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あれからもう

一ヶ月経ったけどまだ頭から離れないので書いておく

六月はじめころ
伊集院光さんのラジオの
子ども電話相談室というコーナーのなかで
七才のなっちゃんという子が質問した

「ピアノの先生がなくなってしまいました 
 どうしたらいつもいっしょにいられますか」

子どもらしいていねいな口調でとつとつと話すその質問に
朝から泣いてしまった

「なくなってしまいました」と「どうしたらいっしょにいられますか」は
ほんとうなら並ぶことがない文だ 大人のおもう「ほんとう」ならだけど

じぶんだったらもうその場に立っていられないとおもった
情けないけど泣きながら謝って逃げてしまうとおもう
伊集院さんともうひとりの先生は受けとめていた

「かなしい」
なっちゃんがぽつりといったのも泣けた
初めて出会う怪物のようなその気もちと
子どもが勇敢に向きあおうとしているのが
感情の乏しい声だけでわかったからだ

「うれしかったことは?」と伊集院さんがきいて
なっちゃんが考えてまたぽつりと
「じょうずっていわれた」
といったのも泣けた

ぼくはひとをうらやましいとおもうような感情がわりと欠けているのだけど
このときはこのピアノの先生を心底うらやましいとおもった

先生に「メヌエットを習った」というなっちゃんに
伊集院さんはいった
その話し方は
ほんとうにひとがこころを傾ける瞬間というものが見えるようだった
こころもましてやそれが傾くことも
そもそも見えるはずのないことなんだけど
ラジオだから見えたのかもしれなかった

「なっちゃんはどんどん上手くなるとおもうけど」
 伊集院さんはいった
「メヌエットを弾くたびに
 最初に教えてくれた先生をおもい出してあげて」

こんなに美しい答えがあるだろうかとおもって
ぼくは一ヶ月経ったけどまだどうしようもなくおもい出す





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