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伝統主義者たちの女性天皇論──危機感と歴史のはざまで分かれる見解(「論座」平成16年10月号から)

以前は圧倒的多数派だった「女系継承容認」派が、このごろはむしろ「男系維持」派が勢いを増しているようです。政府部内の考え方も様変わりしていると聞きます。
以下は20年も前に、「論座」編集部の依頼で書いたリポートです。
(令和6年5月3日)


▢ 報道されなかった意見陳述

 今年(2004年)5月、衆院憲法調査会は「天皇」をテーマに、参考人の意見陳述と質疑、自由討議を行いました。新聞各紙は「女性天皇容認論相次ぐ」などの見出しで、参考人や出席議員から

「早く皇室典範を改正して、女性天皇を認めるべきだ」

 との容認論が相次いだ、と報じました。参考人の笹川紀勝・国際基督教大学教授は

「女性天皇容認は平等原則の拡大につながる」

 と指摘し、園部逸夫・元最高裁判事は

「女性天皇を容認していくべきだ」

 と強調したといいます。

 同調査会が「天皇」について議論したのはこの日が初めてでした。外国御訪問を前に皇太子殿下が

「それまでの雅子(妃殿下)のキャリアや人格を否定するような動きがあったことも事実です」

 との異例の発言をされ、衝撃が走った直後でもあり、少なからぬ関心が集まりましたが、新聞報道は調査会の議論をどこまで正確に伝えたのでしょうか。

 参考人として招かれたのはじつは2人ではなく3人であり、もう1人、民主党の推薦で招致された近代神道史の研究者、国学院大学教授の阪本是丸氏が歴史と伝統を重視する立場から、ひと味違う慎重論を述べたのですが、そのことを報道した一般紙は見当たりませんでした。

 阪本氏はこのとき、概要、次のように語りました。

「日本国民は天皇の存在を所与のものとして、歴史的、文化的あるいは政治的背景として確認してきた。天皇の地位あるいは権威の源泉は、皇室祭祀が古来一貫して続いているということにある。皇室祭祀の制度的、法的位置づけはどうあるべきか、皇室関係法の見直しも含めて、天皇条項を総合的かつ慎重に調査していただかなければならないとご提言申し上げる」

 意見陳述のあと、公明党議員から「女性天皇の継承」の是非について質問されると、阪本氏は

「言論は自由だが、まったく個人的な意見をいえば、そのようなことが、皇太子様や皇族の方々、ひいては天皇・皇后両陛下のお悩みをむしろ増すことになりはしまいかと考えている。仮定の問題として考えるところもあるが、法改正の具体案などについて、いま申し上げる立場になく、回答は差し控えさせていただきたい」

 と述べ、あくまで慎重さをつらぬく1つの見識を示しました。

 神道学者が国会で意見を述べることは滅多にありません。皇太子妃殿下の御懐妊、愛子内親王殿下の御生誕、さらに妃殿下の御不調という流れの中にあって、マスコミ先行で盛り上がりムードを見せる女性天皇容認論に対して、性急さと軽々しさを憂える伝統擁護派の懸念が語られるのも初めてですが、その声は議員や報道陣の耳にどこまで届いたのでしょうか。


▢ 加速する女帝容認論

 女性天皇容認論はむしろ伝統擁護派の間で加速しています。もっとも積極的な容認論を展開しているのは拓殖大学客員教授・高森明勅氏です。雑誌「正論」7月号(2004年)の論攷「改めて問う、『女帝』は是か非か」では、「男系」主義に代わる「双系」主義を打ち出し、9月号の「男系主義の伝統を超えて──わが皇室典範改正論」では具体的法改正を提案しています。

 積極論の背景にあるのは、

「皇太子殿下の次の世代の皇位継承候補者が1人もおられない。宮家を継承すべき方もおられない。このままではいずれ天皇という地位が失われ、皇室という存在そのものも消滅してしまう」

 とする「皇統断絶」に対する強い危機感です。高森氏はその認識に立って、危機打開にはどうすればいいのか、と問いかけ、男系主義から双系主義への転換、いや歴史的復帰を主張します。古代史研究者の高森氏は、皇統史の転換ではなく、古代への回帰による打開策を模索しようとしています。

「皇室典範」は皇位継承資格者を「皇統に属する男系の男子」と限定している。女帝を認めるように法改正すればいいという考えもあるが、これまでの皇位継承は例外なく「男系」による継承であった。過去十代八方の女帝はすべて「男系」の女子であり、女帝の系統で即位された例はない。この事実は十分に尊重されなければならない──と天皇の歴史と伝統を正しく見つめつつも、

