文庫君鉄オビあり

【77】君と夏が、鉄塔の上



「どういうことだ?」比奈山が首を傾げる。

 どんなに目を凝らしてみても、送電線の間にあったはずの薄く光る道は見えなかった。

 椚彦はそのまま指を94号鉄塔の方向へずらし、そしてさらに先へと持っていく。薄闇の中、マンションを越えるあたりにかろうじてきらきらと光る道が残されている。

「どんどん消えて行ってるのか……?」

 僕は椚彦に尋ねた。椚彦はこくりと頷く。

「……他に行き方は? あの小さな鳥居から直接行くことは出来ないのか?」

 再び椚彦は顔を横に振る。

「それじゃ……結局帆月を助けに行けないじゃないか……」

「どうなってるんだ? 道が消えているって……例えば飛んで渡れない距離なのか?」

 僕は再び僅かに見える道に目をやった。光る道はマンションの先に確かにあるけれど、送電線は建物よりももっと上空を走っているので、マンションの屋上から飛び移ることは出来ない。

 鉄塔の天辺ならば送電線よりも高い位置にあるけれど、94号鉄塔とマンションまでは、ゆうに三十メートルは離れている。とてもじゃないが、鉄塔の上に登ったとしても届く距離じゃない。

「無理だ。空でも飛ばない限り……」

 ─空を飛ぶ?

 僕の頭の中に、ある考えが浮かぶ。とても正気の沙汰とは思えないが、けれど他に代案なんて思い浮かばない。

 こうして思い悩んでいる間にも道はどんどん消えてしまって、いずれはあの川の真上にある鳥居だってなくなってしまうかも知れない。

「椚彦、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

 僕は身を屈め、椚彦と向き合う。椚彦は少し首を傾げていたが、やがて大きく頷いた。

「背中に乗れる?」

 僕は椚彦に背を向けてしゃがむ。すると背中に少しだけ重みを感じ、小さな手が僕の首元に回される。首を回すと、椚彦が僕の後ろでにんまりと笑っていた。

「行こう!」

 僕は再び駆け出す。

「おい、どうするんだ」

「比奈山、付いて来てくれ!」

 公園の入り口に倒れている自転車を引き起こし、サドルに跨る。比奈山も自分の自転車を引っ張ると、駆け上がるように飛び乗った。

 そうして僕と比奈山は吹き荒れる風の中を走り抜け、橋を渡り、やがて鉄板で覆われた建物の側まで辿り着いた。荒川側の扉から中に入ると、暗闇の中に三十階建ての建物が現れる。

「おい、何でここに」

 比奈山が言う。

 とにかく時間がない。こうしている間にも道は少しずつなくなっているはずだ。

 自転車を脇に止め、フェンスの中へ入る。こんな天候だからか、もちろん人影はない。

「何するつもりだよ!」比奈山は少しイラついたように声を上げた。

 暗闇に包まれたロビーを抜け、ガラクタで山積みになった柱の裏を覗くと、ちゃんと目的の物が置いてあった。

「お前……これ、本気か?」

「帆月は、飛ぶって」

 目の前にはいびつな形の自転車があり、その横には大きな翼が横たわるように置かれている。翼の長さは片翼約三メートル。

 それでは短か過ぎると比奈山が言い、滑空するだけなら問題ないと帆月が返していたことを思い出す。

 翼を取り付ければ、自転車は完成するのだ。

「屋上まで運ぼう」

 僕が翼の片側に回ると、比奈山は再び「本気か」と言いながら反対側へ回った。そうしていざ運ぼうとすると、廊下から僅かに物音がして、僕と比奈山は足を止める。

 やがて、ロビーの柱に、ぼわ、と青白い女性の姿が浮かび、僕と比奈山は大きく息を吐き出した。

「ちょうどいいや。自転車運ぶの手伝って」



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