文庫君鉄オビあり

【66】君と夏が、鉄塔の上



「つまんない話しちゃった。幻滅した?」

 僕は大きく首を振った。幻滅したのは、何も出来ない自分にだった。

「私、つまんない女でしょ」

「……」

 そんなこと思ってなんかいない。けれど、やっぱりうまく言葉に出せなかった。

「私も嫌。こんなことで悩んでる自分が嫌い。私って、もっと格好いい人間のはずなのに」

 帆月はベンチに足を乗せ、膝を抱えるように小さくなっている。

 僕は帆月のつま先あたりを見つめながら、とりあえず帆月の頭でも撫でてみようかと手を伸ばし、しかし怒られるかもしれないと元に戻すという動作を繰り返していた。

「ちょっと、今日はもう帰るね。やっぱり具合が悪いみたい」

 帆月はそう言うと、スッと立ち上がる。

「あ、うん。その……お大事に」

 僕はベンチに座ったまま、帆月が公園の外へと歩いていく姿を見送った。

 僕は─。





 翌日になって、僕はたっぷりと麦茶が入った水筒と水羊羹を三つ持って公園に向かった。カップに入った水羊羹は、お中元として家に届いていたものをこっそり持ってきた。

 昨日の詫びのつもりと、帆月は具合が悪かったようだし、お見舞いも兼ねている。

 昼過ぎに公園に着いたのだけれど、そこには誰もいなかった。僕は木陰のベンチに座り、麦茶を飲み飲み二人を待つ。

 しばらく待ってはみたものの、しかし、一向に二人はやってこない。近所なのだろうか、時折小さな子供たちが公園内に入ってきたが、少し遊ぶとどこかに行ってしまう。

 僕はぼんやりとその様子を眺めながら、水筒の中身を消費していった。

 帆月は具合が悪いのだろうか。比奈山は、また塾なのだろう。

 仕方ない、今日は帰ろうかと腰を上げてはみたが、ひょっとしたらもうすぐ来るんじゃないか、僕が帰った直後にやって来たりするんじゃないか、という期待とか想像とかが、僕を公園へ留まらせた。

 昨日、怒り過ぎてしまっただろうか。だから彼女は来ないのだろうか。

 神妙な顔で僕の小言を聞いていた彼女の姿を思い出す。

 あの帆月が頭を下げるだなんて、やっぱり僕は言い過ぎたのかも知れない。もっと気さくに言えばよかったのに、どうしてああも棘のある嫌味な物言いになってしまったのか。

 それに、帆月はあんなにも悩んでいたのだ。もっと優しい言葉を掛けてあげるべきだったのだ。

 汗が首筋をたどり、じっとりと背中を濡らす。

 持ってきたタオルでいくら拭いても、嫌な気分は拭えなかった。

 麦茶はついになくなってしまった。仕方なく近くの自動販売機でコーラを買って、水筒に注ぐ。溶けかけた少量の氷が、カランと鳴る。



 やがて、日が傾きかけてきた頃、帆月はやって来た。

「あ、伊達くん」

 小さく片手を上げて、帆月が園内に入ってくる。

 額からは少し汗が滴っていたけれど、顔色は昨日よりも優れているように見える。

「ごめんね。結構待たせちゃった? 引っ越しの準備で手間取っちゃって」

 帆月はそう言って、僕の隣に腰掛けると、小さく笑った。昨日の一件はすべてリセットされたかのような、明るい笑顔だった。

「ああ、いや……うん」

 言いたいことは色々とあるはずなのに、僕は気の抜けた返事をしてしまう。

「引っ越しって、やっぱり大変?」

「うーん……やっぱり荷物の整理とかが面倒。いる物といらない物を分けたりね。子供の頃から引っ越し続きだから、さすがに慣れたかと思ってたけど、そうでもないね」

「そうなんだ」

「でも、あらかたダンボールに詰め込んだらさ、なんかスッキリしちゃった」

「スッキリ?」

「うん、スッキリ」

「それって……」



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