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中国少数民族ナシ族のシャーマンだけに伝わる「トンパ文字」──宗教弾圧で危機に瀕す(「神社新報」平成14年5月13日号)

(画像はトンパ文字。Wikipediaから拝借しました)

▽1 女子高生やOLに人気


 季節は夏。昔懐かしい木造校舎。ランニングに半ズボンの若手俳優が両手両足をいっぱいに広げながら「コ、シ、ヒ、カ、リ!!」と力を込めると、その姿格好がテレビ画面上で不思議な象形文字に重なっていく。

 大手清涼飲用水メーカーが製造販売した玄米茶のテレビCMに登場するのは、「トンパ(東巴)文字」である。

 約1000年前から中国南部・雲南省の少数民族ナシ(納西)族に伝わり、いまも生き続ける世界で唯一の象形文字で、心が癒されるような優しさと愛嬌があるからか、昨年(平成13年)あたりから女子高生や若いOLたちの人気を集める。

 パソコンで使える書体ソフトが発売されたり、インターネット上にはトンパ文字の占いサイトもある。

 ちなみに、足をガニ股に開き、両手を左右に広げた形は、「跳ぶ」「うれしい」の意味らしい。そんな人類史上最後の象形文字を使うナシ族とはどんな人たちなのか。

▽2 中国雲南省の少数民族


 ナシ族28万人の大半が住む雲南省西北部、麗江ナシ族自治県は省都昆明の北西600キロに位置する。

 標高2500メートルの山岳地帯で、平地はわずかに5%しかない。眼前にそびえるのは万年雪を頂く雲南最高峰、海抜5596メートルの玉龍雪山。神々が住みたもう聖なる山、そして恵み豊かな自然の宝庫である。

 県の中心・麗江は「美しい川」の意味で、かのフビライ汗が命名したといわれる。5年前、ユネスコの世界文化遺産に選ばれた。

 町には水路が張り巡らされ、雪解け水がこんこんと流れる。民族衣装を着た女たちが野菜を洗い、洗濯をする。懐かしい風景である。

 ナシ族は農耕民族で、水稲やトウモロコシ、小麦、大豆などを栽培するほか、綿花や油菜、唐辛子などを作る。かつては日本の神社に似た高床校倉造りの家に住んでいたともいう。

 日本人がトンパ文字に親近感を覚える所以であろうか。

 さて、そのトンパ文字だが、ナシ族に固有の言語・ナシ語には文字がない。しかも元、明の時代以後、漢文化の浸透ですっかり漢語に取って代わられ、ナシ語を話せる人は少ないらしい。

▽3 男性シャーマン「トンパ」


 トンパ文字を使うのはナシ族の民族宗教トンパ教の儀式をつかさどる男性シャーマン「トンパ」に限られる。

トンパ文字を書く「トンパ先生」@アジア文化交流センター
〈http://ryoganji.jp/asiakiko50.htm〉


 自然崇拝を基調とするトンパ教は多神教で、天地善悪を支配する神々の数は2300に及ぶという。開祖はトンパシロ。チベット語で「知恵深き導師」の意味らしい。

 チベットの民族宗教ボン教や仏教、道教の影響を受けているといわれるトンパ教だが、寺もなければ、全体を統率する僧侶もいない。

 冠婚葬祭や病治し、吉凶占いなど宗教儀式は村ごとの「大東巴」が執行し、そのとき使われるのがトンパ経典で、経典を書写するのに用いたのがトンパ文字である。

 文字種は1500以上あり、その発生は7世紀にさかのぼるといわれる。

 また経典は国の内外に2万冊が収蔵されているとされ、その内容は宗教のみならず、民俗、歴史、文学など多岐にわたっていて、古代ナシ族の「百科全書」とも呼ばれている。

▽4 風前の灯火の「トンパ教」


 しかしトンパ教はいま風前の灯火だという。

 最大の理由は共産革命後の宗教弾圧にあるらしい。宗教活動が禁止され、トンパは後継者を育てられなかったのだ。

 トンパ経典を読みこなせるトンパはもう数えるほどしかいないといわれる。

 その一方、宗教から切り離されたトンパ文字は独り歩きし、観光資源として蘇っている。麗江ではトンパ文字のハンコを売る土産物屋が、中国人アイドルのポスターを飾る床屋と軒を並べる。

 要は、少数民族の伝統である精神文化が大国の迫害を受けて死に瀕し、生活のために切り売りされているのが現実だ。

 中国での民族抑圧といえば、チベット族やイスラム教徒のホイ族が受けるそれを思い浮かべがちだが、ナシ族に言わせれば、まだしもだという。

チベット・ラサのポタラ宮殿@Wikipedia


「海外に支援者もなく、たった28万人しかいないナシ族に反乱を起こせる力はないし、北京政府は特別に優遇して機嫌をとる必要がない」からである。

 海を越え、いまや日本のギャルたちのオモチャと化した感のあるトンパ文字。「デジタル時代のなごみ系」などと持ち上げるマスメディアもあるが、面白がってばかりもいられない。

追記]最近では「保護」政策も展開されているらしい。



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