福田首相が自衛隊追悼式に出席──「日経ネット」平成19年10月27日の記事を読む
(画像は防衛省メモリアルゾーン。同省HPから拝借しました。ありがとうございます)
殉職自衛官の追悼式に出席した首相は「尊い犠牲を無にすることなく」と挨拶した、と「日経ネット」の記事は伝えています。
市ヶ谷の防衛省内にあるメモリアルゾーン(慰霊碑地区)は戦時に命を落とした戦死者ではなく、殉職者の追悼施設です。自衛隊が参戦したことはないのですから、いわずもがなです。
犠牲者を悼むことはもちろん大切ですが、訓練中の事故などの殉職者の追悼はしても、「相手の嫌がることをあえてする必要はない」としたり顔をして、戦争で亡くなった殉国者の慰霊には及び腰のように見えます。
戦前、30年にわたって靖国神社の宮司をつとめた賀茂百樹が昭和7年4月に「国家の生命と靖国神社祭神」と題して、ラジオ講演をしたことがあり、その講演録が残されています。
賀茂宮司が当時の最先端のメディアであるラジオを使って講演することになったのは、いまの時代からするとたいへん意外なことに、当時、靖国神社に対する誤解に基づく批判があったからでした。
どんな誤解かといえば、警察官や鉄道員など、命を危険にさらす職業がほかにもあるのに、靖国神社はこれらの殉職者は対象とせず、軍人ばかり祀っている。偏狭な制度である。靖国神社の武勲神社に対して、文勲神社をおこして、不公平のないようにして欲しい、という声があり、署名運動が起きようとしていた。しかも賛同者の名簿には名士の名が並んでいた、というのです。
驚いた賀茂宮司はラジオ講演まですることになったのですが、「軍人であろうとも、靖国神社には平時の殉職者はまつられていない」と講演で説明しています。八甲田の雪中行軍をはじめ、おびただしい数の殉職者がいるが、いっさい祀られてはいない。日本国民にして国難に殉じたもの、国家危急のときに自分の命を国家の命に継ぎ足したものがまつられるのだ、と説明するのでした。
戦時の戦死も平時の殉職も同じ死に変わりはないけれども、戦時の戦死や負傷は不意の怪我ではない。覚悟の上の結果であり、その覚悟と結果が合祀の資格となる、というように賀茂宮司は語っています。
しかし終戦から半世紀以上が過ぎたいま、逆に覚悟の死を遂げた者たちの慰霊は民間任せにされています。
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