「いつまでも拘泥していては皇位継承そのものが不可能になりかねない局面が目に見える近さに迫りつつある」

 として法改正を訴えています。

 男系主義の制度的限界も指摘されています。

「これまで男系継承を可能にしてきた最大の条件は庶系継承であろう。だが、いまやその選択肢はほぼ消え去った。現行典範では庶系継承は否認されている。皇室のお考えとしても、国民感情の面でも、この選択肢はしばらくあり得ないだろう。したがって男系主義を維持することがきわめて困難な局面に立ち入ることは火を見るよりも明らかだ」

 そもそもなぜ、これまでは男系主義が貫かれてきたのか。なぜ女系は排除されてきたのか、と高森氏は歴史を振り返り、「古代シナの族の観念」の影響と見ます。

「男系主義維持の理由は案外簡単で、『姓』が男系によって受け継がれてきたからにほかならない。父系によって継承される『姓』の観念を前提とするかぎり、男系の断絶はそのまま皇統の断絶と考えられたはずで、その条件下では女系継承の可能性など夢想だにできなかったに違いない。

 そうした観念は、直接には大化元年の『男女の法』に淵源があるだろうとされているが、それ以前に父系的な親族構造が首長層に広まっていたようだ。その動きを引き起こしたのは、古代シナの『族』の観念の影響によることは明らかだろう。シナの伝統的考え方では、生命(気)は父からその息子たちに伝わっていくものとされた」

 しかしいまや男系主義を墨守する理由はなくなった、と高森氏は主張します。

「明治4年に政府は公文書に姓を用いることを停止せしめた。制度上、父系によって継承されるウジの名としての姓は否定され、『姓』の観念は社会的な影響力をまったく失った。『姓』の歴史はすでに幕を下ろしたのであり、男系主義を何としても守り抜かなければならない必要性は大きく後退したのではあるまいか」

 というのです。

 このように高森氏は歴史の再検討から、「双系主義」採用に危機打開の糸口を見出そうとします。

「皇位継承にとって本質的な条件は、皇統に属する方によって皇位が受け継がれるという一点である。『皇統』こそ最大の条件にほかならない。皇統には男系のほかに女系も含まれ得る。男系主義を見直すことも、皇統の伝統に照らして絶対に許されないことではない。しかし、直ちに女系主義への転換を図るべきかは微妙だ。『女系』という観念がいささか曖昧だからだ。

 そこで『双系主義』という考え方が必要ではないか。それこそシナ流の父系継承観が伝わる以前の日本列島の基層的な血縁原理であったのであろう。男系主義の原理的な行き詰まりがはっきりと浮上しているのであるから、場合によっては女系による継承も可能となる双系主義的な方向性を目指すべきではあるまいか」

 古代の双系主義に帰るべきではないか、という論は筋が通っています。けれども、古代日本社会に双系主義があり、中国思想の影響で男系主義に変更されたという高森説の前提はどこまで正しいのでしょうか。

 古代の双系主義が認められるとして、天皇制度は歴史の所産であり、制度の確立後、長きにわたって男系主義が維持されてきた事実は重いでしょう。庶系が認められていた時代でさえ、皇位継承は「綱渡り」でしたが、それにもかかわらず、男系継承が固守されたのはなぜでしょうか。男系による血のつながりで、何が重視されてきたのでしょう。

 高森氏は、男系維持のための努力と双系主義の採用とは二律背反的ではないのいうのですが、女性天皇容認、女系天皇容認に突き進む前に、探究されるべき歴史の課題はまだありそうです。


▢ 孤軍奮闘の女帝否認論

 勢いを増す女帝容認論に異議を唱え、ほとんど孤軍奮闘しているのが、高崎経済大学助教授の八木秀次氏です。雑誌「Voice」9月号の「女性天皇容認論を排す」で、八木氏は歴史を重視する立場から、以下のような女帝否認論を展開しています。「皇統断絶の危機」を八木氏が認めない、ということではありません。危機を直視した上で、

「感情論や歴史軽視の選挙向けパフォーマンスで皇位継承が左右されていいはずはない。むしろ先人の知恵に学ぶべきである」

 と主張するのです。

「女性天皇容認論台頭の理由として、過去に8人10代の女性天皇がいらっしゃったことがあげられるが、過去の女性天皇はいずれも『男系の女子』で、本命の『男系男子』が成長するまでの『中継ぎ役』であった。女性天皇が近江になったお子様が天皇になられた例は一例としてなく、きびしく排除されている。血筋が女系に移るからである。過去125代の天皇は、一筋に男系で継承されており、この原則に外れたことは一例もない。

 歴史を振り返れば、今日と同様、天皇の近親者に『男系の男子』が恵まれず、皇位継承の危機を迎えたことがあるが、先人は、皇統が女系に移ることをきびしく排斥し、男系で継承できる方法をとった。それが傍系による継承である。たとえ先代の天皇との血縁関係が希薄でも、男系の傍系から皇位継承者を得たのである」

