文庫君鉄オビあり

【57】君と夏が、鉄塔の上



「え?」


「全部、あいつの頭の中にある出来事なんだ。あいつの想像と言った方が分かり易いか。それを、俺や伊達が共有してるだけで」

「待って待って……!」

 比奈山の話はあまりにも突飛過ぎて、僕は頭の中を整理しようと必死で考えをまとめる。

「あの鉄塔の子供とか、さっきのとか、全部帆月の妄想だって言ってるの? さっきそこの神社で変な空間に行ったのは、僕も一緒だったんだよ?」

「それは俺も驚いた。俺も、自分の考えが百パーセント正しいって言ってるわけじゃないんだ。あくまでも可能性の話だよ」

 比奈山は、僕だけじゃなく、自分を落ち着けるように、ゆっくりと言葉を選んで話している。それは、混乱している僕にも十分に伝わってきた。

「俺は、帆月には、頭の中にある映像を伝える力があるんじゃないかって思ってたんだ。帆月にはそれが現実のように見えていて、テレパシーで、俺達にも伝わってきてるんじゃないかって。さっきお前らが体験したことも、一応それで説明することは出来る。スケールは大きくなってるけどな」

「説明がつくって言われても……」

 先ほどのあの体験が、偽物だなんて、まったく納得がいかない。そんな僕の思いが伝わったのか、比奈山は小さく頷いた。

「ヘッドマウントディスプレイって知ってるか?」

「え? ええと……あの、3Dで見える眼鏡みたいな」

「そう。こう、すっぽりと目を覆うような形をしてるんだけど、そこに外部からの映像を流し込んで、あたかも自分が別の場所にいる、みたいな感覚に陥らせることが出来るんだとか」

 最近何かと話題になっているので、僕も多少なりとは言え知識があった。ゲームにも応用出来るかもしれないとのことで、木島が「エロイことも出来るようになるのか」と興奮していたことを思い出す。

「もし、現実と区別がないほど精巧な映像が、眼鏡を掛けていない状態で流れてきたとしたら……現実かそうでないかの区別が出来ると思うか?」

「それは……どうなんだろう」

 眼鏡を掛けているから、偽物だと判断出来るのであって、何もない状態でそんなことをされたら、難しいかも知れない。

「帆月が、そういう偽物の映像を見ていて、それが僕にも伝わったんだって……そういうこと?」

「帆月は偽物だと思ってないけどな」

「……そんなこと、あるのかな。だって、鉄塔の子供とか、お面の男とか、あまりにも不自然じゃないか」

「不自然かどうかは、お前が決めることじゃないんだ。帆月の中で、あれが正しいと感じたのなら、それは帆月の世界では現実なんだよ」

 比奈山は強く言った。

「あるいは、今回の一件はいい例なのかも知れない。伊達の読書感想文が発端だったっていうのは、合ってるのかもな。最初のその段階では、帆月の中には、あの子供に対して何の情報もなかったんだ。だから、何をするわけでもない、正体も分からない子供が見えるだけだった。そしてその後、神様なんじゃないかって言い出した伊達の案に乗っかるようにして、帆月には他のモノが見えるようになった。神様だっていう格が与えられたんだ」

 そう言って、比奈山は不意に手を振り出した。彼の視線の先に、勝利宣言をするかのように、高々と腕を上げている帆月の姿があった。手には透明なビニール袋があり、その中で、オレンジ色の小さな金魚が細かく動いている。

 何故だか僕は、比奈山に裏切られたような気がして、ショックだった。

「なんで、帆月には、神様が見えているわけじゃないって思ったの?」

「ああ、それはな……」

 比奈山は少し逡巡するように、口を二、三度パクパクと開いた。



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