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長い散歩39日目

2024/6/22 Saturday

今日はカミさんと娘の誕生日です。
なんにもできないので花を贈りました。
こうやって呑気に散歩できるのも家族のおかげです。感謝します。
今日は本州に戻ります。早朝目覚めると瀬戸大橋を渡るには絶好の快晴。
ただ、午後から強烈な雨になると予報が出ているので、先を急ぎます。
雨を見越して今日は呉市の「大和ミュージアム」に行きます。当分こう言う箱モノがいいかもしれません。

早朝の瀬戸大橋は車もまばら

恥ずかしながら瀬戸大橋ってドーンと一本の橋かと思ってましたが、6本の橋の総称なんですね。36年前この橋ができた1988年に来たときは往路飛行機復路電車だったので意識してませんでした。

与島PAからの眺め
確かに橋により特徴があります。
本州上陸

例によって、また土地感・距離感がなくて、呉が尾道のちょっと先ぐらいに考えてましたが、その尾道までも遠く、さらに呉は遠く。まぁ急ぐ散歩ではないけれど。三原市を過ぎたあたりから、あっという間に土砂降りになりました。

三原の町
これってココのだったの?名古屋あたりかと思ってた。。

13時過ぎに到着。この雨のなか大勢の観光客がいて、駐車場もギリ入れられました。土曜日ですもんね。
車を停めてもしばらく表に出たくない雨でしたが、意を決してミュージアムへ。入館すると1階ホールにいきなり大和1/10模型が、迫力あります。実は戦艦とか戦闘機、ちょっと好きです。ホール奥でアンサンブルが物悲しい感じの曲を奏でています。そうです、技術力や機能美とか迫力はあるのですが、しょせん人を殺すものですから、相反する美しさ故物悲しいですね。ここ大和ミュージアムも技術・戦争・平和をテーマにしています。二度と二度と戦争のためにこんなものを作ってはいけないということが体感できます。

大和1/10モデル それでもでかい
呉の歴史から造船技術の発展、そして終戦
これ勉強になりました。
どうやって回すの?ってスパナ
空母「赤城」永遠の0を思い出します。

見ていると、日本は短い間にこれだけの技術力を培ったのに感心します。ただ戦争があった故にというのも悲しい事実です。
宮崎監督の「風立ちぬ」のように、当時の閉塞された時代の中、技術者たちは自問しながら開発にあたったのでしょう。優秀なものを作ればその分多く人が死ぬのですから。
当時の世相も展示されていて、ちょっと懐かしいものもありました。人が多くて、もう一回じっくり見に来たいと思いました。

Fujiじゃなかったかぁミヤタでした。
名機 海軍零式艦上戦闘機「ゼロ戦」
星形エンジン 中央はシリンダシャフト・ピストン ずっと見てても飽きない。

ゼロ戦を作った中島飛行機はのちに富士重工⇒スバルとなるので、マツケン号はその末裔?今はダイハツのOEMだから違いますね(笑)

ひととおり見て、駐車場の向かいにある「海上自衛隊呉史料館」も見ました。主に掃海技術と潜水艦の変遷が展示されていて、見ごたえがありました。そして実際の潜水艦の中も見れます。中は撮影禁止です。潜水艦てどこの国でもトップシークレットですから、旧式と言えど貴重な経験です。

愛称:てつのくじら館
館内から「てつのくじら」の中に

丁度、企画展示で砕氷艦「しらせ」のコーナーがありました。
実は南極観測船「しらせ」は自衛隊の艦艇で扱いは軍艦です。(タブン)
だから研究者や建築などの技術者以外は自衛官で、「本日ヒトヨンフタマル〇〇を開始!総員準備に入れ!」とか館内放送が流れるそうです。
第46次?と63次夏隊で南極に行った友人に聞きました。
沢登り仲間の山形大の岩石博士で、夏の露岩した山の石を採取・研究していて(タブン)いろんな話を聞いています。
面白いので会社でも一回講演してもらいました。
南極条約?ではペンギンに5m以上近寄ってはいけないルールがあるそうですが、好奇心の強いペンギンは、二本足で立ってる人間を仲間だと思い、ダッシュで近づいてくるそうです。でも想像以上にでかい人間を見て、固まってブリブリとウンコするとか、ウンコついでに、南極は地球上の隕石の60%が見つかっているそうですが、雪上で発見した隕石を昭和基地に持って帰ったら解凍されてなんかのウンコだったとか。
他にもここに書けない面白い話も聞きましたがトップシークレットです。
料理も上手いし、今でも山に登って、わざわざ重い石をザックに詰めて降りてくる頼もしい奴です。
スミマセン余談が長くて。
呉の町は水兵服を着た自衛官が歩いていたり、雨に煙る港には大きな船が停留していたり、雨じゃなきゃもっとじっくり散策したかったです。

ウンコではありません。

明日はどこに行こうかな。

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