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『一千億のif』着想のお話

おかげさまで4作目の長編となる『一千億のif』が刊行されました。
大学生の主人公が、曾祖父の遺品をきっかけに歴史の謎にせまっていくミステリ。祥伝社「小説NON」2022年7月号・8月号掲載の第1話「帰還」に、書下ろしの第2話~第4話を加えて単行本化したものです。
そもそもは祥伝社の担当氏から「連作短編書いてみませんか」というお話をいただいて始まった企画なんですが、書いているうちに全体を通しての謎の比重が大きくなり、ほとんど一繋がりの長編になってしまいました。

物語の、主人公が歴史の謎に挑むという骨格は早い段階で決めていました。
最初に挑むのは、歴史上の大事件というよりは個人や家族レベルの、史書には残らないような小さな、しかし当人たちにとっては人生を左右する出来事です。
作中で登場人物に言わせていますが、過去に生きた多くの無名の人それぞれにあった人生の選択肢(if)、その一つひとつを選び取った結果の積み重ねが歴史なのだと思います。
僕らは先人たちの選択の果てに生きていて、僕ら自身のこれからの選択もまた歴史を形づくっていくのだということを、このお話で示したかったのです。
主人公は、この先の人生にたくさんの選択肢をもつ若い学生としました。まあ、大学のキャンパスものを書きたかったのと、恋愛まではいかなくとも、なんていうかちょっとこう、いりいりするような青春の風味を添えたかったということもありますけど。だって青春もの好きなんだもの……。
(写真はイメージです。作中の南武大学はいくつかの大学をモデルにしていますがその一つ)

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主人公の祖先のモデルであり、アイデアのもとでもあるのは、僕の二人の大叔父(祖父の弟)です。
二人は海軍の軍人として出征し、一人は戦死、一人は生還したものの戦後すぐに病死したという話だけは聞いていました。
ただ、それ以上詳しいことを教わらないうちに、いつしか当時を知る人はみな鬼籍に入ってしまっていたのです。
それで数年前、自分自身で調べることにし(作中の「今が、埋もれかけた過去を掘り出す最後のチャンスだ」という台詞はまさに当時僕が考えていたことです)、軍歴を取り寄せたところ、戦死した一人は航空機の整備兵で、乗り組んでいた航空母艦『冲鷹』と運命をともにしたことがわかりました。生還後病死したもう一人は船の機関兵だったようですが、履歴にはなぜか空白期間があり、最後に戦後の日付で病死した旨だけが書かれていました。
それを不思議に思ったこと、そして、もう誰にも知る由はないけれど、二人の大叔父の人生にも戦争がなければきっとたくさんの選択肢があったのだろうな、と考えたことが『一千億のif』につながったともいえます。
この物語は、会ったこともない二人の大叔父が書かせてくれたのかもしれません。

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近現代のエピソードばかりでもっと過去にも触れたらよかったかな、とか、歴史改変ものと誤解されてしまったかな、いう気もしていますが、そのあたりは今後の作品で扱っていきたいと思っています。
主人公の雄基や小春、有賀准教授たち「仮想歴史学研究室」の面々が再び歴史の謎に挑むことがあるかどうかは、それこそifということで。




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