel」チョク ギュゼール。「すばらしい」「美味しい」などの意味がある)をして、ちゃんと褒める。バイバイと別れを言う。そうして、一番最後に(!)、ぼくらを、つまり、親を見る。
冷ややかな目線だけで親を非難するか、見て見ぬふりばっかりの日本のやり方を当たり前のように思いつつあったところだったので、子育てをするうえで、このまっとうさを知ることができたのは大きな喜びだった。

「子どもは、すべての人の子ども」という考えが大勢の人の気持ちに通底している。土耳古の教育方針とかは知らないし、宗教の教えがどう関わっているのかもわからないけれど、たぶん、そういうことでもないのだろう。
このまっとうさに触れたことは、かけがえないことだと思える。初めての子どもとの長期海外が、土耳古でほんとうに良かった。

★☆

さて、トゥズ湖。9月の土耳古は、想像していたよりは暑くなく、寒くもない。空気がカラッとしているので、もしちょっと暑いと思ったら日陰に行けば涼しい風が吹いてくる。とても過ごしやすかった。
外国人は、ぼくら三人しかいなかった。塩を汚さないためにだろうか、トゥズ湖ではみんな靴を脱いでいた。雪のように白い、でも、チクチクと尖っている塩の大地。穴を掘ると、濃い塩水が溢れてくる。そこに足を踏み入れて、じゃぶじゃぶするのが健康法らしい。
スーツを着たひげの立派なおじさんが、足を塩水に突っ込んだ時、なんともいえない顔をして身もだえした。「染みる!痛いよ!なんの、なんの……、ああ……、気持ちようござんす……」といったふうに、表情をくるくる変えながら、恍惚の表情をひとり浮かべていたのが忘れられない。かわいかった。実際、とても気持ちがいい。めちゃくちゃソルトフットになるけれど。
あたりに高い建物はないし、住宅も電気もない。ただ白い荒野が広がっている。とにかく、太陽の光がすごかった。19時になっても、山のすれすれまで太陽があった。その光はちょっと黄色みを帯びていて、まっすぐに伸びてくる。地平線ぎりぎりまで、ずっと沈まない。夕暮れ時、地平線にぽつぽつと立ち並ぶ人影を見ていると、厳かな気持ちになった。

17時半を過ぎると、まだ太陽があるのに地平線の向こうで、大きな月が、ぬっ、と現れた。一つ目巨人のキュクロプスの隻眼を思った。それくらいに生々しく、畏怖するような雄々しさをもって月は現れた。

子どもがそれを指差し、三日月をかたどる手話で「つーき!」と言った。そして、反対側にも昇っている太陽を見て、グーの手をパッパッと開く。輝きをかたどる手話で「たいよう!」とも言った。

月と太陽が同時に昇る光景を見るのは初めてのことだった。月は土耳古を意味し、太陽は日本を意味する。歓迎されている!と、内心、思った。
テンションが高くなったぼくらに感化された子どもが、地平線に向かって駆けていった。それをまなみが追いかける。だんだん遠ざかっていって、いよいよアリンコくらいにちっぽけにしか見えなくなったふたりは、逢魔が時の赤紫色と、黄色い光が交錯する白い大地で踊っていた。いつまでもこの光景を見ていたいと思った。でもその光景は、写真に撮ることができなかった。あれ、撮らなかったのか。撮りたくなかったのか。撮れただろう。いやいや、こんなにもはっきり一枚の画として覚えている。ぼくはあの光景を撮ったじゃないか。

そう思って、土耳古で撮ってきた写真を見返す。でも、写真はいくら探しても見つからない。撮ったと錯覚するくらいにその光景は、幻の美しい1枚として、強く印象に残っていたのだった。

モーテルの人たちにお礼の写真を渡したいし、モーテルのロカンタも食べたい。めちゃくちゃに美味しいピデを作るお兄さん(子どもにメロメロでいつもチュッチュしていた)、チャイにこだわりをもって提供するダンディなおじさん(まなみのことが好きなようで、ことあるごとにまなみと話をしては、まなみの反応に驚いたり笑ったりしていた)、とても優しくてかっこいいオーナー(どういうわけかわからないけれど、宿泊している間のロカンタのお代を全部おごってくれた)にも会いたい。鏡面世界も見なくてはならない。ここで星空も撮りたい。
うーむ、近いうちに土耳古へ行かなくちゃなあ。そう思って土耳古のことを考えると、とろりとろり、甘いものがあふれる。あ、ぼく、土耳古に、恋い焦がれている。

★☆

「土耳古の光」

2018年 2月6日(火) 〜 3月4日(日)
ワタリウム美術館地下1階オン・サンデーズ
会期中無休/入場無料

「1ヶ月間、土耳古に行ってきました。
 9月の土耳古の光は、ちょっと黄色くて、まっすぐなものでした」

<齋藤陽道「土耳古の光」展関連イベント>
齋藤陽道+盛山麻奈美の手話トーク(手話通訳あり。橋本一郎さん)
2018年 2月12日(月・祝日) 11:30 - 13:00
会場:オン・サンデーズ B1

参加費:1,500円

↓ 手話トークのご予約は下記より ↓ 
http://www.watarium.co.jp/onsundays/html/

展示写真は、半切プリントを額装したものが16点あります。
32インチモニターで、今回入れることができなかった未公開写真のスライドが8分流れます。写真は、購入可能です。

どうぞ、おいでください。

☆★

【目にみえぬものからの、おしらせ】
以下は、「土耳古の光」で展示している写真すべてを掲載しています。
遠方で展示会場に行くことができない人、病床にいる人、写真に興味はないけれどやっぱりちょっとだけどんなものか気になる人、そんな人たちにむけての無料公開です。

「ネットのモニターで見る写真でも、実際のプリントを見ても、写真集でも、心の事線を奏でるちからある写真はあまり変わらないな、それよりも、どんな形であれ、目に触れる機会が増えたらいいのにな」とぼくは思うことが多くありました。そのことから、とにかく見てもらう機会を増やすために、今回、新しい試みとしてやってみます。
そして、1枚でも気になる写真がありましたら、来れる方は、ぜひ展示会場にいらしてください。
どうしても行けないかたは、気になる写真のプリントについていつでも相談下さい。メール(info@saitoharumichi.com)でも、Twitterでも、おっけいです。フォローしてなくても、だれでもDMを送れる設定にしてます。

オン・サンデーズ(03-3470-1424)も、おっけいです。こちらのほうがしっかりときめこまかく説明してくれるとおもいます。

オン・サンデーズ会場で、白い木製フレームで額装され、モニターよりもはるかに大きなサイズでのびやかにくつろいでいる写真の存在感を、ぜひ見て下さいませ】

【土耳古の光 (ちいさな写真展)】





【本文は、ここまでです。以下は、この最近の写真11枚と、日記的なちょっとの文章がついたものがあります。見ても見なくても変わりないですが、応援するかんじで、投げ銭的に、見てもらえたらうれしいです。
それがぼくの、大豆代になります。あるいは、まなみの佐世保風レモンステーキのための薄切牛肉代。またもやのあるいは、樹さんのトムとジェリー百均DVD代。ありがとう】

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