 八木氏は、継体天皇、後花園天皇、光格天皇のお三方について過去に例がある傍系継承の選択を提起します。

「女性天皇容認論の中に、これまでの男系継承は庶系によって支えられていた、男系継承と側室制度とはワンセットであって、側室制度のない今日では男系継承は不可能である、だから女性天皇も女系も不可避である、との意見があるが、これは直系による継承が困難な場合は傍系によって継承されてきたという厳然たる事実を見ていない発想である」

 と、歴史に例のない女系継承への飛躍を戒めています。

 八木氏によると、男系継承を支えてきたのは、側室制度と傍系継承論の二段階の「安全装置」である。しかし

「今日、国民感情からして側室制度の復活が望めないのは事実であるから、過去にならって傍系継承という第二の安全装置を作動させる必要があるのではないか。私の主張はそれに尽きる。その道を検討せずに一気に『皇統』の変質を意味する女性天皇や女系天皇へと移行させるというのは早計ではないか」

 というのです。

 先人がなぜここまでして男系継承にこだわったのか、について、八木氏が遺伝学の観点から言及しているのは興味深いものがあります。

「初代の男性のY染色体は、男系でなければ継承できない。初代の男性のY染色体は、どんなに直系から遠くなっても男系の男子にはかならず継承されているが、女系の男子はそうではない。天皇は完全なる血統原理で成り立っているものであり、この血統原理の本質は初代・神武天皇の血筋を受け継いでいるということにほかならない」

 結論として、八木氏は

「男系継承を続けていくための具体策としては、人為的に宮家の数を増やすことが必要となってくる。論者の中には女性宮家を創設してはどうかという意見もあるが、女性宮家は女性天皇と同様、女系であり、お生まれになった男子が皇位を継承されることになれば、その方は女系の天皇になってしまう。結局、GHQの指導によって皇籍離脱を余儀なくされた旧11宮家の系統の方々に皇籍に戻っていただく以外に方法はない」

 と旧宮家の復活を提案します。旧11宮家には賛同者もおられるといいます。

 けれども、ひとたび皇族の地位を去られた方々の復籍を認めないのもまた皇室の不文の法です。臣籍降下されたのち皇位を継承した例は平安期の宇多天皇のみであり、臣籍降下の期間はわずか3年でした。また、男系継承の本質を遺伝学的に説明しようとする意欲は注目されますが、日本の天皇はむしろすぐれて精神文明論的な存在のはずで、より納得のいく皇位の本質の説明が求められます。


▢ はじめに女帝容認ありきではなく

 以上、伝統擁護派による代表的な女性天皇容認論および否定論を取り上げましたが、それなら人一倍、敬神尊皇の観念が強いと思われる神道人は現状をどのように考えるのでしょうか。

 公の場での議論がきわめて少ない中、先述した国学院大学の阪本氏が平成14年1月、都内の神社の広報紙に「内親王殿下の御誕生と皇位継承論議」と題する一文を寄せています。その中で阪本氏は、愛子さまの御誕生に祝意を表した上で、

「女の子が誕生したことで、皇位継承を男系男子のみに限っている皇室典範の改正論議が活発化しそうだ」

 という朝日新聞の解説記事を引用しながら、

「御誕生を契機に、『女帝』の可否をふくむ皇位継承問題をめぐる皇室典範の改正論議が『あらぬ』方向・思惑で突出するのでは」

 という「危惧」を表明するとともに、

「雅子さまの懐妊をきっかけに一時高まった改正論議はいかにも上滑りだった感が強い」(朝日解説記事)

 との思いが払拭できない。この風潮に拍車をかけるような議論は当分慎むべきではないか──と訴えています。

「重要なことは、われわれ国民が『皇位継承』問題を含めて真摯に『皇室典範』について考えることだと思う。その意味で、マスコミなどで表明されている女帝容認論は真摯な論と評価するが、反面、短絡的な『女帝容認論』へと容易に転化することを懸念する。

 そもそも『男系』『女系』が法律用語として正規に存在するのはひとり『皇室典範』のみである。皇位継承を定めた『皇室典範』がいかに重要か。それゆえ国会の議決でいかようにも制定・改廃される一法律であっていいのかどうか、これこそが根本問題であろう。

『はじめに皇室典範の改正ありき、女帝容認ありき』ではなく、皇室と国民との紐帯の歴史への、より深い理解と認識こそが必要なのではないか」

 しかしこうした声は一般社会にはなかなか届きません。というより、日本の歴史の中で重要な位置を占めてきた皇位継承に関する「深い理解と認識」が尊皇家の中からさえ案外、聞こえてきません。その一方で、いまやジャーナリズムは皇位継承問題で花盛りの観があり、その議論はときには女性天皇と女系天皇との違いさえ理解されないほどに軽佻浮薄に流れていきます。

 そして参院憲法調査会では(2004年の)秋以降、最終報告書のとりまとめに向けた審議に移るといわれます。皇位とは何か、皇統とは何か、という議論が深まらないまま、いよいよ皇室典範改正が政治日程に上ってくるのでしょうか。

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